第15話 それって名乗らないといけないの?
人々の間を抜け、遠ざかる2人の背中を追う。
白銀と紅の姿が、通りの先で曲がった。
路地裏だ。
見失う前に追いつかなきゃ。
カメラを押さえ、必死に足を動かす。声をかけるための息まで、走るのに使ってしまっていた。
ようやく角を曲がる。
「あれ……?」
そこにいたのは、青髪の少年と赤髪の少女だった。
白銀の装甲も、紅い機械の身体も見当たらない。
確かに、ここに入っていったはずなのに。
2人の脇から奥を覗く。もう少し先まで走ったのだろうか。
「ねぇ、ここに騎士みたいな人達、来なかった?」
「い、いえ……見てないです」
小さい男の子が、やけに首を横に振った。
そんなに否定しなくても。
急に走ってきたから、驚かせてしまったのかもしれない。
「それなら……わた──」
隣の女の子が何かを言いかけた。
男の子が慌ててその袖を引く。女の子は不満そうに彼を見たけれど、それ以上は続けなかった。
何か、知っている?
尋ねようとすると、男の子の腕が伸びた。
「あっちに行きました!」
指さした先は、路地の奥だった。
さっきは見ていないと言っていた気がするけれど、思い出してくれたらしい。
「ありがとう!」
今は追いかけるのが先だ。
2人の横を抜け、教えられた方へ駆け出す。
まだ遠くへは行っていないはず。
私は諦めない。
絶対、独占インタビューしてやるんだから!
◇
女の人の足音が遠ざかるのを待ってから、アメリアに向き直る。
「アメリア! さっき、絶対『私です』って言おうとしたでしょ!」
「そうだけど、なんで止めたの?」
本当に分かっていないみたいだった。
「バレたら、普通に暮らせなくなっちゃうよ!」
あのカメラを向けられて、名前を聞かれて。
うっかり答えたことが新聞に載ったら、もう取り消せない。
さっきまで機械の身体だったことも、僕が12歳だということも、全部知られてしまう。
「私は、有名になった方が人助けに役立つと思ったのだけど?」
「なんでそんなに人助けにこだわるの? 治安維持の人に任せようよ?」
オートマタを助けられたのは、よかった。
車も止められたし、誰も怪我をせずに済んだ。
でも、次も同じようにできるかは分からない。今日だって、最初から車を止める方法を思いついていたわけじゃなかった。
「……その治安維持局が、なかなか来ないせいで、被害が出そうだったでしょう?」
モールの屋上が頭に浮かぶ。
女の子が連れていかれそうになったとき、助けてくれる人はいなかった。
それでも、治安維持局の人たちが何もしていなかったとは限らない。
「通報を受けて、確認して、人員を配置して、安全を確保して……僕達の分からない手続きが、沢山あるんだと思うよ」
「だから、身軽に動ける私達が素早く現場に駆けつければ、仕事も少なくて済むわ!」
アメリアは迷わず言った。
いつの間にか、僕も駆けつける方に入っている。
また言い返そうとしたところで、その声が小さくなった。
「……そうすれば、お父様、お母様も早く帰って来られる」
途中まで開いた口を閉じる。
アメリアは路地の出口を見ていた。
さっきまで、あんなに堂々としていたのに。今は僕に言ったというより、つい言葉がこぼれたように聞こえた。
僕の両親も、まだ帰ってこない。
家ではキュナが待っていてくれるけれど、それで両親に会いたくなくなるわけじゃなかった。
何と言えばいいのか分からない。
通りから差し込む光の中で、アメリアはどこか寂しそうだった。
「…じゃあ、こうしましょう?」
アメリアの声が、いつもの調子に戻った。
「変身していることは黙っているから。その代わり、偽名を使って活動しましょう!」
「偽名?」
「アレックスとアメリアって名乗ったら、バレちゃうでしょ? だから別の名前で活動して、あたかもそんな人物がいるように装うの」
白銀の騎士と、僕。
名前が違えば、探している人も、わざわざ12歳の子供と結びつけたりはしないかもしれない。
さっきの女の人だって、目の前にいる僕たちには気づかなかった。
「……それなら、騎士が僕だって結びつかずに、騎士は騎士だって認識してもらえるかも」
「そういうこと!」
ただ、その騎士として活動するのは、結局僕なんだけど。
「でも、偽名なんてすぐには思いつかないよ?」
「私が考えてあげようか?」
アメリアは、もう考え始めているようだった。
「そうね。騎士に合う、かっこいい名前……アレックス……」
何度か、僕の名前を口にする。
「アレク……。アレクス……」
元の名前に、随分近い。
それだとバレないかな、と言いかけたところで、アメリアの声が弾んだ。
「アレクサンダー!」
確かめるように、口の中で繰り返す。
「アレクサンダー……」
なんだか、強そうな名前。
ゲームの紹介映像の最後に大きく出てきても、違和感がなさそうだ。
僕に向かって呼ばれるところを想像すると、少し落ち着かないけれど。
「アメリアはどうするの?」
「ふふふ。私はもう決めたの」
こっちは、今思いついた名前なのに。
「私が変身した時に、耳が魔導器になってるでしょう?」
「うん」
「実は、そこに小さくハートマークが入ってるのよ」
耳元を指さされる。
思い浮かぶのは、赤い髪の両側を覆っていた装甲だ。そこまで細かく見ている余裕はなかった。
「……気がつかなかった」
「だから、イヤーハート」
得意そうに、アメリアが言った。
「縮めて、イアハート」
なるほど。
由来を聞くと、覚えやすい。
「これから変身した後は、お互いにアレクサンダーとイアハートって呼び合うの! いいわね?」
「……うん」
返事をしてから、気づく。
正体を隠すための話だったはずなのに、いつの間にか、これからも活動することまで決まっていた。
拒否権なんてなかった。




