第23話 砲撃と投擲
「イアハート! 大丈夫!?」
倒れた戦闘員を避け、紅い姿へ駆け寄る。
「アレクサンダー! もう逃げ遅れた人はいない?」
「うん、大丈夫」
記者さんも、通りからは見えない場所に避難させた。
あとは、あの男を止めれば。
「貴様らぁ! 許さんぞ!」
指揮台の上で、ボナパルトが叫んだ。
足元には戦闘員たちが倒れている。男はそれを睨みつけ、こちらへ腕を突き出した。
「このボナパルトが、直々に葬ってやる!」
メキメキッ!
袖が膨れ上がった。
服を引き裂きながら、腕が太くなっていく。指が掌へ巻き込まれ、その中央に黒い穴が開いた。
肘から先が、太い筒へ変わっていく。
大砲だ。
「これでバラバラにしてやる!」
この変化の仕方。
やっぱり、ドレッドだ。
ドォォォォン!
腕の先が光った。
次の瞬間には、もう身体が動いていた。
横へ跳ぶ。
砲弾が脇をかすめ、背後の道路を吹き飛ばした。爆風に押されて足が浮き、そのまま地面を転がる。
「うわっ!」
装甲が路面を擦り、目の端で火花が散った。背中を打ちつけ、息が詰まる。
痛い。
いや、痛がっている暇はない。
起き上がらなければ、次が来る。
腕をついて身体を起こそうとした、その瞬間。
ドォン!
すぐ脇の地面が弾けた。
「っ!」
頭を下げ、飛んできた破片を背中で受ける。装甲がなければ、今ので身体を貫かれていたかもしれない。
拳銃とは、全然違う。
あの腕は、狙いを外しても周囲をまとめて吹き飛ばす。
次に光ったら、どこへ退く?
前は駄目だ。横も、衝撃の範囲に入る。背後には避難させた人たちがいる。
考えろ。
恐怖で足がすくみそうになる。けれど、止まればやられる。
イアハートも車の陰へ飛び込み、棒を抱えて身を伏せていた。
「ちょっと! 撃ちすぎでしょ!」
文句を言っても、攻撃は止まらない。
ボナパルトの腕が動くたび、心臓が跳ね上がる。砲口がこちらを向くまでのわずかな時間が、異様に長く感じられた。
前へ出ようとすれば撃たれる。隠れていれば、次第に逃げ場がなくなる。
このままでは、いつか直撃する。
「どうした! さっきまでの威勢は!」
ボナパルトの声が、轟音の合間に響いた。
また腕が上がる。
来る。
身体を低くし、次の一撃をやり過ごす。
光った。
反射的に横へ転がる。
直後、さっきまでいた場所が弾け飛んだ。破片が装甲を叩く。
怖い。
次も避けられる保証なんてない。
それでも、相手の腕を見続ける。砲口の向き、肩の動き、光が集まる位置。
地面に近づいた視界の中に、丸い蓋があった。
マンホール。
……これだ。
武器になる。
縁の隙間に指をかける。
「ふぅん!」
腕に力を込めると、重い蓋が浮き上がった。
その瞬間、ボナパルトの砲口がこちらを向いた。
まずい。
間に合わない。
蓋を抱えたままでは退けない。捨てるか、盾にするか。それとも――。
「アレクサンダー!?」
イアハートの声が飛んでくる。
迷っている時間はなかった。
両手で蓋を抱え、立ち上がる。
砲口が光る。
来る!
身体ごと回った。
一回、続けてもう一回。
マンホールの重みが、両腕を外側へ引っ張る。足を踏み替え、振り回されないように回転を続けた。
轟音が響く。
けれど、狙いが逸れたのか、衝撃は背後の道路を抉った。
助かった。
いや、まだだ。
腕から光が流れ込む。
蓋の表面に蒼い回路が走り、出っ張りが沈んでいった。丸い輪郭が整い、より滑らかな円盤へと変わる。
あの腕を向けられる前に。
次の一撃が来る前に。
「いっけぇ!」
円盤投げの要領で、両手を離した。
蒼い光が道路を横切る。
ボナパルトが砲口を向けかけた。
「へ?」
ゴォーン!
鈍い音が響いた。
円盤が男を直撃し、その身体を指揮台から弾き飛ばす。
「ぐぎゃあぁぁ!」
地面へ転がった肩口から、青い血が流れた。
当たった。
マンホールを手放した腕が、まだ回転の勢いを覚えている。
よろけながら足を止めると、ボナパルトは既に起き上がろうとしていた。
「く、くそ! 絶対に、このままでは済まさん!」
砲口が、こちらへ向く。
まだ撃てるのか。
距離はある。遮蔽物は少ない。次の一撃を受ければ、今度は耐えられないかもしれない。
「伏せて!」
イアハートの声と同時に、地面へ飛び込んだ。
連続して轟音が鳴り響く。
道路が砕け、車体が跳ね、白い煙と砂埃が視界を埋め尽くした。
頭を庇い、衝撃の合間を待つ。
次はどこに来る。
このままでは、煙の中から狙われたら避けられない。
そう身構えていたのに、急に轟音が途切れた。
煙の向こうを窺う。
少しずつ風に流され、指揮台が見えてきた。
その上にも、周りにも、男の姿はなかった。
代わりに、指揮台の床には黒い焦げ跡が残っていた。
「……逃げたの?」
イアハートが棒を構えたまま、辺りを見回す。
返事はない。
ただ、遠くの路地から、何かを引きずるような音が一度だけ響いた。
僕も立ち上がり、通りの先を見る。
瓦礫の間には、青い血が点々と落ちていた。けれど、その跡は路地の入口で途切れている。
逃げた方向は分かる。
なのに、姿が見えない。
「もう見えなくなった…」
でも、その前に。
記者さんの脚に刺さっていた硝子を思い出した。
医者を呼ぶと、約束したんだ。
腕の装甲に取り込まれたマナリンクを意識する。
網膜に映る画面から、ジムおじさんの連絡先を選ぶ。指を動かさなくても、考えるだけで通話が繋がった。
「おじさん! 怪我人がいるんだ。今からそっちに運ぶから、治療の準備をお願い!」
伝えるとすぐに、記者さんを避難させた場所へ戻った。
壁際に座ったまま、カメラを抱えている。
「お待たせしました。手当てしてもらえる場所へ運びます」
背中と膝の下へ腕を入れ、そっと抱き上げた。
「あの……お名前は!」
顔を上げた記者さんと、目が合った。
とうとう聞かれてしまった。
できれば、偽名すら名乗りたくなかったけれど。
ここで黙り込んだら、余計に怪しまれるかもしれない。
「……僕は、アレクサンダー」
「アレクサンダー……様……」
なぜか、様がついた。
聞き返す前に、記者さんの身体から力が抜ける。
目が閉じられ、頭が僕の腕へ預けられた。
安心したのかもしれない。でも、脚にはまだ怪我をしている。
抱え直し、走り出す。
早く、ロングロングドッグへ向かわないと!




