第16話 ゲームのフレンド
◇
「レジェマナ3、買えた?」
敵の攻撃を避けながら尋ねると、通話の向こうから弾んだ声が返ってきた。
『モチのロン。徹夜で買ったっしょ』
「いいなぁ。僕は色々あって買えなかった」
『あー、発売日に逃すとキツいよねぇ。あ、ライト、そっち後ろ』
慌ててキャラクターを転がす。
さっきまで立っていた場所へ、敵の大きな武器が振り下ろされた。
画面の横からジャンヌが飛び込み、その隙に攻撃を叩き込む。
『はい、今殴っていいとこ』
言われるままに攻撃すると、敵の体力が一気に減った。
ジャンヌは、僕のゲームのフレンドだ。
ゲームもアニメも僕より詳しい。攻略で困ったときは大抵教えてくれるし、知らない作品の話を聞いているだけでも面白い。
先生みたいな人だと思っている。
学校の先生が『今殴っていいとこ』なんて言うかは、分からないけど。
家のインターホンが鳴った。
少しして、階下からキュナの声がする。
「アレクお坊ちゃま! お届け物ですよ!」
「ごめん、ちょっと離れるね」
『おけー』
1階へ下りると、キュナが箱を抱えて待っていた。
何か注文したっけ。
送り状を確かめて、ようやく思い出す。
前に応募した懸賞だ。
箱を開けると、中から綺麗なパッケージが出てきた。透明な窓の向こうに、見覚えのあるキャラクターが立っている。
《オートマタ・ガンプリンセス》のフィギュア。
「……当たった」
どうせ当たらないと思っていたのに。
部屋へ戻り、通話を再開する。
「ジャンヌ、懸賞が当たった」
『なになに、何当たったん?』
「オートマタ・ガンプリンセスのフィギュア」
一瞬、音が途切れた。
『くぁwせdrftgyふじこlp』
イヤホンから、聞いたことのない悲鳴が飛び出した。
「え、何?」
『あーしがサブ垢で応募しまくって、当たらなかったのに!?』
さっきまで敵の動きを全部見切っていたジャンヌのキャラクターが、その場で立ち尽くしている。
そんなに欲しかったんだ。
手元の箱を見る。
僕も好きなキャラクターだけれど、ジャンヌはいつも、この作品の話になると止まらなくなる。
「じゃあ、あげるよ。いつもゲームで助けてもらってるし」
『マ?』
「うん」
『キターー!』
また声が大きくなった。
イヤホンの音量を少し下げる。
「住所送ってよ。届けるから」
◇
届いた住所を頼りに来た場所で、しばらく足が止まった。
入口の看板には、《ティーンバー・フェアリーテール》と書かれている。
バー。
もう1度、マナリンクの住所を確認する。
間違っていない。
落ち着いた色の扉には金属の取っ手がつき、その脇では小さなランプが光っていた。窓から中を覗こうとしても、こちらの姿が映るばかりで、よく見えない。
本当に、ここ?
ジャンヌの家だと思って来たのに。
もしかして、待ち合わせ場所を送ってくれたんだろうか。
看板を見上げる。
ティーンとは書いてあるけれど、バーって子供が入っちゃいけない場所じゃなかったっけ。
箱を抱え直す。
入った瞬間に怒られたら、ジャンヌを呼んでもらって、これだけ渡せばいいかな。
扉へ手を伸ばしかけたとき、内側から開いた。
「いらっしゃいませ!」
声は、目の前ではなく、少し下からした。
小さな姿が浮かび上がってくる。
手のひらに乗りそうな身体。背中の羽を動かしながら、僕の顔の高さで止まった。
フェアリーだ。
実物は、初めて見た。
つい見つめてしまうと、向こうは元気よく胸を張った。
「ここは10代の子供専用バー、フェアリーテール! 店長のショットちゃんです!」
この小さい人が、店長。
それより、子供専用のバー?
「ライトくん? オーナーから話は聞いてるよ!」
「は、はい。ライトです」
ライトは、僕のゲームでのニックネームだ。
家の外でそう呼ばれると、なんだか変な感じがする。
ショットちゃんは、抱えているフィギュアの箱をちらりと見てから、扉の奥へ手を差し伸べた。
「どうぞ、お入りください!」
「あ、ありがとうございます」
中へ入ると、磨かれたカウンターが目に入った。
背の高い椅子が並び、奥の棚には色とりどりの瓶やグラスが置かれている。天井から下がる照明は少し控えめで、カウンターの上を温かく照らしていた。
本当に、バーみたいだ。
知っているのは、ゲームや映像に出てくる店だけだけれど。
でも、椅子に座っていたのは、大人ではなかった。
僕と同じくらいの子が、背の高いグラスにストローを差している。
少し年上らしい子たちは、テーブルを囲んで楽しそうに話していた。学校の鞄を足元に置いている子もいる。
入口で立ち止まっていても、誰にも場違いだという顔はされない。
ほんとうに、子供向けのバーなんだ。
「オーナー! ライトくん、来たよ!」
ショットちゃんが店の奥へ声を飛ばした。
少し待つと、扉の向こうから返事がある。
「代わりにお礼言って。あと、店の無料券あげて」
聞き覚えのある声だった。
イヤホン越しに、何度も攻略を教えてもらった声。
「こら、ジェード! ちゃんと自分で渡しなさい!」
「……ニートの姿なんか見せたら、青少年の教育に悪い」
「働けばいいじゃん!」
「働いたら負け。ハラキリする」
箱を抱えたまま、立ち尽くす。
この声の人がゲームでの名前がジャンヌで、本名はジェード。
それから、この店のオーナーらしい。
分かったことは増えたのに、ますますどんな人なのか分からなくなった。
ショットちゃんとの会話は続いている。仲がいいのか悪いのか、判断しづらい。
「……はぁぁ……」
大きなため息とともに、奥の扉が開いた。
肩まで伸びた翠色の髪は、毛先があちこちに跳ねていた。長い前髪の隙間から、緑の瞳がこちらを窺っている。
白いラインの入った、くすんだ緑色のジャージ姿。
前の開いた上着の下には白いTシャツが見え、袖は手の甲にかかっていた。ゆったりしたズボンの裾も、履き込んだスニーカーの上でたまっている。
少し肩をすぼめているせいか、ゲームの中で先頭を走っていたジャンヌとは、随分印象が違った。
顔立ちは綺麗な人だと思う。
ただ、とても眠そうだった。
「ライトくん、こんな大人になっちゃダメだよ?」
耳元へ飛んできたショットちゃんが囁く。
本人に聞こえていそうだけれど、ジェードさんは反論しなかった。
「……ライト……汚いけど、上がってく?」
「うん。お邪魔します」
案内された奥の入口で、靴を脱ぐ。
部屋へ足を踏み入れた瞬間、声が出た。
「すごい……!」
山のようなゲーム。
棚に収まりきらなかったパッケージが、床の上にも積まれている。知っている作品の隣に、名前だけ聞いたことのある古いゲームが並んでいた。
その奥には、フィギュアの棚があった。
こちらはゲームと違って、綺麗に整列している。
向きも間隔も揃えられ、奥にいるキャラクターまでちゃんと見えるようになっていた。
「あ、これ! 超レア物じゃない?」
思わず棚へ近づく。
画像でしか見たことがないものが、普通に飾られている。
「それ、手に入れるの苦労したんよ……」
少しだけ、いつものジャンヌの声になった。
棚を眺めていくと、1か所だけ空いている。
同じシリーズのキャラクターが並ぶ、その真ん中だった。
抱えていた箱を見る。
ここに入るんだ。
「はい、これ」
「……ありがと」
ジェードさんは箱を両手で受け取った。
さっきまでの気だるそうな様子が消え、慎重に封を開ける。フィギュアを取り出す手つきまで、ゲームの操作を見ているみたいに迷いがなかった。
「ここにガンプリンセスを入れると、全種コンプリート!」
台座を置き、左右の間隔を少しだけ調整する。
空いていた場所が埋まった。
ずらりと並んだキャラクターたちを前に、ジェードさんが黙り込む。
僕も、隣で棚を見上げた。
最後の1つが揃うと、こんなに気持ちがいいんだ。
「マジ感無量……。ライト、表の店、10代の間は永久無料でいいよ」
「ありがとう」
つい、先にお礼が出た。
10代の間って、僕はまだ12歳なんだけど。
オーナーだからって、そういうのいいのかな?




