第18話 通学すると新しいクラスメイト
◇
翌日。
いつもなら自室でマナリンクを開いている時間に、外を歩いていた。
僕は通信教育を受けているけれど、体育だけは学校で受けなければならない。それから、先生との定期的な面談もある。
運動なら家でもできそうなのに。
そう思いながら、渋々校門をくぐった。
聖マギナ学園。
イスカティアで1番有名な学校といえば、ここだ。
広い敷地に大きな校舎。生徒の数も、先生の数も多い。登校する人の流れについていくだけで、少し疲れてしまう。
久しぶりの登校だった。
一応、僕が在籍しているクラスもある。
でも、誰の顔も名前も、ほとんど覚えていない。
まずは職員室へ向かう。
入口から中を覗くと、こちらが声をかけるより早く、大きな声が飛んできた。
「やぁ! ジクスト君! 元気だったかね?」
「はい。おはようございます」
この暑苦しい人が、僕の担任だ。
ヒート先生。
名前まで暑そうだと思う。
「今日は目いっぱい身体を動かすようにな! ハハハ!」
「……はい」
返事をしただけなのに、もう少し運動した気分になった。
◇
体育のある日は、その授業まで、座学で別の教科も受けることになっている。
だから、すぐ運動して帰れるわけじゃない。
教室の席につき、歴史の授業を受ける。
次は魔法学。
どれもこれも、あんまり好きじゃない。
通信教育なら分からなかった説明をもう1度見られるけれど、ここでは考えているうちに話が先へ進んでしまう。
かといって、みんなの前で手を挙げて、止めてもらうのも気が引けた。
ノートを埋め、ようやく休み時間になる。
机の上を片づけていると、隣から声をかけられた。
「ジクスト君、久しぶりだね」
「あ、うん。久しぶり」
顔には見覚えがある。
前に来たときも、話した気がする。
名前は……何だったっけ。
相手は気にした様子もなく、最近の授業やクラスのことを話してくれた。
分かるところでは返事をして、知らない話には頷いておく。途中で名前を聞き直す機会を探したけれど、なかなか見つからなかった。
「──そういえば、ジクスト君、転入生と会ったことないよね?」
「転入生?」
「外国からイスカティアに来たんだってさ」
へぇ、外国人か。
僕が家で課題を解いている間にも、教室では色々なことが起きているらしい。
「ほら、あの子」
示された方を見る。
最初に目に入ったのは、白銀の長い髪だった。
椅子の背を越え、腰まで滑らかに流れている。その間から、先の尖った耳が覗いていた。
エルフの女の子だ。
周りの子よりも小柄で、席に座っていると余計に小さく見える。
白いブラウスの襟元には、濃紺のリボン。その上に淡い水色のカーディガンを羽織っていた。
紺色のスカートの裾には、雪の結晶や草花のような白い模様が並んでいる。机の下から覗く脚は黒いタイツに包まれ、足元にはストラップのついた黒い靴。
左のこめかみには、白い花の髪飾りがあった。
彼女が少し顔を動かすと、髪の向こうから淡い青色の瞳が見えた。
こちらに気づいたエルフの少女が、席を立った。
目が合ったまま、こっちへ歩いてくる。
「初めまして。ジクスト君だよね? 会ってみたかったんだ」
柔らかな笑顔を向けられ、少し返事が遅れた。
可憐で、人気が出そうな子だな。
「私、ソフィア・コシュキナ。ソフィーって呼んでね」
いきなり愛称で呼ぶのは、少し気が引ける。
でも、本人がそう呼んでほしいと言っているんだから、そう呼ぶしかないよね。
「僕はアレックス・ジクスト。よろしく、ソフィー」
「アレックス君。いい名前ね」
自分の名前を褒められると、どう返せばいいのか分からない。
「……ありがとう」
「普段は通信教育なんだよね?」
「うん。体育とか、先生との面談があるときだけ来るんだ」
「だから、なかなか会えなかったんだ」
教室にいない僕のことまで、知っていたらしい。
「学校には、もう慣れた?」
「少しずつ。まだ分からないことも多いけど、みんな教えてくれるから」
そう言って笑う。
僕より、このクラスに馴染んでいそうだった。
チャイムが鳴り、会話が途切れる。
いよいよ体育だ。
男女に分かれて運動着へ着替え、体育館に集まった。
「今日はバスケットボールだ!」
ヒート先生が笛を片手に宣言する。
もう片方の手では、ボールが指の上でくるくる回っていた。話している間も落ちないのが、ちょっと気になる。
バスケか……。
背の高い方が有利な、あんまりフェアじゃないゲームだ。
同じ高さのゴールに入れるんだから、最初から近い人の方が得に決まっている。
男女混合でチームを分けると、ソフィーと一緒になった。
「よろしくね、アレックス君」
「こちらこそ」
僕よりも小さい。
相手チームの背の高い子と並ぶと、その差は随分あった。
ソフィーも、やりづらそうだな。
笛が鳴る。
そう思っていたのは、試合が始まるまでだった。
パスを受けたソフィーが、低く腰を落とした。
床を叩くボールの音が、急に速くなる。
前に立った相手が手を伸ばす。その脇をすり抜け、次の相手が寄ってくるより先に、身体の向きを変えた。
白銀の髪が遅れて揺れる。
抜いた。
また、抜いた。
追いついた相手が両腕を広げると、ソフィーは足を止めた。ボールを持ち上げ、その場から跳ぶ。
放たれたボールが、高い弧を描いた。
リングを通り、ネットが揺れる。
3ポイントシュート。
「……え」
思わず声が漏れた。
僕なんて、あそこから投げても届くか怪しいのに。
「ソフィー、ああ見えて運動神経抜群なんだよ」
近くにいた男子が呟いた。
もっと早く教えてほしかった。
いや、教えてもらったところで、僕の動きがよくなるわけじゃないけど。
その後も、試合はソフィーの独壇場だった。
相手が追いかければ軽やかにかわし、進路を塞がれると、空いた味方へボールを通す。
パスを出したと思ったら、もう別の場所へ走っていた。
僕のところにも、何度かボールが来た。
慌てて受け取り、誰に渡そうか探す。
大抵、そのときにはソフィーが手を上げていた。
だから、パスする。
自分で何とかしようとして取られるより、ずっといい。
結局、ボールが来たらパスするだけだった。
それでも、コートを往復しているうちに息が上がってくる。
変身していたら楽なのかな、と一瞬考えた。
でも、白銀の騎士になって体育に参加するわけにはいかない。
試合終了の笛が鳴ったときには、ようやく休めると思った。
ソフィーは汗を拭いながら、楽しそうに笑っていた。
あんなに走っていたのに、まだ元気そうだ。
「……ソフィー、すごいね。運動、得意なんだ」
「そうなの。昔は病気でベッドで寝たきりだったんだけど、手術を受けたら元気になったの!」
意外だった。
さっきの動きからは、寝たきりだった姿なんて想像できない。
だから、あんなに楽しそうに走っていたんだろうか。
「そうだったんだ。治ってよかったね」
「……うん……」
返事が、小さくなった。
ソフィーは手元のタオルへ目を落としている。
さっきまで笑っていたのに、なぜか思い詰めたような顔をしていた。




