第47話 帰ってくる母とサプライズ
◇
次の日。
朝食を終えた僕は、自室の机に向かいながらマナリンクを操作していた。
画面の向こうに表示されているのは、母さんの顔だ。
「……っていう感じなことがあった」
昨日から今朝までの出来事を、近況報告として話す。
もちろん、変身のことは言っていない。
ソフィーと友達になったこと。
学校で一緒に過ごしたこと。
話せる範囲のことだけを選んで伝えた。
「そう、いいじゃない!」
明るい声が返ってくる。
サリッサ・ジクスト。
僕のお母さんだ。
仕事の都合で家を離れていることが多く、最近もなかなか帰ってこられなかった。
「友達ができたなら安心したわ。アレックス、昔から家にこもりがちだったもの」
「そんなにこもってないよ」
「ゲームをしている時間も含めて?」
「……それは、まあ」
マナリンクの画面越しに、母さんが笑う。
その笑顔を見ると、離れて暮らしていることを少しだけ忘れられた。
「私も、もう少ししたら帰れるかも」
「本当?」
思わず身を乗り出す。
「ええ。仕事が一段落つくの。久しぶりにキュナの手料理が食べたいわ」
「キュナ、きっと喜ぶよ」
「アレックスも嬉しいでしょう?」
「うん」
素直に頷く。
「それとね、帰る時にちょっとしたサプライズを用意してるから」
「サプライズ?」
「帰ってくるまで秘密。ほんの少しだけ期待していてちょうだい」
母さんは、それ以上は教えてくれなかった。
お母さんが帰ってくる。
それだけのことが、思っていた以上に嬉しかった。
通話の向こうで、母さんが予定を話している。
キュナが帰宅予定を聞いたら、きっと張り切って料理を作るだろう。
いつもの家事も、鼻歌を歌いながら進めるに違いない。
僕とキュナの2人で暮らすには、今の家は広すぎる。
使われていない部屋も多く、廊下を歩いても足音が妙に響く。
夜になると、広いリビングにはテレビの音とキュナの声だけが残る。
でも、お母さんが帰ってくれば、少しは賑やかになる。
食卓を囲む人が増える。
サプライズが何なのかは分からない。
それでも、ほんの少しだけ期待してしまった。
「早く帰ってきてね」
「ええ。帰ったら、アレックスの友達の話も聞かせてちょうだい」
「ソフィーのこと?」
「そう。どんな子なのか、気になるわ」
「すごくいい子だよ」
そう答えると、母さんはまた嬉しそうに笑った。
通話が終わり、マナリンクの画面が暗くなる。
静かになった部屋で、さっきまでの声だけが耳に残っていた。
お母さんが帰ってくる。
その時に待っているサプライズを思い浮かべながら、家の中の景色が少し明るくなったように感じた。
◇
「……で、母さんが帰ってくるんだ」
朝のホームルーム前。
僕はソフィーへ、昨日のマナリンクでの会話を話していた。
「よかったね、アレク」
ソフィーは自分のことのように喜んでくれる。
今日は朝から学校へ来ている。
ホームルームが始まる前から、クラスのみんなと話しているのは新鮮だった。
通信教育では、こうして友達と顔を合わせて話す機会が少ない。
それだけで、いつもより時間が早く進んでいるように感じた。
「……なぁ、アレックス」
不意に声をかけられた。
隣の席に座っていた男の子が、椅子ごとこちらへ身体を向けている。
金色の髪に青い瞳。
鼻の周りと頬には、薄いそばかすが浮かんでいた。
眼鏡の奥の目は好奇心で輝き、コントローラーの模様が入った白いTシャツの上に、青系のチェックシャツを羽織っている。
「アレックスも、ホイールシュートやってるか?」
この子は確か、隣の席のリアム君だ。
ゲームの話をしている時は、いつも楽しそうに早口になる。
「ごめん、やったことないや」
「マジかよ!」
リアム君が驚いたように声を上げる。
「ホイールシュートは、コマの魔導器を高速で回転させて、弾き飛ばし合うおもちゃだ。俺の貸してやるから、放課後一緒にやろうぜ!」
ホイールシュートは、僕より小さい子供から年上まで幅広く遊ばれている。
コマの魔導器を専用の発射台から弾き出し、相手のコマとぶつけ合う。
見た目は単純だけれど、好きなパーツを組み合わせて性能を変えられるため、カスタマイズ性が高い。
重さを重視するか。
回転の持続力を伸ばすか。
相手を弾き飛ばす攻撃型にするか。
単純に見えて奥が深い遊びだと、リアム君は熱心に説明してくれた。
「いいの?」
「もちろんだ! ソフィーも来いよ!」
突然話を振られ、ソフィーが目を丸くする。
「私にもできる?」
「歴史の授業より簡単さ!」
リアム君が胸を張った。
「それならできそう!」
ソフィーが嬉しそうに笑う。
僕も、放課後が少し楽しみになってきた。
その時、教室の扉が開いた。
ガラガラ。
「みんな、席につけ!」
ヒート先生が大きな声を響かせながら入ってくる。
今日も朝から暑苦しい。
「以前から言っていた、異種民族の地域留学の子たちが今日からクラスに加わるぞ!」
「地域留学?」
僕が尋ねると、リアム君が小声で教えてくれた。
「イスカティアの地方に住んでる子たちが、この学校に留学しに来るんだってさ」
「へぇ……」
地方に住む異種民族。
僕が直接見るのは初めてだった。
「それでは、入って来てくれ!」
ヒート先生が教室の入口へ声をかける。
扉が開き、3人の少女が入ってきた。
先頭に立っていたのは、褐色の肌と茶褐色の瞳を持つ少女だった。
濃い茶色の髪は長く、風を受けたように大きく揺れている。
一部は細く編み込まれ、青緑や赤のビーズ、小さな羽根が飾られていた。
背中には、身体の大きさからは想像できないほど巨大な翼が広がっている。
黒から濃い灰褐色の羽根に、白い帯が重なっていた。
彼女は翼を少しだけ動かしながら、教室の中を興味津々に見回している。
「サパタ! ハーピーのサパタだよ!」
明るい声で自己紹介し、両腕を広げた。
翼の下から見える腕は人間に近い形をしているが、手の先には小さな鉤爪があった。
続いて入ってきたのは、半透明の身体を持つ少女だった。
温かみのある褐色の身体には、光が水面のように揺らめいている。
長い茶髪には、赤いハイビスカスと白い小花が飾られていた。
胸元の奥には、赤い丸い光がぼんやりと見えている。
両腕と脚の外側には薄いヒレがあり、歩くたび淡い青色に輝いた。
「マヒナです。クリオネアの地域留学生です。よろしくお願いします」
小さな声で、丁寧に頭を下げる。
最後の少女は、僕たちより少し背が高かった。
黒褐色の長い髪に、顔の両側からクリーム色の毛束が流れている。
頭の上には大きな三角形の犬耳。
腰の後ろには、ふさふさした巻き尾があった。
茶色と生成り色の防寒着には、白い毛皮の縁取りと幾何学模様が施されている。
「イヌイット! 獣人のイヌイットです! よろしくお願いします!」
元気いっぱいに挨拶し、片手を高く上げる。
その声に反応して、犬耳もぴんと立った。
初めて見る種族の子ばかりだ。
「我がクラスも多種族クラスになってきたな! ハハハ!」
ヒート先生が笑う。
3人は空いている席へ案内され、それぞれ腰を下ろした。
サパタは席についた後も、教室の中をきょろきょろと見回している。
マヒナは落ち着いた様子で水筒を取り出し、水をごくごくと飲んだ。
イヌイットは鼻をひくひく動かし、教室中の匂いを嗅いでいる。
その様子を見ながら、僕は思った。
このクラスも、賑やかになりそうだ。




