↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/86

第26話 エルフのガールフレンド

◇


体育の授業を終えて、帰り支度をしていたときだった。


「アレックス君!」


鞄を持ったソフィーが、教室の出入口から顔をのぞかせていた。長い銀髪は、運動の邪魔にならないよう結んだままだ。


「この後、一緒にどこかへ遊びに行かない?」


「僕と?」


「うん。今日はもう帰っちゃうんでしょう?」


いつもなら、そのまま自転車に乗って家へ帰るところだ。


帰ってから何をするかも、大体決まっている。ゲームをするか、動画を見るか。その前に、キュナに洗濯物を渡す。


でも、今日は少しくらい変えてみてもいい気がした。


「いいけど、どこがいい?」


「アレックス君のおすすめ!」


「うーん……」


おすすめ。


急に言われると困る。ゲームショップなら案内できるけど、ソフィーが楽しいかどうか分からない。


お菓子を食べられて、ゆっくり話せて。


そう考えると、思い当たる場所があった。


◇


「ここ?」


店先で、ソフィーが看板を見上げた。


ティーンバー《フェアリーテール》。


扉の向こうからは穏やかな音楽が聞こえている。初めて来たときは、僕も入っていい場所なのか迷ったっけ。


「子供だけで入っていいんだよね?」


「うん。むしろ、大人はお客さんとして入れないんだって」


ソフィーは扉に手をかけたまま、少し不安そうに首をかしげた。


「でも、私、こう見えて九十歳なんだけど……入っていいの?」


「えっ」


思わず聞き返す。


見た目はどう見ても同年代の女の子なのに、ソフィーは平然とした顔で続けた。


「エルフの年齢だと、九十歳はまだ子供なの」


すると、扉の向こうから小さな影が飛んできた。


「いらっしゃいませ! あら、ライト君!」


ショットちゃんは僕の隣に気づくと、空中でふわりと止まった。


「今日はお友達も一緒なんですね!」


「同じクラスのソフィー。でも、九十歳らしくて……」


「九十歳?」


ショットちゃんはソフィーを見上げ、それから小さな手を腰に当てた。


「エルフ換算なら、全然子供だからいーの、いーの!」


そう言って、ショットちゃんはソフィーの背中をぽんぽんと押した。


「ほらほら、遠慮しないで入ってください!」


「え、でも……」


「大丈夫ですって! このお店は子供のためのお店ですから!」


ショットちゃんに背中を押され、ソフィーは少し驚きながら店内へ入った。僕もその後に続く。


「初めまして! 店長のショットちゃんです!」


ソフィーの目が、大きく開いた。


「フェアリー……!?」


「はい、本物ですよ!」


ショットちゃんがその場でくるりと回る。薄い羽が照明を受けてきらめいた。


「かわいい……」


思わず、といった声だった。


「ねえ、アレックス君。こんなお店、知ってたんだ」


「僕も、つい最近知ったんだけどね」


「また来てもいい?」


「まだ座ってもないよ」


「あ、そうだった」


ソフィーが笑うと、ショットちゃんも嬉しそうに胸を張った。


「ぜひぜひ! まずはお席へどうぞ!」


案内されたのは、丸いテーブルを挟んだ2人掛けの席だった。


ソフィーは腰を下ろしてからも、棚に並ぶ色鮮やかな瓶や、カウンターを行き来するショットちゃんを眺めていた。


「なんだか、大人になったみたい」


「飲み物はジュースだけどね」


「そこがいいの」


ショットちゃんは注文を受けると、カウンターの奥へ飛んでいった。


しばらくすると、小さな身体いっぱいにグラスを抱えて戻ってくる。両手でグラスをしっかり抱え、羽を忙しなく動かしながら、ふらふらとこちらへ飛んできた。


「お待たせしましたー!」


「ショットちゃん、大丈夫?」


「もちろんです! 店長ですから!」


そう言いながらも、グラスの重さに身体が少し傾いている。僕が慌てて手を伸ばすと、ショットちゃんは最後のところでふわりと高度を上げ、テーブルの上へ器用にグラスを置いた。


やがて運ばれてきたオレンジソーダには、輪切りのオレンジが飾られていた。氷の隙間を細かい泡が上っていく。


ソフィーは両手でグラスを持ち、ストローに口をつけた。


「……おいしい!」


僕も同じものを飲んでみる。


爽やかな甘さの後から、炭酸が舌を刺激した。体育の後だからか、冷たさがいつもより気持ちいい。


「今日のサッカー、最後のシュートも入ったね」


「あれ、実はちょっと危なかったの。蹴った瞬間、外したと思った」


「全然そんなふうに見えなかったけど」


「入ってよかったって顔してたんだよ」


「僕なんて、ボールが来るたびに誰にパスしようか考えてた」


「私にくれればいいのに」


「ずっとソフィーに渡してたら、僕が何もしてないってばれちゃうよ」


「もうばれてるかも」


「ひどい」


ソフィーはストローをくわえる前に、こらえきれず笑った。


少し悔しいけど、間違ってはいない。


「でも、パスしてくれるのは嬉しいよ。私も、取られそうになったらアレックス君に渡すね」


それはそれで責任が重い気がする。


その後は、学校の課題の話になった。


ソフィーも歴史の年号を覚えるのは苦手らしい。あんなにすいすい動けるのに、暗記用のノートには何度も同じ年を書いていると聞いて、少し安心した。


「覚えたと思っても、次の問題を解いてると忘れちゃうの」


「分かる。さっきまでは頭の中にあったのにね」


「そう! さっきなら答えられたのにってなる!」


そんなことを話しているうちに、グラスの氷が小さくなっていた。


「ねえ、アレックス君は、学校には通わないの?」


ストローを動かしていた手が止まった。


「……ちょっと悩んでる」


「そうなんだ」


「家でも勉強できるし、通わなくても困ってはいないんだけど」


授業を受けて、休み時間になって、クラスの誰かと話す。


この前まで、僕にはあまり関係のないことだった。


でも、ゲームの話をしている男子たちに混ざってみたいとは思った。今日みたいに、帰りに誰かと寄り道するのも悪くない。


「まだ、どうするか決めてないんだ」


「そっか」


ソフィーは少し考えてから、テーブル越しに僕を見た。


「私は、アレックス君が来てくれた方が楽しいな」


「……そう?」


「うん。また一緒に遊びに行けるでしょう?」


そんな理由でいいんだろうか。


でも、毎日通うなら、そういう理由があってもいいのかもしれない。


「後で、親と相談してみるね」


「うん!」


ソフィーは嬉しそうに微笑んだ。


◇


「……はぁ……はぁ……」


ソフィーが胸を押さえていた。


さっきまで楽しそうに話していた口元から、短い息が漏れている。グラスを持っていた手も、今はテーブルの縁を握っていた。


「どうしたの?」


「……大丈夫。いつもの発作だから」


大丈夫と言われても、すぐに信じられる様子じゃなかった。


「ショットちゃん、呼ぼうか?」


ソフィーは首を横に振った。


「少し待てば……落ち着くから」


どうしたらいいのか分からず、椅子に座ったまま様子を見守る。


やがて、浅かった呼吸の間隔がゆっくりと開いていった。テーブルを握る手からも力が抜け、ソフィーは胸に当てていた手を下ろした。


「……ほら、もう平気」


声も、いつもどおりに戻っている。


ようやく少し安心したところで、小さな呟きが聞こえた。


「……また注射しなくちゃ」


「注射?」


「私、病気だったって前に話したでしょう?」


体育の後に聞いた話だ。


ずっとベッドで寝たきりだったけど、手術を受けて元気になったと言っていた。


「病気は治ったんだけど、定期的に注射しないといけないの」


「……大変だね」


今日も体育では誰より元気に走っていた。その後だって、こうして寄り道をして、ジュースを飲みながら話している。


今のソフィーを見ていると、ずっと寝たきりだったなんて考えられない。


でも、元気になったからといって、全部終わりというわけではないらしい。


「注射って嫌だよね。僕も、いまだに目を瞑っちゃうよ」


少しでも気が楽になればと思って、笑いながら言った。


けれど、ソフィーは笑わなかった。


ストローに残った雫が、グラスの中へ落ちる。


「……注射は怖くないの。注射は」


どういう意味だろう。


針が痛いとか、そういうことじゃないのかな。


聞いてもいいのか迷っていると、ソフィーがこちらを見た。


「アレックス君」


「うん?」


「私のこと、ソフィーって呼んでくれてるでしょう? だから、こっちもニックネームをつけていい?」


急に話が変わった。


まだ少し気になったけれど、ソフィーは返事を待っている。


「いいよ」


「じゃあ……アレク」


口にしてから確かめるように、ソフィーはもう1度、僕を呼んだ。


「よろしくね、アレク」


キュナにもそう呼ばれているから、全然恥ずかしくはない。


それでも、同じクラスの子に呼ばれると、少しだけ響きが違って聞こえた。


「こちらこそ、ソフィー」


今度は、ソフィーも笑ってくれた。


グラスの底には、オレンジソーダがほんの少し残っている。


ストローで吸い上げた最後の1口は、溶けた氷で薄まって、かすかに甘酸っぱかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。