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第49話 ご機嫌うかがい

「リアム君、今日は楽しかった。ありがとう!」


帰り支度を終え、僕はリアム君へ頭を下げた。


「リアム君じゃなくて、リアムでいいって」


「えっ?」


「友達なんだから、呼び捨てでいいんだよ」


リアムは照れくさそうに笑い、僕が手にしていたホイールシュートのコマを指差した。


「それより、そのコマやるよ」


「えっ!? 貰えないよ」


「いいんだって。俺、同じのを2つ持ってるし」


リアムは僕の手に、青い魔導輪のついたコマを押しつけた。


「アレックスも、そのコマをカスタマイズしてもっと遊ぼうぜ」


掌の上で、コマの魔導輪が小さく光る。


「……本当にいいの? ありがとう」


「ソフィー、お前も女子でホイールシュートの楽しさが分かるやつ、そうはいないぜ」


「うん。面白かったよ!」


ソフィーは白いコマを両手で包み、嬉しそうに頷いた。


友達と遊ぶ。


ジャンヌとゲームをすることはある。


でも、こうして外で顔を合わせて、同じ遊びで笑うのは初めてだった。


こんなに楽しいものだったんだ。


「また明日もやろうぜ!」


リアムが手を振った、その時。


ジジッ。


空気に混じっていた雑音が、マナリンクから響いた。


続いて、治安維持局の通信が流れる。


『〇〇第3区画にて、異形の不審者の目撃情報――』


「ま、まずい」


僕は反射的にマナリンクへ目を向ける。


「リアム! 今日は本当にありがとう。それじゃ、帰るね!」


「お、おう。急だな……またな、アレックス!」


僕は自転車へ駆け寄り、急いで跨ろうとした。


「アレク、待って!」


ソフィーが後ろから呼び止める。


「戦いに行くんでしょ? 私も連れてって」


「ソフィー。でも、自転車じゃ2人は乗れ……」


言いかけて、僕は下層へ向かった時のことを思い出した。


あの時、自転車を魔導二輪車へ変えた。


それなら、後ろにソフィーを乗せられるかもしれない。


「そうだ……」


周囲を見回す。


空き地の近くには、誰もいない路地裏があった。


僕たちは自転車を押して、路地へ駆け込む。


「ここなら、たぶん大丈夫」


僕は胸元へ意識を集中させた。


蒼い光が胸の奥から漏れ、腕を伝って全身へ広がる。


身体を覆っていた服が光の中へ沈み、白銀の装甲が肩や胸元へ展開していく。


手足を包む装甲が形を整え、蒼い魔導回路が全身を走った。


短い変化が終わると、僕はアレクサンダーの姿になっていた。


すぐに自転車へ手を伸ばす。


触れた場所から蒼い光が広がり、フレームが大きく伸びていく。


車輪の周囲に魔導輪が組み上がり、ハンドルの前には光る術式が浮かんだ。


ペダルの付いていた部分が魔導機関へ変わり、車体全体が低く力強い形へ変形する。


ブォン……。


蒼い光をまとった魔導二輪車が、路地裏に姿を現した。


「変わった……!」


ソフィーが目を輝かせる。


彼女の胸元にも、白い光が灯った。


長い銀髪が光の中で揺れ、白い装甲が胸元から肩、腕へと伸びていく。


エルフの耳の上に白い機械式の猫耳が現れ、内部で水色の光が明滅した。


腰からは、白い外殻に淡い縞模様の入った機械の尾が伸びる。


白い装甲の裾には水色の縁取りが浮かび、細い指先には白い魔導回路が走った。


白銀の髪と白い機械装甲に包まれたスノーホワイトが、僕の前に立っている。


「乗って」


僕が声をかけると、ソフィーは頷いた。


後部座席へ乗り、僕の腰へ腕を回す。


「怖い?」


「ううん、平気」


しっかりと抱きつかれたのを確認し、僕はハンドルを握った。


「それじゃあ、行くよ!」


ブォォン!


魔導二輪車が路地裏から飛び出す。


夕方の上層街を、蒼い光が駆け抜けていく。


高層建築の壁面に埋め込まれた広告術式が、僕たちの姿を一瞬だけ照らした。


背後からは、白い魔導光が尾を引いている。


通報があった場所へ向かい、僕はアクセルをさらに踏み込んだ。


夕暮れの上層に、蒼と白の魔導光が一直線に伸びていた。


◇


現地へ到着すると、すでにイアハートが戦っていた。


道路脇の街路樹が根元から折れ、近くに停められていた車も大きくへこんでいる。


その中心で暴れていたのは、腕と頭がクワガタのように変化した怪人だった。


頭部の両側から伸びた大顎。


巨大な腕の先にも、鋭く湾曲した顎が備わっている。


怪人が頭を振ると、目の前にあった樹木が音を立てて両断された。


さらに腕の顎が車のボンネットへ食い込み、金属を紙のように切り裂く。


接近するのは危険だ。


「お待たせ、イアハート!」


僕が魔導二輪車から飛び降りる。


「遅い!」


振り返ったイアハートの声は、明らかに不機嫌だった。


「ご、ごめん」


「テメェらがヒーロー気取りのガキどもか!」


怪人が大顎を開き、耳障りな音を響かせる。


「このギラファさまが、まとめて真っ二つにしてやるぜ!」


久しぶりに、殺意を隠そうともしない怪人だった。


イアハートが鉄パイプを構える。


「ずいぶん威勢がいいじゃない」


紅い魔導回路が、肩から腕を伝ってパイプへ走った。


僕もギラファから距離を取り、周囲を確認する。


頭の大顎だけじゃない。


両腕の顎も、触れた物を簡単に切断してしまう。


近づきすぎれば、装甲ごと噛み砕かれるかもしれない。


「アレクサンダー、右!」


スノーホワイトの声が飛ぶ。


ギラファの腕が、僕のいた場所を横薙ぎに通り過ぎた。


大顎が空気を噛み、ガチンと音を立てる。


僕は地面を転がって避け、起き上がる勢いで距離を取った。


「危なかった……!」


「動きを止めるね!」


スノーホワイトが両手を前へ伸ばす。


白い魔導回路が指先から腕へ広がり、両手の間に冷気が集まっていく。


「凍っちゃえ!」


白い光を帯びた氷のビームが放たれた。


一直線に飛んだ冷気が、ギラファの右腕へ命中する。


腕の表面が一瞬で白く染まり、顎の付け根から先まで凍りついた。


「なんだと!?」


ギラファが腕を振り回す。


だが、凍結した腕は動かない。


厄介な武器を、遠距離から無力化したのだ。


「スノーホワイト、すごいよ!」


「うん。この身体、魔法が強く使えるみたい!」


スノーホワイトは嬉しそうに、もう一方の腕へ視線を向ける。


「……ちょっと、感想会は倒した後にやってくれるかしら?」


イアハートが鉄パイプを肩へ担いだ。


声がすこぶる機嫌悪い。


「ご、ごめん」


用事を断ったのを、まだ根に持っているのかな。


ギラファが残った左腕を振り上げる。


「調子に乗るなぁ!」


大顎が、地面ごと抉る勢いで振り下ろされた。


イアハートは横へ跳び、攻撃をかわす。


僕も反対側へ走り、ギラファの視界から外れた。


2人が左右へ散ったことで、ギラファの身体が一瞬だけ開く。


「今よ!」


イアハートが踏み込んだ。


鉄パイプが紅い残光を引き、ギラファの脇腹へ叩き込まれる。


ガキィン!


装甲と外殻がぶつかり、鈍い音が響いた。


ギラファの身体が傾く。


「ぐっ……!」


硬い外殻に覆われているが、完全には防げなかったらしい。


わずかに傷が入り、青い血が流れ出す。


「やった!」


僕が声を上げると、イアハートがちらりとこちらを見る。


「だから、倒してからにしなさいって言ってるでしょ!」


「ごめんってば!」


「さっさとぶっ倒れなさい!」


イアハートは鉄パイプを下ろした。


胸元から紅い魔導回路が広がり、肩、腕、拳へ伝わっていく。


紅い光が拳を包み、周囲の空気が震えた。


「そんな技、いつの間に……?」


僕が尋ねるより早く、イアハートが地面を蹴った。


一瞬でギラファの懐へ入り込む。


「うぎゃあ!」


紅い拳が、ギラファの腹部へめり込んだ。


衝撃が爆発する。


ギラファの巨体が宙へ浮き、そのまま道路を転がっていった。


破片を撒き散らしながら数メートル先まで吹き飛び、最後には仰向けに倒れる。


「……倒した?」


「たぶん」


ギラファは動かない。


気絶しているようだった。


僕は周囲を見渡した。


物陰にも、建物の屋上にも、他の怪人らしき気配はない。


「もう他にはいないみたいだね」


僕は周囲から見られない物陰へ移動しようとした。


その時だった。


「アレクサンダー、まだ戻らないで」


「え?」


「治安維持局が来るのを待つの」


「でも、僕たちも逮捕とかされちゃうんじゃ……」


「それはないから」


イアハートは当然のように答えた。


「怪人を倒して、逃げ遅れた人も守った。堂々としていればいいのよ」


「そうなのかな……」


そうこう話しているうちに、遠くからサイレンが聞こえてきた。


複数の治安維持車両が道路へ進入し、隊員たちが一斉に降りてくる。


気絶したギラファは、何重もの拘束具でガチガチに固定された。


そのまま護送車へ詰め込まれていく。


「治安維持にご協力いただき、誠にありがとうございます」


隊員の1人が、僕たちへ向かって頭を下げた。


「スターハーツの方々」


「スターハーツ?」


僕が聞き返す。


イアハートが胸を張った。


「そう。チーム名よ」


「いつ決めたの?」


「私が」


イアハートは指を1本立てた。


「ひ・と・り・で!」


「うぅ……」


僕が呻く。


「もう治安維持局にもメディアにも、匿名でばら撒いてあるから。今さら変更は無理ね」


そこへ、聞き覚えのある声が響いた。


「アレクサンダー様ぁ!」


「ペニーさん!?」


カメラを抱えたペニーさんが、こちらへ駆けてくる。


「私の名前を覚えてくれてるなんて光栄です!新生スターハーツの初陣、しっかりと撮りました!」


彼女は息を切らしながら、僕の前へカメラを突き出した。


「聞きましたよ? アレクサンダー様がリーダーなんですよね?」


「え? 僕がリーダー?」


「性格的にも、イアハートがなるんじゃないの?」


僕が振り返ると、イアハートは満足そうに笑っていた。


「そんなことより、アレクサンダー様!」


ペニーさんがさらに距離を詰めてくる。


「このあと、独占インタビューにも応じてくださるとイアハートから聞いてます!」


「え?」


「早速じっくりねっとり取材させてください!」


「イ、イアハート?」


僕が助けを求めると、彼女は涼しい顔で手を振った。


「スノーホワイト、帰りましょ?」


「う、うん。アレクサンダー……頑張ってね?」


スノーホワイトは少し申し訳なさそうに頷き、イアハートと一緒にその場を離れていく。


「ま、待って!」


「逃しませんよ!」


ペニーさんのカメラが、僕の目の前で光った。


その後の取材は、2時間にも及んだ。


夜になって家へ帰ると、またまた夕飯のことを連絡しそびれた僕は、キュナにこってり絞られることになった。

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