第51話 映画鑑賞とトップ俳優
◇
翌日。
今日は朝からアメリアに呼び出されていた。
待ち合わせ場所へ向かうと、アメリアはいつもより少しだけおしゃれな服を着て立っていた。
赤い髪は普段より丁寧に整えられ、細身のジャケットに落ち着いた色のスカートを合わせている。
いつもの活動用の服装とは違い、どこかよそ行きの雰囲気があった。
一方、僕はいつもの青いパーカーと短パン姿だった。
「アンタ、その服しか持ってないの?」
アメリアが僕の服を上から下まで眺める。
「そういうわけじゃないけど、この服が似合うでしょ?」
「まぁ、そうね」
意外にも否定されなかった。
それが少し嬉しくて、僕は胸を張る。
「ところで、今日は何をするの?」
「ケンウッドに行きましょ」
「ケンウッド?」
「映画を見に行くのよ。それと、撮影風景も少し見られるの」
「僕らで入れるの?」
ケンウッドは、誰でも自由に入れる場所ではない。
「私と一緒なら、特別入場証で入れるわ」
アメリアが胸元からカードを取り出す。
銀色の入場証には、治安維持局の紋章が刻まれていた。
「……流石は治安維持局長の娘」
僕はカードを見つめる。
「コネクションが違う……」
「そんなに感心しなくてもいいでしょ」
アメリアは少し得意そうに歩き出した。
◇
イスカティアで映画といえば、ケンウッドだ。
上層街の一角に建つ巨大な撮影都市で、入口には英語で大きく《KENWOOD》と書かれた看板が掲げられている。
看板の周囲には青白いネオンが走り、蒸気を吐き出す配管と魔導式の照明が複雑に組み合わされていた。
高層ビルの壁面には、現在公開中の映画の広告が映し出されている。
宇宙船を背景に立つ英雄。
荒野を駆ける賞金稼ぎ。
異国の街で剣を構える少女。
現実と映画の世界が入り混じったような景色だった。
「ここがケンウッド……」
僕は入口から奥を見渡した。
SF映画の宇宙港を再現したセット。
遠い国の市場を思わせる路地。
魔導車が並ぶ帝国軍基地。
本物の街を切り取ってきたような建物が、撮影用の舞台として並んでいる。
今日撮影されているのは、今話題の映画『暁の飛空挺乗り』だった。
孤高の飛空挺パイロットが、誰にも頼らず空を飛び続ける物語だ。
主演を務めるのは、イスカティア帝国でもトップクラスの人気俳優、ルイス。
喜劇、悲劇、恋愛ドラマ、アクション。
どんな役でも演じられるうえ、危険なスタントまで自分でこなすらしい。
「今日は、ルイスさんの撮影風景を少しだけ見られるのよ」
「本当に?」
僕たちは案内された見学場所へ向かった。
奥にはすでに人だかりができている。
「きっとルイスさんよ」
アメリアが人の集まる方向へ目を向けた。
その中心に、1人の男性が立っていた。
長身で、華奢でありながら姿勢がよく、すらりと伸びた手足が目を引く。
黒髪は緩く流され、顔立ちは整っていた。
足が長い。
これがモデル体型というやつだろうか。
彼はイスカティア帝国軍の軍服を模した衣装を身につけていた。
肩章や胸元の徽章、腰に下げた魔導拳銃まで、すべてが自然に馴染んでいる。
衣装に着られている感じがまったくない。
「それでは、最後の場面を撮ります!」
スタッフの声が響いた。
周囲の照明が落とされ、セットの中に静けさが広がる。
飛空挺の格納庫を再現した舞台。
その床には、戦闘で命を落とした仲間を模した人形が横たわっていた。
ルイスがゆっくりと歩み寄る。
足を止め、倒れた仲間を見下ろした。
表情が変わる。
唇がわずかに震え、目に涙が浮かんだ。
そして彼は、帝国軍の敬礼をする。
頬を伝った涙が、軍服の襟元へ落ちていく。
たった2分ほどの短い場面だった。
けれど、ルイスは本当に悲しんでいるように見えた。
「カット!」
監督の声が響く。
ルイスが敬礼を解く。
周囲から拍手が起こった。
僕はしばらく、何も言えなかった。
演技だと分かっている。
撮影用のセットで、倒れているのも本物の死体ではない。
それでも、仲間を失った悲しみが伝わってきた。
なんだか僕まで悲しくなってしまう。
人の心を動かす役者さん。
その姿を間近で見られたことに、僕は素直に感動していた。
◇
その後も、様々な場面の撮影が続いた。
仲間を失った悲しみ。
敵を前にした怒り。
戦友と再会した喜び。
どの感情も、演技だと分かっているのに本物のように伝わってくる。
ルイスは、1人の飛空挺パイロットの人生を、最初から最後まで完璧に演じきっていた。
「僕、ルイスさんのファンになっちゃったかも」
撮影を見終えた僕が呟く。
「でしょ? 彼は最高のスターよ」
アメリアは得意そうに胸を張った。
撮影が終わると、待っていたファンたちが一斉にルイスのもとへ押し寄せた。
「ルイスさん、サインお願いします!」
「一緒に写真を撮ってください!」
「握手してもらえますか!?」
人に囲まれても、ルイスは嫌な顔を1つ見せなかった。
1人ずつと丁寧に握手を交わし、写真撮影に応じ、サインを書いていく。
疲れているはずなのに、最後まで笑顔を崩さない。
ファンサービスも良い。
「僕もサインボードを持ってくればよかったな。リアムに自慢できたのに」
「次に来る時は、ちゃんと用意しておきなさい」
「次も来ていいの?」
「もちろんよ」
アメリアが当然のように答える。
その後、僕たちはケンウッド内の劇場へ移動した。
上映されたのは、ルイスの別の主演作だった。
『素晴らしい男の素晴らしい人生』
コミカルな場面と、家族の愛を描いたハートフルな作品だ。
ある事情から、突然子供を預かることになった男。
最初はどう接していいのか分からず、何をしても空回りしてしまう。
それでも、同じ時間を過ごすうちに、2人の間には少しずつ絆が生まれていく。
血のつながっていない子供と、父親役のルイス。
最初はぎこちなかった関係が、やがて本当の親子へ変わっていく物語だった。
コミカルな場面では、劇場のあちこちから笑い声が起こる。
けれど、父親が子供のために必死になる場面では、客席の空気が静まり返った。
ルイスの表情が、画面の中でゆっくり崩れていく。
不器用な父親の愛情が、台詞よりも強く伝わってきた。
「……う、うぅ」
気がつくと、涙が頬を伝っていた。
「涙、出てるわよ」
隣からアメリアの声が聞こえる。
「アメリアだって……」
そう言う、アメリアも目元を押さえていた。
映画が終わる頃には、満員だった観客のほとんどが立ち上がっていた。
劇場中に拍手が響く。
スタンディングオベーションだ。
僕もアメリアも立ち上がり、他の観客と一緒に拍手を送った。
スクリーンには、静かに微笑むルイスの姿が映し出されている。
「いやー、最高だった」
劇場を出た僕は、まだ興奮が冷めないまま呟いた。
「本当、来てよかったわね」
「ありがとう、アメリア! すごく楽しかった」
「……そ、そう。ならよかったわ」
アメリアは少しだけ顔を背けた。
帰りがけ、僕たちは劇場の近くでアイスを買った。
冷たいアイスを口に入れると、甘い味が舌の上に広がる。
映画の余韻が残ったまま、僕たちは夜の上層街を歩いて帰った。
◇
その日の夜。
撮影を終えたルイスは、高層マンションの最上階にある自室へ戻っていた。
広いリビングの窓から、イスカティアの夜景を見下ろしている。
幾重にも重なった高架道。
空を走る飛空挺。
建物の壁面を流れる広告術式。
夜の街は、無数のネオンに彩られていた。
ルイスはテーブルの上に置かれたワインボトルを手に取る。
栓を抜くと、静かな部屋に小さな音が響いた。
グラスへ注がれた黄金色のワインが、泡を弾けさせながらゆっくり満たされていく。
ルイスはグラスを鼻へ近づけ、香りを楽しんでから一口飲んだ。
「……今年のゴルドワインも、素晴らしい出来栄えだ」
誰もいない部屋で、1人呟く。
その時、壁面の大画面スクリーンが点灯した。
ピピッ。
画面に、白衣を着た科学者の姿が映し出される。
『例の開発に成功しました』
「おお。良いニュースだ」
ルイスはソファへ腰を下ろし、足を組んだ。
グラスを傾けながら、画面の向こうへ視線を向ける。
『ご判断次第で、すぐに始められます』
「ふむ……」
ルイスはしばらく考えた。
「今は、もう少し寝かせておけ」
グラスの中で、ワインが揺れる。
「熟す時を待つのだ」
ルイスは、赤い唇をわずかに吊り上げた。
「ところで、例の新人はどうかね?」
『戦闘力、安定性ともに高評価です』
「ふむ。実績を積めば、幹部入りもあるな」
ルイスは残ったワインを一気に飲み干した。
空になったグラスを指先で弄びながら、窓の外へ目を向ける。
「映画も現実も、最高の瞬間に熟す時がある」
夜景に映った自分の顔を眺め、静かに続ける。
「その最高の時を味わうのが、1番美しく、甘いのだ」
「研究を続けろ。少しでも、より良い状態にするのだ」
『イエス。マッドハッター!』
科学者が敬礼する。
通信が切れ、部屋に静けさが戻った。
ネオンに照らされた夜の街を見下ろしながら、ルイスは1人、口角を上げた。




