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第20話 偶然じゃなかった

◇


アメリアから呼び出された。


マナリンクに届いたメッセージには、ジムおじさんの店に来るようにとだけ書かれていた。


何をするのか聞いても、「来れば分かる」の一点張りだ。


嫌な予感を抱えながら店へ行くと、アメリアは僕の姿を見るなり手を差し出した。


「マナリンク、出して」


「挨拶より先にそれ?」


「早く。次の通信を聞き逃すわ」


急かされるまま腕の端末を起動すると、アメリアは僕の返事も待たずに画面へ指を伸ばした。


「ちょっと、そのままにしていてね」


「何を入れてるの?」


「便利なものよ」


「その答え、だいたい危ないやつなんだけど」


「今回は本当に便利なもの」


インストールが終わると、聞き慣れない声が流れ始めた。


場所や状況を短く伝える声。それに応答する別の声。


治安維持部隊の通信らしい。


「ほら、これで事件にすぐ行けるわ」


アメリアは満足そうに笑った。


その隣で、僕は腕の端末を見つめる。


普通に暮らすための道具が、どんどん事件へ向かうための道具になっている。


「……これ、どこで手に入れたの?」


「お父さんのを勝手にコピーしたの」


「それ、借りたって言わないよね?」


「返すつもりはあるもの」


「勝手にコピーした時点で、かなりまずいと思うけど」


「細かいことを気にしていたら、事件に間に合わないわ」


「細かくないよ」


抗議を聞き流し、アメリアは得意げに続けた。


「ラグナロクでプロテウスの被験者になるって言ったのも、お父さんがラグナロクと深く関わっているからだし」


「アメリアのお父さんって……」


「治安維持局長よ」


やっぱり。


何か偉い人なのかもしれないとは思っていた。


でも、その人の通信ソフトを勝手に持ち出すのは、やっぱりまずい。


「お父さん、活動に反対しないの?」


「反対するに決まってるでしょ」


「じゃあ、どうして――」


「内緒だからよ」


堂々と言い切っていたアメリアが、急に年相応の顔をした。


「ばれたら怒られるよ」


「ばれなければ問題ないわ」


「問題はあると思う」


「もう。あなたは心配性ね」


「アメリアが無茶をするからだよ」


「無茶じゃないわ。必要なことよ」


アメリアは胸元へ指を添えた。


「プロテウスには適合、不適合があるの。私は偶然、適合しただけ」


僕には、被験者になるか考える暇すらなかった。


気づいたときには、もう刺さっていたんだから。


「適合しなかったら、どうなるの?」


「心臓にプロテウスが刺さったまま、変身せずに死ぬわ」


「……そんなこと、そんなに簡単に言わないでよ」


「事実だもの」


あっさり返され、胸に当てた手を動かせなくなる。


「でも、あなたは適合した。だから今ここにいるのよ」


「適合して、本当によかったよ」


機械の身体になったときは、なんてことになったんだと思った。


けれど、変わらなかったら、あのまま目を覚まさなかったのかもしれない。


「適合するかどうかは、どうやって調べるの?」


「プロテウスを心臓に近づけるの。適合者なら引き寄せられる。胸に当てれば、そのまま体内に入っていくわ」


「……自分で?」


「ええ。自分で胸に当てるの」


「怖くないの?」


「怖いわよ」


意外な答えに、僕は顔を上げた。


アメリアは胸元に置いた指を見つめている。


「最初に入れたときは、胸を内側から引き裂かれるみたいに痛かったわ。息もできなくて、何度もやめようと思った」


「……そんなに?」


「ええ。でも、プロテウスが体の中に入っていく間、苦しくても手を離せなかったの」


アメリアは、当時の痛みを思い出すように、胸元をそっと押さえた。


「怖かったし、苦しかった。でも、終わったあとに立ち上がれたから、適合したんだって分かったわ」


「それを、よく平気な顔で話せるね」


「平気なわけじゃないわ」


アメリアは小さく笑った。


「今でも、あのときの痛みを思い出すことはあるもの」


それでも、彼女は胸元から手を離した。


「でも、怖いからって何もしなかったら、助けられない人がいるもの」


服の下を見る。


今は、何も変わったところのない胸だ。


でも、その中には、僕の意思なんて聞かずに入り込んだ機械がある。


「もしかして、爆発で飛んできたのも、僕の心臓に引き寄せられたから?」


「かもね」


「かもね、って……」


「確実なことは分からないわ。でも、あなたが適合者だったのは事実よ」


「選んだ覚えも、呼んだ覚えもないんだけど」


「それでも、プロテウスはあなたを選んだの」


アメリアは、どこか嬉しそうに言った。


僕がその場にいただけで、向こうから飛んできたのだとしたら。


選んだ覚えも、呼んだ覚えもない。


なのに、今は治安維持部隊の通信まで聞くことになっている。


「……はた迷惑なインプラントだなぁ」


「何よ。ちゃんと役に立ってるじゃない」


「役に立ってるのは分かるけど、もう少し普通に使われてほしいよ」


「普通じゃないから面白いんでしょ」


「アメリアは面白がりすぎだよ」


「あなたが心配しすぎなの」


そう言って、アメリアはまた通信画面へ身を乗り出した。


僕はため息をつきながら、その隣に立つ。


ジジッ!


マナリンクから雑音が漏れ、続いて声が聞こえた。


『〇〇ヒルズ付近にて、武装した不審者の目撃情報あり』


アメリアが画面へ指を伸ばす。


『ほっとけ。ギャングとの銃撃戦の応援で、それどころじゃない』


『……了解。本件は後に回す』


通信が途切れた。


しばらく待っても、続きはなかった。


「……えっ? これだけ?」


武装した不審者。


そんな人が近くにいると知ったら、僕なら外へ出たくなくなる。


それなのに、後に回すのひと言で終わってしまった。


「聞いたでしょ? この国じゃ犯罪が多すぎて、小さな事は相手にもされないのよ」


確かに、ニュースではいつも犯罪のことをやっている。


でも、画面の向こうでは、治安維持部隊がちゃんと動いているものだと思っていた。


こんなに簡単に、見逃されちゃうんだ。


いや、今も別の場所で銃撃戦が起きている。それを止めに行っている人たちも、手が空いているわけじゃない。


「だから、私達が動く!」


アメリアが言った。


「イスカティアには、ヒーローが必要なの!」


誰かが行かなければ、その不審者は放っておかれる。


もし誰かを襲ったら。


屋上で泣いていた女の子を思い出すと、知らなかったことにはできなかった。


アメリアの言いたいことは、分かる。


「……でも、なんで僕たちなの?」


学校の授業を受けて、ゲームをして。


ついこの間まで、それだけで毎日が終わっていた。


「私達が、プロテウスに選ばれたからよ」


アメリアは堂々と胸に手を当てて答えた。


僕も、服の下の心臓を意識する。


変身すれば、車を受け止められる。おもちゃを、本物の武器に変えられる。


けれど、何をすればいいのか迷う僕まで、別人になるわけじゃない。


それでも、この魔導器があれば戦えてしまう。


子供だろうと。


プロテウスは、本当は恐ろしい物なのかもしれない……。


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