第54話 ニューチャレンジャー
◇
ある日の午後。
リビングへ向かうと、キュナがテレビの前で踊っていた。
手にはお玉。
給仕服のスカートをひらひら揺らしながら、テレビの映像に合わせて歌っている。
「キュナ、何してるの?」
「お料理戦士キュナ、ただいま参上ですー♪」
お玉をマイクのように口元へ寄せ、くるりと回る。
テレビの大画面には、ピンク色の光が飛び交うステージが映っていた。
中央で歌っているのは、ピンクのツインテールとピンク色の瞳を持つ少女だった。
華やかなピンクと白のアイドル衣装。
胸元や腰には宝石のような装飾が並び、リボンが踊るたびに揺れている。
けれど、腕や肩、膝の関節には球体状の機械部品が見えていた。
人間そっくりに見えるが、彼女はオートマタだ。
「イスカティアチャンピオンズ?」
画面の上部に表示された番組名を読み上げる。
「ご存じないのですか、アレク坊ちゃま?」
キュナは踊りながら振り返った。
「名前だけは聞いたことがあるけど、詳しくは知らないよ」
イスカティアチャンピオンズ。
それは、イスカティアで活動するチャレンジャーたちの動画配信サイトだ。
大物になりたい挑戦者たちが、歌やダンス、ゲーム、危険な企画、犯罪現場への介入など、さまざまな活動を動画にして配信している。
チャレンジャーというのは、特定の組織の名前ではない。
注目を集めるために、日夜挑戦を続ける配信者たちの総称だ。
再生数や登録者数を競い合い、人気が出れば企業から仕事が舞い込むこともあるらしい。
「つまり、動画配信サイト?」
「はい。以前はイスカティアNOWという名称でしたが、現在はイスカティアチャンピオンズへ変更されています」
キュナは、お玉を振りながら説明した。
「そして、今映っているのがプリマ・プリズマ様愛称はプリちゃんです」
画面の中で、プリマが片手を高く掲げる。
彼女の周囲に、宝石の形をした浮遊装置がいくつも現れた。
装置が光を放ち、ピンク色の小型魔導砲が一斉に空中へ向けられる。
パン、パン、パン。
光弾が夜空を彩り、観客から大きな歓声が上がった。
プリマは何事もなかったように歌い続ける。
歌声に合わせて、ピンクのツインテールが大きく揺れた。
「最多登録者を誇る、大人気チャレンジャーです」
「歌って踊るオートマタが、そんなに人気なんだ」
僕は画面を見つめた。
プリマは、ステージの上で歌いながら踊っている。
確かに可愛い。
でも、滑らかな動きの中に、機械だからこそ可能な正確さがあった。
首を傾ける角度。
腕を伸ばす速度。
髪やリボンの揺れ方まで、すべて計算されているように見える。
「キュナも毎日、プリマ様の動画を見ています!」
キュナはお玉を握りしめ、画面の動きを真似した。
「キュナも歌って踊れるアイドルオートマタになりますー♪」
「キュナは料理の途中だよね?」
「アイドルに休息はありません!」
キュナが両手を広げてポーズを決めた瞬間、台所から焦げたような匂いが漂ってきた。
「……あ」
「鍋、見なくていいの?」
「アレク坊ちゃま、火を止めてください!」
僕は急いで台所へ向かった。
背後では、テレビの中のプリマが満面の笑顔を浮かべている。
『プリだけを見て!プリだけ応援して! あなたの全てをプリにちょうだい!』
プリマの周囲で宝石型の浮遊装置が輝き、イスカティアチャンピオンズの画面には、増え続ける視聴者数が表示されていた。
◇
プリマの配信が終わると、画面が切り替わった。
次に映し出されたのは、薄暗い路地裏だった。
上空では、いくつもの撮影ドローンが飛び回っている。
画面の中央に立っているのは、巨大な体格の男だった。
短い黒髪。
黒と黄色を基調にした重装備。
胸元や肩には赤いラインが入り、背中には大きな武器が取り付けられている。
両腕には、腕そのものを覆うような大型ガントレット。
脚にも重厚なインプラントが施されており、歩くたびに地面が低く響いた。
男の足元には、1人の青年が倒れている。
店の前から持ち去った商品を抱えていたらしく、周囲には破れた袋といくつかの商品が散らばっていた。
『本日の悪党を発見! 万引きの現行犯だ!』
男がカメラへ向かって叫ぶ。
『見ているか、イスカティアの正義を求める者たちよ!』
撮影ドローンが、倒れた青年へ近づいていく。
「悪党め! 正義の鉄槌だ!」
男が巨大な腕を振り上げた。
ガンッ!
重いガントレットが、青年のすぐ脇の地面へ叩きつけられる。
路面がひび割れ、青年が悲鳴を上げた。
「やめてください! 許して!」
「断罪だぁ!」
男はさらに足を踏み鳴らす。
大型の脚部インプラントが地面を揺らし、青年は身を縮めた。
周囲の人々は遠巻きに見ているだけで、誰も近づこうとしない。
動画の画面には、視聴者から送られたコメントが次々に流れていた。
《もっとやれ!》
《悪党に情けは不要!》
《マイティ、最高!》
《正義の味方だ!》
「……これ、正義なの?」
僕はテレビの前で呟いた。
キュナも、お玉を握ったまま画面を見つめている。
「少なくとも、キュナの知っている正義とは少し違いますねー……」
その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
撮影ドローンが一斉に路地の入口へ向く。
「やべ!」
マイティが慌てて周囲を見回した。
「今日の配信はここまでだ!」
男はカメラへ向かって、胸を張る。
「次は軍の銃を試し撃ちするから、絶対見てくれよな!」
視聴者コメントがさらに増えていく。
《軍の銃!?》
《次回も絶対見る!》
《マイティ・ジャスティス最高!》
マイティは巨大な身体を揺らしながら、路地の奥へ走り去っていった。
残された青年のもとへ、遅れて治安維持部隊が駆けつける。
画面はそこで配信終了の表示に切り替わった。
◇
「チャレンジャーにも、色々いるんだね」
僕はテレビの画面を見ながら呟いた。
歌やダンスで人気を集める人。
ゲームの腕前を披露する人。
社会的にグレーな事する人。
中には、プリマのように大勢の人から応援されているチャレンジャーもいる。
「ただ有名になりたい人もいますからね」
キュナは焦げかけた鍋を確認しながら答えた。
「有名になることが目的で、目立つためなら何でもする人もいるそうですよ」
「何でもって……悪いことまで?」
「はい。ですから、人気があるからといって、良い人とは限りません」
キュナはお玉を置き、僕の方を振り返った。
「坊ちゃんは有名になっても、調子に乗っちゃダメ!ですよ?」
「う、うん」
反射的に頷く。
蒼銀騎士アレクサンダー。
イアハートとスノーホワイトと組んだスターハーツ。
新聞にも載って、配信にも映って、ファンクラブまでできている。
僕はテレビ画面の端に表示された視聴者数を見つめた。
「……調子に乗ってるつもりはないんだけどな」
「その気持ちを忘れなければ大丈夫ですー♪」
キュナはそう言って、またお玉をマイク代わりに構えた。
「それではキュナも、人気チャレンジャーを目指して――」
「その前に、鍋をどうにかしようよ」
台所から、また焦げた匂いが漂ってきた。
「はわわっ! プリちゃんを見ている場合ではありませんでした!」
キュナが慌てて台所へ駆けていく。
僕はその背中を見送りながら、もう一度テレビへ目を向けた。
画面の中では、再びプリマ・プリズマが満面の笑顔で手を振っている。
人気者になるってどういう物なんだろう。
ほんの少し気になるな…




