第14話 特ダネゲットよ!
◇
私の名前はペニー。
《イスカティア・タイムズ》の記者をしている。
帝国で最もよく読まれている新聞。その看板を背負って街を歩く自分を、就職したばかりの頃は、なかなか格好いいと思っていた。
今も、仕事が嫌いになったわけじゃない。
ただ、思い描いていた記者生活と、現実との間には、少々距離があった。
「ペニー! この記事、肝心の数字が抜けてるぞ!」
「すぐ確認します!」
「昨日も同じことを言っただろう!」
毎日、部長に怒られる。
調べ直して、書き直して、提出して。また直す。
ようやく載った記事は、紙面の隅にちょこんと収まっている。自分で書いたのに、どこにあるのか探す日もあった。
もちろん、小さな記事だって大事だ。
必要な情報を、必要な人へ届ける。それが新聞の仕事なのだから。
……でも、1度くらい、自分の記事を1面に載せたい。
朝、新聞を開いた人が、私の書いた見出しで手を止める。
同僚が集まってきて、どこで情報を掴んだんだと聞く。
部長が、いつもの怒鳴り声じゃなく、よくやったと言ってくれる。
そこまで考えたところで、現実の部長から原稿を突き返された。
「夢を見る前に、ここの誤字を直せ」
見透かされている気がした。
そんな日々の中で起きたのが、モールの屋上の事件だった。
サーカスの最中に、道化師が暴走。
客に向かってナイフを投げ、小さな女の子を連れ去ろうとしたという。
それだけでも大きな事件だ。
けれど、私が引っかかったのは、その後だった。
被害に遭った女の子は、騎士に助けられたと話していた。
白銀の騎士。
そして、紅い戦乙女。
正体不明の2人が現れ、女の子を救ったらしい。
最初は、ショーの出演者を勘違いしているのかと思った。
怖い思いをした直後だ。記憶が混乱していたとしても、不思議ではない。
でも、女の子は違うと言った。
怖い道化師の手から逃がしてくれた。
逃げて、と言ってくれた。
そのときのことを話す顔は、泣きそうになったり、ぱっと明るくなったりした。
『ヒーローが助けてくれたの』
その言葉が、耳に残った。
ヒーロー。
事件の記事では、そう書いた方が伝わりやすい場面もある。でも、本人の口から聞くと、少し違って感じられた。
その子にとっては、本当にそうだったのだろう。
白銀の騎士は何者なのか。
紅い戦乙女とは、どういう関係なのか。
事件が終わると、なぜ姿を消したのか。
聞きたいことが、次々に浮かんだ。
これは、追う価値がある。
そう思って、部長に取材を申し出た。
返ってきたのは、渋い顔だった。
「その2人の正体を、調べたいんです」
「どうやって?」
「目撃者を当たります。似た姿を見た人が、他にもいるかもしれません」
「いるかもしれない、か」
部長は椅子の背にもたれた。
この姿勢になると、話が長くなる。
私は手元のメモを握り直した。
「この犯罪大国イスカティアで、何の見返りもなく人を助ける? そんなものは偽善だ。何か狙いがあるに決まってる」
「だったら、その狙いも含めて――」
「正体も分からん相手を探して、何日かける気だ。お前には他に仕事があるだろう」
その一言で、話は終わった。
机の上には、次に確認すべき資料が積まれていた。
私はそれを抱えて、自分の席に戻った。
何か狙いがある。
それは、そうかもしれない。
でも、まだ分からないことだ。
偽善かどうかなんて、会って話してみなければ、それこそ確かめようがない。
あの女の子が助かったことは、本当なのだから。
……それに。
私が先に見つけた話題だ。
まだ誰も正体を掴んでいない。名前も、所属も、どこから来るのかさえ分かっていない。
これを他紙に先に載せられたら、絶対に悔しい。
部長に、ほら見ろ、追っておくべきだっただろうとまでは言えないけれど。
少なくとも、原稿を持っていくとき、今より少し胸を張れる。
次こそは、2人の正体を明らかにしてみせる。
そう決めた。
ただし、決めたからといって、すぐ見つかるわけではない。
連絡先がない。
所属先もない。
そもそも、あの姿をした人が、普段からそのまま街を歩いているのかどうかも分からない。
白銀の騎士がパンを買い、紅い戦乙女が値引きされた野菜を選んでいる。
そんな光景なら、すぐに噂になるはずだ。
なら、普段は人混みに紛れているのだろうか。
インプラントを隠す服を着ているとか。
いや、見た目の話も、もっと確かめなくてはならない。何しろ今ある情報は、助けられた女の子たちの証言が中心だ。
分かっていることと、私が想像したこと。
それを混ぜた記事を書けば、今度こそ部長の雷が落ちる。
メモを読み直しながら街を歩く。
通りには、腕や脚を機械に替えた人が珍しくもなく行き交っていた。
それでも、騎士と戦乙女となると話は別だ。
似た色の義手を見つけては、つい目が止まる。白い作業着に青い配管を抱えた人を見たときまで期待してしまった。
違う。
あれは普通に、仕事中の人だ。
私だって、仕事中なんだけど。
別件の確認を終えても、頭の隅から2人のことが離れなかった。
カメラの紐を肩に掛け直す。
もし出会えたら、まず写真。
それから声をかける。
名前、活動の目的、今後も人助けを続けるつもりなのか。
聞くことだけは、すっかり決まっている。
肝心の本人がいない。
神出鬼没の、謎の人物。
事件のある場所に行けば会えるかもしれないけれど、どこで次の事件が起こるか分かるなら、私は記者より先に別の仕事を紹介されるだろう。
「はぁ……目の前に、ポンと現れてくれないかなぁ」
口にした直後だった。
通りの先で、荷物が落ちる音がした。
小型の配達用オートマタが、歩道から車道へ転がっている。
近づく配送車。
クラクションが鳴った。
危ない。
思わず駆け出そうとしたとき、紅い影が視界を横切った。
車道へ下り、倒れたオートマタを抱え上げる。
次いで、白銀の姿が車の前へ飛び出した。
両手を突き出す。
タイヤの音が響き、車体がその手を押す。
私は立ち止まっていた。
白銀の装甲。
青白い光。
その隣には、紅い機械の身体。
まさか。
配送車が止まる。
紅い人物は、救い上げた機体を歩道へ座らせた。白銀の人物が駆け寄り、何かを話している。
2人だ。
探していた、2人だ。
カメラを持ち上げる。
指が震えて、構える位置が定まらなかった。落としそうになり、慌てて握り直す。
こんなときに。
いつもは、何でもない風景だって普通に撮れるのに。
レンズの向こうで、2人が散らばった荷物を拾い始めた。
「……み、見つけた……謎の白銀騎士と紅い戦乙女!」




