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第39話 頼れる協力者

◇


アメリアがシオを連れてきたのは、ソフィーを治療室へ匿ってから数日後の夕方だった。


ロングロングドッグの裏口が開く。


「連れてきたわ」


その後ろから、制服姿のシオが顔を出した。


以前会った時と変わらない、少女のようにも見える整った顔立ち。けれど、ソフィーのことを聞いたのか、いつもの軽い表情は少し硬かった。


「こんにちは、アレックス君。ソフィーさんの様子は?」


「今は落ち着いてるよ。ジムおじさんが検査をしてくれてる」


「それならよかった」


シオは抱えていた袋をテーブルへ置いた。


中から取り出したのは、数本のオレンジソーダと、持ち手のついた大きめのカップ、それから柔らかい素材の長いストローだった。


「ソフィーさん、前にオレンジソーダが好きだって聞いたから」


「ありがとう。でも、どうしてこれを?」


「普通のコップだと、今のソフィーさんは持ちにくいと思って。これなら、誰かが支えてあげれば飲めるかもしれない」


シオは続けて、薄いファイルを取り出した。


「それと、D因子について調べた資料。公開されている医療記事と、過去の治験記録を集めてみた。ほとんどは肝心な部分が削除されていたけど、D因子の投与後に獣化した症例について、いくつか記録が残っていたよ」


ジムおじさんがファイルを受け取り、ページをめくる。


「よく集めたな。普通に調べたら、ここまで見つからんぞ」


「学校の図書室と、公開されている医療データベースを使っただけです。ドレッドについては、名前が消されている記事も多かったけど、治療を受けた施設の所在地がいくつか重なっていました」


「手がかりになるかもしれん」


ジムおじさんの声に、わずかな期待が混じった。


その間、僕はオレンジソーダのボトルを開けた。


シュッ、と小さな音がする。


扉の向こうでソフィーの耳が動いた。


「飲ませてみよう」


僕が治療室へ入ると、ソフィーは身体を起こした。


獣の姿になった彼女は、以前より少し落ち着いている。それでも、知らない人の気配には敏感だった。


僕の後ろにいるシオへ視線を向け、喉の奥で低く唸る。


シオは足を止めた。


「ごめん。急に近づくつもりはないよ」


ソフィーの目を見たまま、ゆっくりと袋からカップを取り出す。


「ここに置いておくね」


シオは床へカップを置き、少し離れた場所まで下がった。


「アレックス君、まずは君から飲ませてあげて」


「うん」


カップへオレンジソーダを注ぎ、長いストローを差し込む。


けれど、ソフィーが前足を伸ばしてカップに触れた瞬間、肉球が滑って中身が揺れた。


「危ない!」


僕が慌ててカップを押さえる。


ソフィーは驚いたように前足を引き、耳を伏せた。


「大丈夫だよ。こぼれてないから」


「カップを固定するものが必要だね」


シオはすぐに店内を見回し、ジムおじさんが使っていた布を見つけた。


それをカップの周りへ巻き、床の上で動かないように押さえる。


「これならソフィーさんが触っても倒れにくいと思う」


僕はソフィーの前へしゃがみ込み、ストローを口元へ近づけた。


「ソフィー、飲める?」


ソフィーは鼻先を動かした。


オレンジの甘い香りに気づいたのか、少しだけ顔を近づける。


けれど、うまくストローを咥えられない。


「もう少し右……そう、そこ」


僕が位置を調整し、シオがカップを押さえる。


ソフィーの唇がストローに触れた。


一瞬、誰も動かなかった。


次の瞬間、ちゅ、と小さな音がした。


オレンジソーダが少しずつ減っていく。


「飲めた」


思わず声が出た。


ソフィーは何度か喉を動かし、ほんの少しだけ顔を上げた。


獣の姿でも、嬉しいのかどうかは分かる。


淡い青色の瞳が、僕とシオの間をゆっくり動いた。


「よかったね、ソフィーさん」


シオが微笑む。


ソフィーはまだ警戒しているようだったが、唸り声はもう出していなかった。


その様子を見ていたアメリアが、治療室の入口から声をかける。


「……あたしも、触っていい?」


ソフィーの耳が再び動いた。


アメリアはいつものように強気な顔をしていたけれど、手は少し緊張している。


「無理に触らなくてもいいわ。嫌なら避けて」


「ソフィー、どうする?」


僕が尋ねると、ソフィーは僕の手に前足を重ねた。


それからアメリアへ顔を向ける。


拒絶している様子はなかった。


アメリアはゆっくりと近づき、頭の上へ手を伸ばす。


指先が毛並みに触れた。


「……柔らかい」


驚いたように呟き、何度か毛を撫でる。


ソフィーは目を細め、アメリアの手へ頭を預けた。


「触らせてくれたわ」


「ソフィーは、アメリアのことも分かってるんだよ」


「そうみたいね」


アメリアは少し照れたように笑った。


シオはそんな2人を見つめ、ほっとしたように息を吐く。


「アメリアが誰かにこんな顔をするの、久しぶりに見た」


「なによ、それ」


「昔から、困っている人を見ると放っておけなかった。でも、助け方が乱暴だったから」


「シオに言われたくないわ」


アメリアが頬を膨らませる。


「昔、私が何をしても空回りしてた時、何も言わずに隣にいてくれたのは誰よ?」


「それは……」


「私が失敗しても、誰かに笑われても、シオは秘密を話さなかった。だから、シオのことは信頼してるの」


アメリアの言葉に、シオは少し目を伏せた。


「友達なら、当たり前だよ」


「その当たり前ができる人は、そう多くないのよ」


その会話を聞きながら、僕はシオを見た。


戦う力があるわけではない。


D因子に関する専門知識があるわけでもない。


それでも、ソフィーのために必要なものを探し、怖がらせない方法を考えて、ここまで来てくれた。


「シオ、これからも協力してくれる?」


僕が尋ねると、彼はすぐに頷いた。


「もちろん。僕にできることなら何でもするよ」


ソフィーがゆっくりと前足を伸ばした。


爪を立てないようにしながら、シオの手の甲へ肉球を触れさせる。


シオは驚いた顔をした。


けれど、すぐに笑った。


「よろしくね、ソフィーさん」


ソフィーは返事の代わりに、小さく喉を鳴らした。


治療室の中に、オレンジソーダの甘い香りと、穏やかな空気が広がっていく。


まだ、元に戻る方法は見つかっていない。


D因子の正体も、ドレッドの目的も分からない。


それでもこの時だけは、ソフィーが怪物ではなく、僕たちの友達としてここにいることを、全員が感じていた。

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