第50話 薄幸の少女
◇
後日。
朝のイスカティア・タイムズを広げると、1面に大きな見出しが躍っていた。
『蒼銀騎士にアレクサンダー密着取材』
「……本当に身体ごと密着されるとは思わなかったよ」
取材中、ペニーさんはずっと僕の隣に張りついていた。
記事には、さらに大きな文字が並んでいる。
『年齢、出身一切謎! 突如彗星のごとく現れたヒーロー、スターハーツ。そのリーダーに密着取材!』
「なんで僕がリーダーなの……」
僕は新聞へ向かって、心の中で突っ込んだ。
『趣味はゲーム。好きな食べ物はハンバーグ。座右の銘は“分かり合える”』
「なんか恥ずかしいな……」
座右の銘なんて、アニメの主人公が言っていた言葉を借りただけだ。
それが新聞に載っていると思うと、顔が熱くなる。
ページをめくると、見出しがさらに大きくなっていた。
『イアハートとの関係は!?』
「仲間だよ……」
誰に答えるでもなく呟く。
『期待のニューホープ、スノーホワイトのファン急増中!』
ソフィーは学校でも人気者だし、これは本当かもしれない。
僕は1人で新聞へツッコミを入れながら、記事を読み進めた。
でも、今日は嫌な気持ちではなかった。
なんといっても、母さんが帰ってくる日だからだ。
「奥様のお部屋の準備は、バッチリです」
キュナは朝から忙しそうに、空き部屋を掃除していた。
「今日の晩御飯は、坊ちゃんの好きなハンバーグにしましょ」
「やった」
「腕によりをかけますね」
「ところで、空き部屋の掃除もしてるけど、なんで?」
キュナはモップを持ったまま、にこりと笑う。
「それはサプライズなので」
「キュナも母さんも、隠したがりだな……」
母さんが帰ってくるだけでも嬉しいのに、さらに秘密があるらしい。
僕は朝食を済ませると、落ち着かないまま時計を何度も確認した。
◇
午後6時。
玄関の呼び鈴が鳴った。
「ただいまー!」
聞き覚えのある声が響く。
僕は椅子を蹴りそうな勢いで立ち上がり、玄関へ駆けた。
「お母さん、おかえり!」
そこに立っていたのは、長い青髪を背中へ流した若い女性だった。
透き通るような白い肌。
整った顔立ちと、仕事帰りとは思えないほど華やかな雰囲気。
美容インプラントと老化防止インプラントのおかげで、見た目だけなら20歳くらいにしか見えない。
僕と並んだら、親子というより姉弟に間違われるだろう。
「ただいま、アレックス。元気そうね」
母さんは僕を抱きしめると、すぐ隣に立つ少女へ視線を向けた。
「紹介するわね。同じ会社の人の娘さん、エラちゃん」
少女はアメリアと同じくらいに見えた。
白い肌に、灰色の髪。
髪型は頬の横でまっすぐ切りそろえたいわゆるお姫様カットで、灰色の瞳は感情を見せず静かにこちらを見ている。
黒いゴシックなドレスには、金色の文字盤や時計の針を思わせる刺繍が施されていた。
裾を飾るレースとフリルは細かく、足元には透明なガラスの靴が光っている。
どこか人形のような雰囲気の少女だった。
「家庭の事情で、しばらく家に住めなくなっちゃったらしいの」
母さんは、いつものように明るい口調で説明する。
「だから、サプライズでうちに来なさいって誘ったの」
「エラです。よろしくお願いします」
エラは小さく頭を下げた。
「アレックスです。こちらこそ、よろしく」
突然のことに、少しだけ声が上ずった。
◇
キュナが用意した夕食は、僕の好きなハンバーグだった。
肉汁の浮いたハンバーグに、濃い色のソースがかかっている。
「いただきます!」
僕がナイフを入れると、母さんが嬉しそうに笑った。
「学校で友達ができたんですって?」
「うん。ソフィーっていう子と、リアムっていう子」
僕は最近の学校での出来事を話した。
ホイールシュートで遊んだこと。
新しい地域留学生が来たこと。
サパタやマヒナ、イヌイットのこと。
母さんは何度も頷きながら、楽しそうに聞いてくれる。
「よかったわね、アレックス」
「うん。学校へ行くのも、少し楽しくなってきた」
母さんと話している間、エラは黙々と食事をしていた。
表情はほとんど変わらない。
ハンバーグを口へ運び、静かに咀嚼する。
僕が何度か視線を向けても、エラは気づいているのかいないのか、何も言わなかった。
食事が終わる頃、母さんが申し訳なさそうに僕を見る。
「アレックス、ごめんね。完全に帰れるのは、まだ先かも」
「ううん。僕は大丈夫だから。お母さんも仕事、頑張って」
「ありがとう」
母さんが優しく笑う。
その笑顔を見られただけで、今日は十分嬉しかった。
◇
食事の後、僕はエラを空き部屋へ案内した。
キュナが掃除したばかりの部屋には、ベッドと机、収納棚が揃えられている。
「ありがとうございます」
エラは部屋を見回し、淡々と口にした。
「自分のことは、全て自分でやります」
「え?」
「学校は通信教育なので、朝と夕方以外は部屋にいます。必要がない限り、入ってこないでください」
「……は、はい」
距離の取り方がはっきりしている。
なんだか話しづらいな。
エラはそれ以上何も言わず、食器を片付けるために台所へ戻った。
キュナの手伝いを少しだけすると、そそくさと空き部屋へ引き返す。
ドアが静かに閉まった。
僕はその場に残され、閉じたドアを見つめた。
母さんが帰ってきた。
それなのに、家の中には新しい謎まで増えてしまったようだった。




