第21話 大人にも色々いる
「アレックス、アメリア」
店を出ようとしたところで、ジムおじさんに呼び止められた。
アメリアに引っ張られていた足が止まる。
「止めても無駄だろうから、忠告する」
いつもより低い声に、アメリアも入口から戻ってきた。
「戦う力はあっても、君達はまだ子供だ。困った時や、辛い時は、いつでも大人を頼るんだぞ?」
何と言えばいいのか分からず、おじさんの顔を見る。
「俺も微力ながら力になる。ここなら、最低限の治療もできる」
そう言ってから、カウンターへ目を向けた。
「……そして、メシも食えるからな」
あの長いホットドッグが頭に浮かんだ。
帰ってきて、手当てをしてもらって、ご飯を食べる。
次のことなんて考えられずにいたけれど、戻ってこられる場所はあるんだ。
「おじさん、ありがとうございます」
アメリアも、いつものように言い返したりはしなかった。
「……行ってきます」
扉を開ける前に、もう1度振り返る。
カウンターの向こうに立つおじさんが、とても頼もしく見えた。
◇
人目を避けて変身し、現場へ向かった。
ヒルズの前には、謎の戦闘服を着た人間が何人も並んでいた。
建物の陰に身を寄せ、様子を窺う。
揃いの服に、整った列。
腰には拳銃と警棒が下がっている。
この人たちが、通報にあった不審者だろうか。
確かに、見るからに怪しい。
でも、こんなに堂々と並んでいるとは思わなかった。
「アイツら、何をしてるのかしら?」
「……分かんないけど、全然動かないね」
会話をしている様子もない。
ただ前を向き、立っている。
「さっさとやっつけちゃう?」
イアハートがパイプを肩へ当てた。
トントン、と軽い音がする。
完全に不良の素行だ。
「だ、駄目だよ! いくら武器を持っていても、悪い人だとは限らないでしょ?」
そのとき、男の声が響いた。
「キャンセラー、整列!」
戦闘服の人たちが、一斉に姿勢を正す。
背の低い男が、指揮台のような場所に立っていた。
腰には、時代遅れのサーベル。
周りが拳銃を持っているせいで、そこだけ妙に目立つ。
「今日は、貴様らの戦闘能力のテストだ!」
男は列を見渡し、声を張り上げた。
「既に話は通してある! 好きに暴れろ! かかれ!」
……。
誰も動かない。
拳銃にも警棒にも手を伸ばさず、整列したままだった。
風に揺れた服の裾だけが動いている。
男が頭を抱えた。
「相変わらず、貴様らは具体的な指示がないと何もできんのか!」
……。
やっぱり、誰も答えない。
怒られているのに、姿勢まで変わらなかった。
男は片手を振り、近くの車を指さした。
「車! 家の窓! その他、破壊可能な物体を全て壊せ! 邪魔をする人間には、容赦なく攻撃しろ!」
「イエス! ボナパルト!」
全員の声が重なった。
次の瞬間、列が崩れる。
戦闘員たちは一斉に散り、腰の武器を抜いた。
警棒が車の窓へ振り下ろされる。
硝子の砕ける音。
続いて拳銃が鳴り、建物の窓が弾けた。
歩いていた人が悲鳴を上げて駆け出す。そのすぐ後ろで、別の戦闘員が車体へ警棒を叩きつけた。
さっきまで棒立ちだったのが嘘みたいに、次々と物を壊していく。
隣で、パイプを握る手に力がこもった。
「ほら! やっぱり悪い奴らだったじゃない!」
イアハートと一緒に、物陰から躍り出る。
といっても、向こうの方が2歩くらい前だった。
「アンタ達! ドレッドね?」
近くの戦闘員がこちらを向いた。
返事はない。
いきなり警棒を振り上げ、殴りかかってきた。
ガキン!
鉄パイプが警棒を受け止める。
押し合ったのは一瞬だった。イアハートがパイプを傾けて警棒を流し、そのまま踏み込む。
「甘っちょろい!」
紅い脚が跳ね上がった。
首筋に蹴りを受けた戦闘員が横倒しになり、そのまま伸びる。
「アレッ…アレクサンダーも戦いなさいよ! ちなみに、また勝手に私を武器にしたら、後でつねるから!」
名前を隠すって話はどこへ行ったんだろう。
しかも、しっかり釘まで刺されてしまった。
足元へ転がってきた警棒を拾う。
昨日の光線も、大剣も、威力が強すぎた。
なるべく、相手が死なないような武器にしないと。
長い棒なら、近づかれる前に押し返せるかもしれない。
胸から青白い光が走った。
魔導回路が肩を越え、腕から指先へと伸びていく。握った警棒にも光が伝わり、表面に細かな線を刻んだ。
カチャカチャ、と硬い音が重なる。
本来は継ぎ目なんてなかった軸が開き、内部から新たな部品がせり出した。
両端が伸びていく。
出来上がったのは、2メートルほどの長い棒だった。
両手で持ち直したところへ、戦闘員が突っ込んでくる。
慌てて横へ振った。
棒が相手の胴を捉える。
手に伝わった衝撃に驚く間もなく、戦闘員はよろけ、倒れた椅子につまずいて転がった。
倒せた。
そう思ったすぐ横で、また金属音が鳴る。
イアハートのパイプが別の戦闘員の警棒を弾き、その脇腹を打った。身体が折れたところへ脚を払い、地面へ倒す。
さらに後ろから近づいた相手にも、振り返りざまの一撃。
僕の方にも、もう1人来た。
頭を狙って振られた警棒を棒の中央で受ける。手が痺れたけれど、押し負けはしなかった。
そのまま押し返し、足元を払う。
相手の背中が地面に落ちた。
最初の1人も合わせて、5人。
僕がどうにか棒を構え直す頃には、イアハートはもう次の相手を見ていた。
「貴様ら! 何をやっている! 銃で撃て!」
指揮台から怒鳴り声が飛ぶ。
戦闘員たちが警棒を下ろし、拳銃を抜いた。
パン! パン!
銃口が光る。
パキィン!
胸の装甲で弾丸が跳ねた。
肩にも、腕にも硬い衝撃が来る。
痛い。
でも、想像していた痛みとは違った。
おもちゃの銃で、近くから撃たれているみたいだ。思わず身体は縮こまるけれど、装甲を突き破られる気配はない。
「そんな攻撃、効くと思ってんの?」
イアハートは止まらなかった。
紅い装甲で弾丸を弾きながら、ずんずん近づいていく。
撃ち続けていた戦闘員が後ずさる。
その腕をパイプが叩き、銃口を逸らした。続く一撃で、戦闘員が地面に倒れる。
「生意気な小娘め!」
ボナパルトと呼ばれた小男が、指揮台で足を踏み鳴らした。
「おい! アレを持ってこい!」
後方にいた戦闘員が、別の武器を取り出した。
短く太い筒。
肩に担げる、小型携帯用の魔導ランチャーだった。
ゲームでしか見たことがない。
でも、何をする武器かは分かる。
車くらいなら、一撃で吹き飛ばすはずだ。
筒の先が動く。
僕のところで止まった。
「なんで僕なの!?」
足を動かそうとしたのに、構えた棒の先が地面に引っかかった。
射撃者の指が動く。
「アレクサンダー!」
紅い光が視界を横切った。
イアハートの投げたパイプが、射撃者を直撃する。
戦闘員が横へ吹き飛ぶのと、ランチャーが火を噴いたのは、ほとんど同時だった。
光が僕の脇を抜ける。
次の瞬間、近くの車が爆発した。
爆音。
熱風が頬を叩き、砕けた硝子が道路へ降り注ぐ。
車体が跳ね上がり、重い音を立てて落ちた。
あれが、僕に当たっていたら。
「……危なかった」
おもちゃの銃みたいだなんて、思っている場合じゃなかった。
イアハートを見る。
パイプを投げてしまったせいで、今は素手だった。
振り下ろされる警棒をかわし、相手の腕を掴んで押し返している。そこへ、別の戦闘員が回り込んだ。
「アメ……イアハート! これ使って!」
手にした棒を投げる。
イアハートが片手を伸ばし、その中央を掴んだ。
受け取った勢いのまま棒を回す。
紅い閃光が、円を描いた。
回り込んだ戦闘員の警棒が弾かれ、返した先端が胴へ入る。
さらに持ち手を滑らせ、反対側で次の相手を打った。
長い棒が、身体の周りを途切れずに巡っている。
前から来た相手を突き放し、背後からの攻撃を振り返らずに受ける。低く払った棒が何人もの脚をさらい、まとめて転ばせた。
棒が通った軌跡を、紅い残光がなぞっていく。
すごい。
同じ武器なのに、僕が持っていたときとは全然違う。
「私の変身は近接特化よ! こういう武器なら、身体が勝手に動いて戦えるの!」
言いながらも、動きは止まらない。
次々と戦闘員を倒していく姿に、少しだけ安心しかけた。
でも、見ている場合じゃない。
敵はイアハートに任せて、僕は逃げ遅れた人がいないか探そう。
車が爆発した方へ目を向ける。
散らばった硝子の向こうに、座り込んでいる人がいた。
カメラを下げた女の人。
あの人…
いつか路地裏で、騎士を見なかったか聞いてきた新聞記者さんだ。
脚に硝子の破片が刺さっている。立ち上がろうとしても、片足を庇って動けないようだった。
その人へ、戦闘員が近づく。
警棒を振り上げた。
「危ない!」
全速力で駆けた。
近づく地面を蹴り、肩から相手へぶつかる。
戦闘員の身体が記者さんの前から吹き飛び、道路を転がった。
勢いを止めて、彼女の前に膝をつく。
「大丈夫ですか?」
「……あ、足が痛くて……」
視線が脚へ落ちる。
制服でも装甲でもない、普通の服だ。
これじゃ、硝子が飛んできても防げない。
「分かりました。僕が運びます」
背中と膝の下へ腕を入れる。
驚くほど軽く抱き上げられた。傷ついた脚を揺らさないように気をつけながら、通りに面した建物の陰へ運ぶ。
銃声が壁の向こうへ遠ざかったところで、そっと下ろした。
「すみません。後で、ちゃんとお医者さんを呼びます」
彼女にそう伝え、再び通りへ戻る。
紅い棒の軌跡を目印に、イアハートの援護へ向かった。




