第22話 白銀の騎士様
◇
私、ペニーは通報現場へ駆けつけていた。
目当ては、ヒルズ付近で目撃された武装した不審者。
治安維持部隊は、別の銃撃戦への応援で手が回らないらしい。
つまり、他の記者もまだ来ていない可能性がある。
私は上着の内側に収めた、小さな装置を確かめた。
寝る間も惜しんで開発した、治安維持部隊の通信傍受装置。
雑音ばかりだった受信音が、初めて人の声になったときは、思わず机を叩いて喜んだ。
おかげで今朝は、いつも以上に眠かったけれど。
特ダネを掴むには、多少グレーなこともしないとね?
部長に聞かれたら、まず別のことから怒られそうなので、そこは黙っておこう。
建物の陰から、通りの様子を窺う。
揃いの戦闘服を着た人間が、列を作っていた。
腰には拳銃と警棒。
その前で、背の低い男が声を張り上げている。
私はカメラを構えた。
「今日は、貴様らの戦闘能力のテストだ!」
テスト?
こんな街中で?
「既に話は通してある! 好きに暴れろ! かかれ!」
……誰も動かない。
カメラを構えたまま、少し待つ。
戦闘員たちは直立したままだ。命令した男の方が、先に頭を抱えた。
「相変わらず、貴様らは具体的な指示がないと何もできんのか!」
これは、どういう集団なんだろう。
少なくとも、統率が取れているとは書きにくい。
ところが、男が車や窓を指さした途端、状況が変わった。
「邪魔をする人間には、容赦なく攻撃しろ!」
「イエス! ボナパルト!」
列が崩れる。
警棒が振り下ろされ、車の窓が砕けた。
続いて銃声。
建物の窓から硝子が降り、人々が走り出す。
私は壁へ身体を寄せた。
まずい。
思っていたより、ずっと危ない現場だ。
それでも、カメラは下ろさなかった。男の顔、武器を抜く戦闘員、壊された車。何が起きているのか分かるように、続けて撮る。
その画面に、紅い姿が飛び込んできた。
「アンタ達! ドレッドね?」
息を呑む。
戦乙女だ。
少し後ろには、白銀の騎士もいる。
本当に、また会えた。
慌てて向きを変え、レンズで2人を追った。
紅い脚が跳ね上がる。
戦闘員が倒れ、白銀の手から青白い光が走る。
短い警棒が、長い棒へと変わっていった。
何、今の。
拡大して確かめたい。でも、その間にも2人は動いてしまう。
シャッターを切る。
パイプと警棒がぶつかる瞬間。
蒼白い棒を構える騎士。
背後から迫る相手を、紅い戦乙女が振り返りざまに倒す。
これだ。
欲しかったのは、こういう写真だ。
部長に見せれば、さすがに追う価値がないとは言わせない。
2人は実在する。
しかも、今度も人を助けようとしている。
レンズの端に車体が入り、肝心の騎士が隠れた。
もう少し右なら。
壁から離れ、停まっている車の横へ移動する。
そこからなら、2人とも見えた。
銃声が重なる。
白銀の装甲に火花が散った。
撃たれた。
思わずカメラを下げかけたけれど、騎士は倒れない。紅い戦乙女に至っては、そのまま前へ進んでいく。
すごい。
こんな近くで見られるなんて。
夢中でシャッターを切っていた。
自分が、いつの間にか物陰から離れすぎていたことにも気づかずに。
男が何かを怒鳴る。
戦闘員が太い筒を担いだ。
レンズ越しに、その先を追う。
白銀の騎士へ向いている。
紅い光が横切った。
射撃者が吹き飛ぶ。
次の瞬間、すぐ近くの車が爆発した。
音より先に、熱が来た気がした。
身体が強張り、カメラを胸元へ引き寄せる。
何かが脚に当たった。
鋭い痛み。
「あっ……!」
膝から力が抜けた。
地面へ座り込み、脚を見る。
服を裂いて、硝子の破片が刺さっていた。
赤いものが、じわじわと布に広がっていく。
痛い。
触ろうとして、手が止まった。
どうすればいい?
抜く?
いや、勝手に触っていいものなの?
立ち上がろうと足に力を入れると、強い痛みが走った。
駄目だ。
立てない。
カメラが膝の上で揺れる。
割れていないか確かめかけて、そんなことをしている場合じゃないと気づいた。
近くに、戦闘員がいた。
こちらを向いている。
目が合った、と思った。
「ま、待って……」
相手は止まらなかった。
腰の警棒を握り、近づいてくる。
さっきの命令が、頭の中で蘇った。
邪魔をする人間には、容赦なく攻撃しろ。
私、邪魔したつもりなんてない。
そう言おうとしても、喉がうまく動かない。
後ろへ下がろうと手をついた。脚が引きずられ、痛みで息が詰まる。
警棒が上がる。
殴られる。
腕で頭を庇う。
こんなところまで来なければよかった。
もっと遠くから撮っていれば。
部長に怒られているくらいなら、いくらでも我慢できたのに。
死ぬ。
そのとき、目の前を白銀が横切った。
硬い衝突音がした。
戦闘員が視界から消える。
庇っていた腕を、ゆっくり下ろした。
誰かが、私の前に膝をついていた。
背後の太陽が遮られ、顔は影になってよく見えない。
でも、青い髪は見えた。
光を受けた髪の端と、厚く重なった白銀の装甲。
ついさっきまでレンズ越しに追っていた姿が、手を伸ばせば届く場所にある。
「大丈夫ですか?」
私に、話しかけている。
声が出なかった。
助かったのだと理解するより先に、張り詰めていた恐怖が一気にほどけた。息が浅くなり、指先が震える。警棒が振り下ろされる瞬間が、何度も頭の中で繰り返された。
「……あ、足が痛くて……」
やっと出てきたのは、それだけだった。
何やってるの、私。
絶好の取材チャンスなのに。
名前も、正体も、どうして人を助けるのかも、聞きたいことはあんなに用意していた。
なのに、口から出たのは、足が痛いというだけの言葉だった。
「分かりました。僕が運びます」
その言葉に、また身体が強張った。
運ぶ?
まだ戦闘の真っただ中なのに、この人は私を助けるつもりなのだ。
背中へ腕が回る。
もう片方の腕が膝の下へ入り、身体がふわりと浮いた。
「え……」
驚きで、息が止まった。
軽々と。
子犬や猫を抱き上げるように、何の苦労もないみたいだった。
慌ててカメラを押さえる。
それから、自分が抱えられているのだと、遅れてはっきり理解した。
白銀の騎士に。
怖い。
さっきまで死ぬと思っていたのに、今は別の意味で心臓が速くなっている。
すぐ目の前に、彼の肩がある。
装甲は硬そうなのに、運ぶ動きは慎重だった。脚が揺れないように支えてくれているのが分かる。
銃声が続いている。
それなのに、彼の腕の中にいる間だけ、そこから切り離されたようだった。
さっきまで、あんなに怖かった銃声が遠くなる。
代わりに、耳元で響く自分の鼓動が大きくなっていく。
建物の陰へ入ると、そっと地面へ下ろされた。
「すみません。後で、ちゃんとお医者さんを呼びます」
「……どうして、謝るんですか?」
思わず尋ねていた。
声はまだ震えていた。
彼が謝る理由なんてない。悪いのは、私を襲った戦闘員たちだ。勝手に危険な場所へ入り込んだ私自身にも、責任はある。
それでも、彼は私を責めなかった。
ただ、心配そうにこちらを見ていた。
そのことが、遅れて胸に染み込んでくる。
どうして、この人が謝るんだろう。
勝手に近づいたのは私だ。
周りが見えなくなるまで写真を撮って、逃げ遅れたのも。
「助けてくれて、ありがとうございます」
今度は、ちゃんと言えた。
彼は小さく頷いた。
それだけの仕草なのに、張り詰めていた胸の奥が、少しだけ緩んだ。
けれど、顔を上げたときには、彼はもう立ち上がっていた。
白銀の背中が、再び銃声のする方へ向かう。
呼び止められなかった。
私を安全な場所に下ろして、そのまま戻っていく。
まだ、あちらには危険があるのに。
怖くないのだろうか。
いや、怖くても行くのだ。
私を助けた直後なのに、自分の身を案じる暇もなく、また誰かを守るために。
カメラを抱えたまま、その背中を見送った。
独占インタビュー。
1面の記事。
ついさっきまで頭を埋めていたものが、今はうまく浮かんでこない。
代わりに、何度も同じ場面が蘇る。
振り上げられた警棒。
目の前を横切った白銀。
私を抱き上げた腕。
「大丈夫ですか?」と尋ねた、落ち着いた声。
私の命を、救ってくれた。
それだけなら、きっと私は、恐怖から解放された安堵として彼を見つめているのだと思った。
けれど、脚の痛みが少しずつ引いても、指の震えが収まっても、彼の姿だけは頭から離れなかった。
「……白銀の騎士様……」
声にすると、胸の奥がまた落ち着かなくなった。
脚は痛い。
指も、まだ少し震えている。
でも、目を閉じると浮かぶのは、振り上げられた警棒ではなく、陽に透けた青い髪だった。
助けてもらったから、気になるのだろうか。
命を救われたから、特別に感じているだけなのだろうか。
そう思おうとした。
けれど、彼が戻っていった背中を思い出すと、胸の奥がきゅっと締まる。
もっと話したかった。
名前を知りたかった。
もう一度、あの声を聞きたかった。
取材のためではなく。
そう気づいた瞬間、頬が熱くなった。
私は、たった数十秒で恋に落ちた。




