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第25話 予行練習

朝食を終えたところで、マナリンクにアメリアからの着信が入った。


キュナから少し離れ、通話に出る。


「見た?」


挨拶より先に聞かれた。


何を、とは聞かなくても分かる。


「見たよ。キュナが読んでた」


「いい写真だったわね。名前もちゃんと載ってたし」


「僕は、もう少し小さく載せてほしかったけど」


「1面なのよ? もっと喜びなさいよ」


嬉しそうな声だった。


僕は畳まれた新聞を見る。キュナは流し台の方を向いて、食器を片づけていた。


「顔も髪も写ってるんだよ。知ってる人が見たら、気づくかもしれないじゃん」


「今のあなたと、あの写真を見比べて、同じ人だと思う?」


「……思わないかもしれないけど」


「でしょ?」


それで全部解決したように言われた。


確かに、大きさからして違う。


でも、新聞の僕を見ながら、僕と同じ髪の色だと言っていたキュナの声が、まだ耳に残っていた。


「ところで、傷はどう?」


話が変わる。


思わず、背中へ手を回しかけた。


「服が擦れると、ちょっと痛いくらい」


「背中も?」


「うん。アメリアは?」


「私も少し。……次は、ちゃんと避けるわ」


昨日、ジムおじさんに手当てをされていたときと同じ声だった。


「今日は銃で撃たれない予定にしようよ」


「撃たれなくても、確かめられることはあるでしょ」


「何を?」


「あなたの魔導器化。次も助け合うために、できることを確かめておきたいの」


少し間があってから、付け足された。


「傷が痛むことはしないわよ」


◇


人通りのない広場の片隅で、辺りを確かめてから変身した。


近くに人はいない。車道からも離れている。


イアハートは地面へ置いた荷物から、短い棒を取り出した。


「まず、これ。昨日の棒みたいにできる?」


受け取り、長い棒を思い浮かべる。


握った場所から青白い光が広がった。


軸が開き、内部の部品が伸びていく。出来上がった棒を両手で構えると、端が思ったより遠くにあった。


軽く振ってみる。


先端に引っ張られ、慌てて足を踏み替えた。


「……広いところでよかった」


「貸して」


イアハートへ渡す。


同じ棒が、紅い装甲の手の中へ移った途端、滑らかに回り始めた。


片手から反対の手へ。


身体の横を抜け、背中へ回り、もう1度前へ。


昨日も見た動きなのに、間近だと、どこを持ち替えているのか余計に分からない。


「危なくないの?」


「あなたが振るよりはね」


否定できない。


イアハートは先端を地面すれすれで止めた。


「長さがあると、相手を近づけずに済むわ。あなたも無理に振り回さず、前に出して使えばいいのよ」


棒を返してもらい、言われたとおりに構える。


確かに、振るよりは安定した。


でも、横から来られたら、どうすればいいんだろう。


考えていると、イアハートが棒の先を軽く押した。


「ほら、足。後ろに引きすぎ」


「見るところ、多くない?」


「だから、今やっておくの」


棒を元に戻し、今度は持ってきた縄を手に取る。


何を作ろうか考えていると、あの記者さんを運んだときのことが浮かんだ。


両手が塞がっていて、途中でまた撃たれたら困ると思った。


「これ、人を運ぶときに使えないかな」


「縛るの?」


「助ける方だよ」


縄を両手の間に渡す。


細いまま身体に食い込んだら痛い。幅があって、身体を支えられて、落ちないようにできたら。


光が走る。


撚られていた縄がほどけ、幅広い帯へ変わった。端には留めるための金具が組み上がっている。


「担架みたいにしたかったんだけど……」


「それなら、両端を持ってみましょ」


地面に置いた荷物を載せ、2人で持ち上げる。


帯は重みを受けたところで窪み、荷物を包むように支えた。


歩いてみても、すぐには滑り落ちない。


「これなら、腕で抱えなくても運べるかも」


「2人で持てば、片手ずつ空くわね」


イアハートが空いている手を持ち上げた。


その手に武器を持てば、守りながら運べる。


1人で全部やろうとしなくてもいいんだ。


「あなた、こういうことはよく思いつくのね」


「武器より、こっちの方が想像しやすいんだと思う」


「じゃあ、武器を使うのは私。どう助けるかは、あなたが考える」


「そんなに簡単に決めていいの?」


「得意なことをすればいいでしょ?」


持ち上げた帯の向こうで、イアハートは当然のように言った。


昨日、僕の棒を使って戦っていた姿を思い出す。


僕が握っているより、ずっと頼もしかった。


その間に、逃げ遅れた人を探せた。


「……うん。それなら、できるかもしれない」


「でしょ?」


荷物を下ろし、帯を元の縄へ戻す。


そのとき、背中の痛む場所に服が擦れた。


「っ」


「痛んだ?」


イアハートがすぐに手を止める。


「ちょっとだけ」


「じゃあ、今日はここまで」


「まだ何か持ってきてたよね?」


「続きは、治ってからにするわ」


もう次の道具を取り出すつもりかと思っていた。


イアハートは荷物を片づけ、僕にも棒をしまうよう促した。


「帰って、ジムおじさんにまた怒られたら嫌だもの」


「僕も、それは嫌だな」


今度は、素直に意見が合った。


◇


変身を解き、帰り道を歩く。


昨日の被害現場に差しかかると、通りの一部が囲いで仕切られていた。


壊れた車は移動され、散らばっていた硝子も片づけられている。作業着姿の人たちが、割れた窓や道路の傷を確かめていた。


停まっている作業車の側面に、会社の名前がある。


《ヤシオリ建設》。


「もう直してるんだ」


囲いの隙間から、昨日マンホールを投げた辺りが見えた。


開けてしまった穴にも、人が落ちないよう覆いが置かれている。


あれ、戻しておけばよかった。


あのときは記者さんを運ぶことで頭がいっぱいだったけれど、僕が動かした物も、誰かが片づけてくれている。


「早く元どおりになるといいわね」


アメリアも、作業中の通りを見ていた。


砕けた場所を測る人の隣で、別の人が道具を広げる。


その邪魔にならないよう、2人で歩道の端へ寄った。


◇


「──というわけで、この物件の修復は予定どおりに──」


《ヤシオリ建設》の社名が入った仮囲いの内側で、作業員が工程表を広げていた。


割れた窓には新しいガラスがはめ込まれ、砲撃で崩れた外壁にも補修材が塗られている。足元には、撤去を終えた瓦礫が種類ごとにまとめられていた。


その説明を聞く女の顔は、ガスマスクに覆われていた。


短く切りそろえられた黒髪。粉塵のついた作業着が行き交う現場で、女だけがスーツ姿だった。


目線が、継ぎ目の残る壁をゆっくりとなぞる。


「……気に入らんな。直すのも壊すのも中途半端だ」


工程表を持つ作業員の手が止まった。


「部長! これ以上は採算が取れません!」


女は答えなかった。


上着の前を開き、肩から抜く。そのまま差し出された手にも構わず、脱いだスーツを足元へ投げ捨てた。


露わになった身体には、筋力増強用の魔導インプラントが幾重にも組み込まれていた。肩を覆う金属の枠。背から腰へ走る太い駆動部。わずかな動きにも関節の機構が連動し、低い作動音を響かせる。


人間の身体を補助するには、あまりにも物々しい。


その姿は、作業用のオートマタを思わせた。


女が左手を右腕にかける。


ガチャッ。


留め金が外れ、肘から先の外装が開いた。


内側に収まっていた部品がせり出し、手首を左右から挟み込む。指が金属の筒へと覆われ、太い軸が肘の奥まで押し込まれていった。


ジャキン!


最後に固定されたのは、分厚い金属杭だった。


右腕そのものが、重工業用のパイルドライバーへと変わっていた。


「逃げろ! 部長が『壊し屋』モードに入った!」


声が飛ぶと同時に、作業員たちが駆け出した。工具を抱える者もいれば、その場に置いて逃げる者もいる。工程表が手を離れ、舗装の上を滑っていった。


女は修復途中の建物へ歩み寄った。


右腕の内部で駆動部が回転する。


低い唸りが高まり、金属杭が壁へ押し当てられた。


バキィィィン!


打ち込まれた杭を中心に、外壁が陥没した。


真新しい補修材が砕け、その下の壁まで亀裂が走る。窓枠がひしゃげ、はめたばかりのガラスがまとめて弾け飛んだ。


女は腕を引き抜くと、崩れかけた支柱へ次の杭を打ち込んだ。


轟音。


建物の奥で何かが折れ、床が大きく傾いだ。


積み上がった壁も、張り直された床も、支えを失って崩れ落ちていく。逃げた作業員たちの前まで粉塵が押し寄せ、仮囲いを激しく揺らした。


修復されつつあった建物は、瞬く間に瓦礫の山へと変わっていた。


その中心に、女だけが立っている。


「……スクラップ&ビルド」


マスク越しの声が、崩落の余韻に重なった。


「完膚なきまで破壊しなくては、新しい物など創造できない」


右腕から白い蒸気が噴き出した。


金属杭が引き込まれ、開いていた外装が順に閉じていく。折り畳まれていた指が伸び、手首が所定の位置へ戻る。


最後に小さな固定音を響かせて、女の右腕は元の形を取り戻した。

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