第34話 秘密の暗号
◇
後日。
ソフィーは、あれから学校へ来ていなかった。
担任に聞いても、体調を崩して休んでいるとしか教えてもらえない。クラスメイトの誰も、彼女がどこにいるのか知らなかった。
机が1つ空いている。
それだけなのに、教室が妙に広く感じられた。
体育の授業で見た、楽しそうな笑顔。
フェアリーテールでオレンジソーダを飲みながら、僕をアレクと呼んでくれた声。
そして、オーブパークでラクーンに爪を振り下ろした姿。
何度も思い出しては、考えることをやめていた。
ソフィーが怪人になった理由を知りたい。
ドレッドに何をされているのか聞きたい。
それから、もう1度話をしたい。
僕は負けた。
ラクーンを助けられず、ソフィーを止められず、マッドハッターにも逃げられた。
でも、負けたまま何もしないのは違うと思った。
今度は、ソフィーと話す。
そのために、まず彼女を探し出さなければならない。
◇
「ジムおじさん、ソフィーのことなんだけど……」
ロングロングドッグへ入ると、カウンター席に見覚えのある女性が座っていた。
新聞を広げ、紙面を指でなぞっている。
ペニーさんだ。
「あら、あなた」
「こんにちは」
「ちょうどいいところに来たわ!」
ペニーさんは新聞を畳み、こちらへ身を乗り出した。
「一面を取れたけど、あの後アレクサンダー様に会えてないのよ!」
「……様?」
「そう! 蒼銀騎士様! 私の英雄!」
目を輝かせ、胸元で両手を握る。
新聞の一面には、戦闘中のアレクサンダーとイアハートの写真が載っていた。僕の顔は装甲に隠れているし、撮影された角度もよく分からないものだ。
それでも、自分の姿を大きく載せられると落ち着かない。
「なんだか大袈裟だな……」
「あなた!」
ペニーさんが、急に僕を指差した。
「アレクサンダー様と何か関係あるでしょ!」
「ギクッ!」
声に出してしまった。
しまった。
ペニーさんの目が細くなる。
「アレクサンダー様を追うと、いつもあなたがいるわ。偶然にしては出来すぎよ」
「……」
終わった。
正体がばれた。
心臓のプロテウスまで見抜かれる。
両親に連絡されて、学校へ呼び出されて、治安維持局に囲まれて、ラグナロクへ連れていかれて。
いろいろな想像が一気に浮かんだ。
「もしかして、あなた……」
ペニーさんが、僕の顔をじっと見つめる。
「アレクサンダー様のファンね?」
「……え?」
予想していた言葉と違った。
「そうでしょう!?」
無理に否定しても怪しまれそうだし。
ここは頷いておこう。
「……そうです」
「やっぱり!」
ペニーさんは勢いよく立ち上がった。
「アレクサンダー様ファンクラブの2号にしてあげるわ!」
「ファンクラブ!?」
「そう! 私が作ったの。まだ2人しかいないけど」
「2人もいるの?」
「会員番号1号は私。あなたが2号よ!」
「ははは……」
乾いた笑いしか出なかった。
蒼銀騎士の正体を追っていた記者が、本人をファンクラブへ勧誘している。
世の中は、何が起こるか分からない。
ジムおじさんは、そんな僕たちを横目に見ながら、食器を洗っていた。
「これは、もしアレクサンダーがいたらの話だが……」
「はい?」
「キミに救われた人も、確かにいるんだ。救えなかったことばかりに囚われるな」
手を止めず、独り言のように続ける。
「……って、言いたいね」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
ラクーンを救えなかった。
ソフィーも、助けられなかった。
でも、これまで助けた人たちまで、なかったことにしていた。
ペニーさんを運んだこと。
屋上で少女を助けたこと。
道端のオートマタを救ったこと。
全部、確かに起きたことだ。
「……おじさん」
「それから、知りたいことがあるなら、フェアリーテールでショットのことを『マグナム』と呼んでみろ」
「おじさん、ショットちゃんを知ってるの?」
ジムおじさんは、ほんの少しだけ遠くを見るような顔をした。
「俺がガキの頃、フェアリーテールへ初めて行ったときから、あの店をやっている」
「ええ?」
ペニーさんまで新聞から顔を上げた。
「ショットちゃんって、いくつなの……?」
ジムおじさんは答えず、濡れた皿を布巾で拭いていた。
その沈黙が、答えの代わりに思えた。
◇
フェアリーテールの扉を開けると、ショットちゃんがすぐに飛んできた。
「あら、いらっしゃい!」
いつもの明るい笑顔。
「こんにちは。マグナムちゃん」
その瞬間、ショットちゃんの動きが止まった。
「……あら」
にこやかだった表情が、わずかに引きつる。
「どこで、その名を知ったのかしら」
「ジムおじさんに聞いたんだ」
「そう。ジム坊やが……」
ショットちゃんは辺りを見回した。
店内には、他の客の姿がない。
それを確認すると、僕の手を小さな手でつかんだ。
「ついて来なさい」
「え? どこへ?」
返事も聞かず、バーの奥へ飛んでいく。
カウンターの裏を抜け、さらに奥の小さな扉を開いた。
そこは、さっきまでの明るい店内とは別の空間だった。
壁には古い写真が並び、棚には年代の違う酒瓶が詰め込まれている。照明も薄暗く、空気まで重く感じられた。
ショットちゃんは小さなサングラスをかけた。
どこから取り出したのか、口元にはシガーまで咥えている。
両手で抱えるように持ち、ぷかりと煙を吐き出した。
白い煙が、身体の何倍もの大きさになって広がる。
「そんな小さな身体で吸って、大丈夫なの?」
思わず尋ねると、ショットちゃんはサングラス越しにこちらを見た。
「マグナムちゃんに、そうやって心配をかけてきた奴は……みんな先に死んださね」
「……」
やっぱり、いくつなんだろう。




