第19話 通学かぁ
体育が終わり、着替えを済ませて教室へ戻る。
僕はここで早退だ。
いつもこうして、他の子より先に帰る。授業中には長く感じた時間も、鞄を持つ頃には、もう終わりかと思った。
教室では、次の授業が始まるまでの間、みんなが思い思いに話していた。
男子の集まっている方から、レジェマナの名前が聞こえる。
「そこ、先に橋を渡った方がいいって」
「でも、あの敵まだ倒せなくない?」
聞いたことのある場所だ。
ジャンヌも話していた。
そっちに宝箱があるって教えてもらったけれど、どんな物が入っているのかまでは、まだ聞いていない。
少し離れたところでは、女子が使い捨ての美容インプラントを見せ合っていた。
「これ、つけるだけでいいんだよ」
「色、変わるやつ?」
机の上の小さな包みを囲み、マナリンクの商品画面と見比べている。
この国では、15歳になるまでインプラントは禁止されている。
ただし、医療目的のものや、手術をせずに使える外付けの使い捨てインプラントは別だ。こういう美容用のものなら、子供でも手に入る。
僕の胸に入っているものは、そのどちらでもなさそうだけど。
鞄を肩に掛けると、ソフィーが気づいた。
「もう帰るの?」
「うん。今日は体育までだから」
「そっか。またね、アレックス君」
「またね、ソフィー」
近くのクラスメイトにも挨拶をして、教室を出る。
背中の方で、ゲームの話が続いていた。
さっき聞こえた敵、どうやって倒すんだろう。
廊下を歩きながら、少しだけ気になる。
ジャンヌとは、いつもそういう話をしている。教えてもらったり、失敗したところを笑われたり、一緒に攻略を考えたり。
クラスメイトとも、そんなふうに話すのは悪くないのかもしれない。
学校へ来るのは面倒だし、授業もあまり好きじゃない。
でも、休み時間までずっと退屈だったわけじゃなかった。
通学。
その選択肢が、ほんの少しだけ頭をよぎった。
階段を下りると、また賑やかな廊下に出た。
僕らの学年の下の階には、上の学年の人たちがいる。
すれ違う生徒は、みんな少し背が高い。邪魔にならないように端を歩いていると、聞き覚えのある声がした。
「アレックス!?」
びくっとして振り返る。
制服姿のアメリアが、こちらを見ていた。
「アンタも聖マギナの生徒だったの?」
「通信教育だけどね。今日は体育を受けに来たんだ」
隣には、昨日会ったシオもいる。
「こんにちは、アレックス君。こんなにすぐ会うとは思わなかった」
「僕も。2人も、この階なんだね」
「ええ。あなたはもう帰るの?」
「うん。体育が終わったから」
アメリアが、僕の鞄を見た。
「いいわね。私たちは、まだ授業があるのに」
「でも、家でも課題はやってるよ」
「ちゃんとやってる?」
「やってるってば」
どうして、急に先生みたいなことを聞くんだろう。
シオが隣で笑った。
「アメリア、なんだかお姉さんみたいだね」
「実際、私の方が年上だもの」
それは、もう何度も聞いた。
「体育、何したの?」
「バスケ。ほとんどパスしかしてないけど」
「あなた、もう少し自分から動きなさいよ」
「動いたよ。ちゃんと疲れたし」
それなりに走った足は、今も少し重い。
チャイムが鳴り、廊下にいた生徒たちが教室へ戻り始めた。
「アメリア、行こう」
「ええ」
シオに促され、アメリアも教室の方へ向かう。
その途中で、こちらを振り返った。
「アレックス、アンタも学校通いなさいよ。楽しいよ!」
「……うん。考えとく」
さっきまで、自分でも少し考えていたことだ。
でも、アメリアに言われると、通うことに決まってしまいそうで、はっきり返事をするのはためらわれた。
「またね、アレックス君」
「またね」
2人が教室へ入るのを見届け、階段へ向かう。
今度こそ校舎を出て、自転車に跨った。
ペダルを踏みながら、今日話した人たちの顔を思い出す。
久しぶりに来た学校は、思っていたより知っている顔が多かった。
そんなことを考えながら、家へ帰った。
◇
家に帰ると、台所から鼻歌が聞こえてきた。
キュナが踏み台に乗って、洗い物をしている。小さな手で皿をすすぎ、水切り籠へ並べていた。
「お帰りなさいませ♪」
「ただいま。これ、お願い」
鞄から、体育で汗をかいた運動着を取り出す。
キュナは皿を置いて手を拭くと、洗濯物を受け取ってくれた。
「学校、どうでした?」
「新しく、転入生のエルフの女の子が来てた」
「あらま。イスカティアでエルフなんて、珍しいですねー」
「外国から来たんだってさ」
「遥々イスカティアまでなんて、大変そうですね」
ソフィーの白銀の髪と、淡い青色の目を思い出す。
知らない国の、知らない学校。
たまにしか登校しない僕でも教室に入るときは少し緊張するのに、あんなふうに自分から話しかけてくれるんだから、すごいと思う。
洗濯物を運んで戻ってきたキュナは、残りの皿も片づけた。
やがて鼻歌が止まり、踏み台から小さな足音がする。
家事を終えたキュナは、いつものソファに寝っ転がった。
「省エネモードに入りますねー」
「……寝るって言えばいいのに」
「スリープモードとは違うんですよ」
寝転がったまま、きっぱり返された。
違いが分からない。
でも、キュナには区別があるらしい。
鞄を持ち直し、2階へ向かう。
今日は体育でちゃんと身体も動かしたし、受ける授業も終わっている。
……さて、ジャンヌと昨日の続きでも遊ぼうかな。




