第53話 子供部屋お姉さん
◇
「……てな感じで、キュナがあれからずっと激辛料理を出すんだよ」
僕は、エラとの夕食で起きたことをジャンヌに話していた。
「あーしも昔、無理矢理ピーマン食わされた時は、虹吐きそうになったわ」
ジャンヌは大げさに胃のあたりを押さえる。
緑髪は手入れされているのか分からないほど乱れており、前髪の隙間から覗く目には、夜更かし続きのような隈が浮かんでいる。
家の中で過ごすことが多いせいか肌は白く、整った顔立ちをしているのに、着ているのはいつも同じ緑のジャージだった。
その姿だけを見ると、きれいな人というより、部屋から出てこないゲーム好きのお姉さんにしか見えない。
「思い出しただけで、胃がキリキリしてきた」
ソファへ沈み込む。
「そんな人には、すりおろしりんごジュースですよー!」
ショットちゃんが、小さな身体で大きなグラスを抱えて飛んできた。
フェアリーテールの店内を、淡い羽音が横切る。
「ありがとう、ショットちゃん」
グラスを受け取る。
フェアリーテール。
僕もすっかり行きつけになってしまった。
10代の子供専用バーなのに、店内にはゲーム機やフィギュアが並び、ブドウのシュワシュワしたジュースや、年齢に合わせたノンアルコールの飲み物まで揃っている。
「少年少女の青春は眩しおすなぁ」
ジャンヌは、僕を眺めながら、嘲るように言った。
「ジャンヌだって、昔は青春してたんじゃないの?」
「はいはい、今日は感想会ですよー!」
今、露骨にはぐらかした。
今日は、今季放送されたアニメの感想会だった。
ジャンヌとは普段からチャットで話している。
でも、たまには直接顔を合わせて話そうと、僕とショットちゃんでジャンヌを部屋から引きずり出したのだ。
ジャンヌは最初は駄々をこねていた。
でも今では、誰よりも楽しそうに作品の感想を語っている。
「『マギマギマ』の3期は、正直かなり賛否両論ね。作画は良かったけど、原作で大事だった部分をあっさり飛ばしたのがねぇ」
ジャンヌは早口で話しながら、同じくりんごジュースを飲む。
シャリシャリとした果肉が、辛さで荒れた喉を優しく通っていく。
「でも『ドランクドッグ』は当たりだったわ」
「僕もあれは面白かった」
「でしょ? 主人公の酔拳が毎回違うのに、ちゃんと伏線になってるのが凄いのよ。最初はただのギャグだと思わせておいて――」
ジャンヌは身振りを交えながら、さらに早口になる。
その表情は、家でゲームをしている時よりずっと生き生きしていた。
「総じて、今季は豊作なりー!」
満足そうに頷くジャンヌ。
その時、店の入口に取り付けられたベルが鳴った。
チャリン。
「いらっしゃ――」
ショットちゃんが振り返る。
「ジム坊や! 久しぶりだねぇ!」
一瞬、店長の口調が変わった気がした。
小さなサングラスをかけ、シガーを抱えたマグナムちゃんが出てきたようにも見える。
「ジムおじさん、こんな所で会うなんて奇遇だね」
僕が声をかけると、ジムおじさんは手にした箱を持ち上げた。
「俺はホットドッグを届けに来たついでに、ジェードの顔を見に来ただけだ」
「知り合いなの?」
僕が尋ねると、ジャンヌが嫌そうに顔をしかめた。
「ジェードがアレックスぐらいの時、ショットと2人で面倒を見てたんだ」
「懐かしいわねー。ジェードは子供の中でも特に生意気だったわ!」
ショットちゃんが、楽しそうに羽を震わせる。
「家にも学校にも帰りたくないって言うから、困ったもんだ」
ジムおじさんは、昔を思い出すように目を細めた。
「……いや、あーしの昔話とか誰得?」
ジャンヌがりんごジュースのグラスを置く。
「そこからどうしてフェアリーテールのオーナーになったの?」
僕が尋ねると、ジャンヌは少しだけ遠くを見るような目をした。
「ここの昔のオーナーが引退するって言ってて、私がそん時19で、フェアリーテールを出禁になる寸前だったんよ」
「出禁?」
「そりゃ大人になるわけだからフェアリーテールも卒業よ」
「そしたら前のオーナーのジジイが、無理矢理あーしにオーナーを押しつけて隠居したでありんす」
「無理矢理って……」
「店を続けるなら出禁にはしないって言われたんよ。んで気づいたら、あーしが店長になってた」
ジャンヌは肩をすくめる。
「……そうだったんだ」
普段はゲームの話ばかりしている。
家から出たがらず、働けば負けだと言っている。
でも、ジャンヌにも色々あったんだな。




