第13話 戦うだけが力じゃない
◇
「調理道具って、こんなに高いものなの……?」
売り場の前で、マナリンクに表示した残高と値札を見比べる。
並んでいるのは、どれも似たようなフライパンだ。なのに値段は随分違う。持ち手の形とか、底の厚さとか、何か理由はあるんだろうけど。
「これなんていいじゃない」
隣からアメリアが指さしたのは、その中でも特に高いものだった。
「数字、ちゃんと見た?」
「見たわよ。毎日使うんだったら、いいものの方がいいでしょ?」
「それを買ったら、毎日お小遣いがないんだけど」
学校帰りのアメリアとは、店に入る前に会った。
何を買うのか聞かれて、調理道具と答えたら、そのままついてきたのだ。
自分の買い物はないらしい。
「あなた、料理するの?」
「僕じゃなくて、キュナに」
「キュナ?」
「うちの家事代行オートマタ。小さい頃から世話してもらってるんだ」
昨日、夕食が要らないと連絡し忘れた話は、少し省いた。
「新しい道具を買うって約束したから」
「へえ。ちゃんとお礼するんだ」
少し感心したような声だった。
お礼というか、機嫌を直してもらうためというか。
そこまで説明するのはやめておく。
棚を移ると、色違いの鍋つかみが並んでいた。
指先まで覆うミトン型で、内側には厚みがある。熱い鍋でも滑りにくいらしい。
これなら、キュナの小さな手でも使えそうだ。
値札を見る。
ゲームを買う分も、ちゃんと残る。
「それにするの?」
「うん。これなら買える」
「最初のフライパン、諦めるの早かったわね」
「あれは諦めるんじゃなくて、最初から無理なんだよ」
◇
会計を済ませ、店の外へ出た。
紙袋の中には、左右1組の鍋つかみが入っている。
キュナは喜ぶだろうか。もう持っていると言われたら困るけれど、少なくとも焦げた古いものよりはいいはずだ。
歩道の先で、車輪が石畳を擦る音がした。
荷箱を抱えた小型の配達用オートマタが、店から出てきた人を避けようとしている。
その横を、別の人が足早に通り抜けた。
荷箱と大きな買い物袋がぶつかる。
小さな機体が傾いた。
「あっ」
車輪が歩道の縁を越え、そのまま車道へ落ちた。
荷箱の蓋が開き、包みが道路に散らばる。オートマタは横倒しのまま車輪を回していた。
すぐ近くで、エンジンの音がする。
道の先から配送車が近づいていた。
「アメリア」
「見えてる」
2人で店脇の陰へ入る。
誰もこちらを見ていない。
助けないと。
その気持ちが変身への躊躇いを上回った。
変わりたい、と思うだけで胸が光った。紙袋を抱えた腕が白銀に覆われ、目線が高くなる。
隣でも、紅い装甲が展開していた。
「機体はあたしが拾う。あなたは車!」
返事をする前に、アメリアが飛び出した。
車道に膝をつき、オートマタを抱え上げる。
僕も歩道の縁まで走った。
運転手がこちらに気づく。
クラクション。
続いて、タイヤの擦れる甲高い音が響いた。
ブレーキはかかっている。
でも、止まりきれない。
アメリアはオートマタを抱えて立ち上がったところだった。その足元にも、車輪の前にも、まだ荷物が散らばっている。
何かで止めないと。
昨日のトイガンが頭に浮かんで、すぐに打ち消す。
撃ったら駄目だ。
車を壊したら、中の人まで危ない。
白銀の手を見る。
この手で直接押さえたら?
力加減なんて分からない。車の前側だけ潰してしまうかもしれない。
紙袋が、腕の中で音を立てた。
鍋つかみ。
熱い物でも、安全につかめる。
危ないものを、そのまま受け止められたら。
袋から取り出し、両手にはめる。大きくなった機械の指では窮屈だったけれど、考えている暇はなかった。
衝撃を、和らげて。
手から青白い光が広がった。
布地の表面を回路が走り、掌側の厚みが増す。指を曲げると、柔らかな素材がぴったりとついてきた。
車道へ下りる。
アメリアが歩道へオートマタを運び上げるのが見えた。
残った荷物と車の間に立ち、両手を突き出す。
フロントガラス越しに、運転手と目が合った。
大丈夫。
そう言いたかったけれど、声が出ない。
自分でも、まだ分からなかった。
掌に車体が触れた。
青白い光が、押し潰されるように広がる。
衝撃が腕へ来た。
重い。
肘が曲がり、足が後ろへ滑る。靴底が道路を削り、身体がじりじりと押されていった。
怖くなって、手を離しそうになる。
でも、急に叩き返したら駄目だ。
鍋を置くときみたいに。
中身をこぼさないように、ゆっくり。
厚くなった掌の部分が車体に沿って窪み、その奥で光が揺れた。
足を踏ん張る。
車の進む速さが落ちていく。
あと、少し。
押される力が弱まり、やがて止まった。
ブレーキの音も途切れる。
運転手がハンドルを握ったまま、こちらを見ていた。
止まった?
両手をそっと離す。
車は動かなかった。掌が触れていた場所にも、大きなへこみはない。
「……よかった」
腕を下ろした途端、脚まで力が抜けそうになった。
鍋つかみで車を止めるなんて、使い方としては絶対に間違っている。
でも、壊さずに済んだ。
「アレックス、こっち!」
呼ばれて歩道へ戻ると、アメリアが小型のオートマタを座らせていた。
荷箱の角が擦れ、片方の車輪が少し曲がっている。
「破損確認。走行に支障があります」
平坦な声がした。
「無理に動かないで。荷物なら拾うから」
そう声をかけても、オートマタは荷箱を開こうとしていた。
「配送品が不足しています。回収が必要です」
「ああ、だから、僕たちが――」
「予定時刻までに、お届けしなければなりません」
車輪が空回りした。
自分の傷よりも、荷物のこと。
キュナの顔が浮かぶ。
夕食を用意したのに、僕が食べずに帰ってきたとき、あんなに怒っていた。
この機体も、届けるつもりで店を出てきたんだ。
「大丈夫。全部探すよ」
鍋つかみを外し、車道へ戻る。
配送車の運転手も下りてきて、周りを確かめながら荷物を拾ってくれた。
アメリアが車の脇から小さな包みを取り上げる。
「あとは?」
「荷箱の中、確認するね」
番号を見比べ、拾ったものを順番に戻していく。
戦うときと違って、何も壊さなくていい。
落ちた場所を探して、汚れを払って、渡す。
それだけなのに、さっきより落ち着いて手を動かせた。
「いた! うちの配達機だ!」
店の方から、慌てた様子の人が駆けてきた。
オートマタの前にしゃがみ、曲がった車輪を確かめる。
「すみません、助けてもらったんですか?」
「荷物は、これで全部だと思います」
最後の包みを載せると、オートマタが荷箱の中を確認した。
「配送品、全数確認しました」
「今日はもういい。修理が先だ」
持ち主にそう言われても、小さな顔はまだ荷箱へ向いていた。
「配達は俺が行くから」
そこでようやく、空回りしていた車輪が止まった。
隣でアメリアが僕の手元を見た。
「その鍋つかみ、役に立ったじゃない」
青白い光の消えた布地には、道路の汚れがついていた。
キュナへの贈り物。
まだ1度も、鍋をつかんでいない。
……これ、そのまま渡してもいいのかな。
◇
人々の前から去っていく2人を、震える身体で見つめる者がいた。
白銀の騎士と紅い戦乙女。
その姿が通りの向こうへ遠ざかっても、視線は離れない。
「……み、見つけた……謎の白銀騎士と紅い戦乙女!」
その手には、カメラが握られていた。




