第24話 余韻のあとに大スクープ
記者さんは、迅速な手当てのおかげで大事には至らなかったらしい。
よかった。
ジムおじさんの言葉を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。
僕たちも、変身を解く。
白銀の装甲が消え、いつもの目線に戻ったところで、腕にちくりと痛みが走った。
服が擦れただけなのに。
袖を捲ると、肌に赤い斑点が幾つも浮かんでいた。
弾が当たった場所だ。
変身中は、おもちゃの銃で撃たれた程度に思っていた。けれど、元に戻れば何もなかったことになるわけじゃない。
背中も、じんじんする。
服を引っ張って確かめようとしたら、肩を動かしただけで痛みが広がった。
爆風で転がったときに、随分ぶつけたらしい。
隣では、アメリアも腕を押さえていた。
袖を少し持ち上げては、顔をしかめている。
「次は二人の番だな」
ジムおじさんが、手当ての準備を始めた。
「頑丈だからって、無茶をしていいわけじゃない。無敵じゃないんだからな」
「はぁい……」
いつものように軽く返そうとしたらしいけれど、声に勢いはなかった。
アメリアは椅子に座ると、黙って腕を差し出した。
おじさんが傷口を消毒し始めると、彼女の肩がぴくりと跳ねる。
「……痛いか?」
「ちょっとだけ。でも、それより……」
アメリアは、手当てされている腕を見つめた。
「避けられる弾まで、わざと受けてたわ。あのときは、そのほうが格好いいと思って」
「格好よさより、怪我をしないことのほうが大事だ」
ジムおじさんは、傷口に薬を塗りながら静かに言った。
「それに、お前が怪我をすれば、心配する奴がいる」
「……うん」
アメリアは一度だけ僕を見て、それからすぐに視線を落とした。
「次は、ちゃんと避ける。守るために戦うのに、無駄に怪我をしたら意味がないもの」
「そうしてくれ。お前は強いが、強い奴ほど自分の身を大事にするんだ」
「……はい」
今度の返事には、さっきまでの勢いではなく、しっかりとした反省がこもっていた。
僕も隣の椅子に座り、そっと背中を浮かせる。
格好よく戦った後に、こんなふうに服が擦れるのを気にすることまで、ゲームでは教えてくれなかった。
◇
僕たちの手当てが終わった頃、店の奥で物音がした。
包帯を巻かれた記者さんが、寝台から身体を起こしている。
「あの2人はどこに!?」
そのまま脚を下ろそうとして、ジムおじさんに止められた。
「おい! 安静にしてろ! 縫ったばかりで、麻酔も残ってる!」
大きな声にも、記者さんは怯まない。
「紅い女の人の名前が聞けてないんです!」
まだ、取材のことを考えているんだ。
あんなに怖い目に遭ったのに。
「わた……」
隣から声がして、慌ててアメリアを見る。
目が合った。
アメリアは、途中まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「あの強くて立派な戦乙女は、イアハートって言ってたわ!」
偽名とはいえ、自分でそこまで言うんだ……。
記者さんの顔が、ぱっと明るくなる。
「イアハート! 大スクープ、まち……がいない……ふにぁ……」
声が急に頼りなくなった。
伸ばしかけた手が下がり、瞼が閉じていく。
ジムおじさんが支えたときには、もう身体の力が抜けていた。
「だから、まだ起きるなと言っただろうに……」
おじさんは空いた手で頭を掻くと、再び眠ってしまった記者さんを寝台へ戻しにいった。
◇
翌朝、リビングへ下りると、キュナが新聞を広げていた。
テーブルの上には朝食が並んでいる。いつもなら鼻歌が聞こえる時間なのに、今日は紙面に夢中だった。
「アレクお坊ちゃま! すごいですよ!」
嫌な予感がした。
「……何が?」
「ほら、これです!」
差し出された《イスカティア・タイムズ》を見て、足が止まる。
1面だった。
『蒼銀騎士アレクサンダー、紅戦乙女イアハート! 武装集団から市民を救う!』
大きな見出しの下に、蒼と紅の姿が写っていた。
イアハートが棒を振るい、その少し後ろで僕が身構えている。
こっちの写真では、僕がドアップで写っていた。
いつ撮ったんだろう。
あの人、怪我をする前に、こんなに撮ってたんだ。
「最近、噂になっている方たちですね。とうとうお名前が分かったみたいです!」
「へ、へえ」
椅子を引いて座る。
背中に服が擦れて、少し痛んだ。顔に出さないようにしながら、パンを手に取る。
キュナの小さな指が、記事を辿っていく。
そこには、街を破壊する武装集団に2人が立ち向かったことや、負傷した市民を救助したことが書かれていた。
負傷した市民。
書いた本人だよね。
「見てくださいよ、アレクサンダー様の凛々しい横顔」
「…」
「こんなに大きな機械の身体ですから、きっと力持ちなんですねえ」
大きく載った自分の姿を見る。
昨日までは、正体が分からなければ大丈夫だと思っていた。
でも、自分の家のテーブルに置かれて、キュナに説明されると、落ち着かないことには変わりない。
牛乳を飲んでいる間も、目だけが新聞へ向いてしまう。
顔、はっきり写ってないよね。
青い髪は見えている。でも、顔立ちは変わっているし、背丈も全然違う。
大丈夫。
たぶん。
「それに、逃げた相手を追うより、怪我人の手当てを優先したそうですよ」
キュナが感心したように言った。
そこも、ちゃんと記事になっていた。
記者さんの話を最後まで聞くより先に気を失われてしまったから、何を覚えているのか分からなかったけれど。
無事に新聞を書けるくらいには、元気になったんだ。
それには、ほっとした。
「お坊ちゃまも、見習わないといけませんね」
「え?」
パンを持つ手が止まる。
「困っている方を見かけたら、お手伝いするんですよ」
「……うん」
本人なんだけどな。
新聞の中の僕なら、きっと素直に褒めてもらえる。
今ここで正体を明かしたら、まず怪我のことを聞かれて、その後に危ない場所へ行ったことを怒られる気がする。
昨日、服に隠して帰った包帯が、急に気になった。
キュナは写真を見比べながら、楽しそうに続ける。
「イアハート様も、お強いんですねえ。こんなに沢山の相手を、長い棒だけで倒してしまうなんて」
「その棒、結構便利だったから……」
言ってから、口を閉じた。
キュナが顔を上げる。
「ご存じなんですか?」
「い、いや。長いから、遠くまで届きそうだなって」
「なるほど!」
すんなり納得された。
危なかった。
パンを大きめにかじり、これ以上余計なことを言わないようにする。
キュナは新聞を持ち上げ、もう1度写真を眺めた。
「キュナも1度、お会いしてみたいです」
会っているよ。
毎朝、起こしてもらっているし、今も朝ごはんを食べさせてもらっている。
でも、そんなことは言えない。
「……会えるといいね」
「はい! もしお家にいらしたら、美味しいものを作って差し上げたいですね」
それは、変身したまま帰ってきたら、ということだろうか。
玄関を壊さずに入れるか、少し心配だ。
そこまで考えて、慌てて牛乳を飲んだ。
「お坊ちゃま?」
「何でもない」
キュナは不思議そうにしながら、新聞を畳みかけた。その手が止まり、また1面へ戻る。
「このお写真、青い髪が綺麗ですねえ」
ドキッ!
「お坊ちゃまと同じ色です」
「……青い髪の人なんて、沢山いるよ」
「そうですね。でも、お坊ちゃまも大きくなったら、こんなに立派になるかもしれませんね!」
キュナは嬉しそうだった。
僕は返事の代わりに、残りのパンを口へ押し込む。
早く大きくなるより、今は普通に朝ごはんを食べ終えたかった。




