第12話 食べ過ぎると怪しまれる
話がひと段落すると、ジムおじさんがホットドッグを作ってくれた。
店の名前と同じ、《ロングロングドッグ》。
名前のとおり、長かった。
カウンターに置かれたパンの端から、もう片方の端まで目で追う。
1メートルもある。
その真ん中に収まったウインナーも、当然、同じくらい長い。
とても食べきれる気がしなかったので、クォーターを注文した。
それでも、皿に載って出てきたのは25センチのホットドッグだった。
両手で持ち上げると、ふわふわのパンに指が沈む。切れ目から覗くウインナーには焼き目がつき、その上を赤いケチャップと黄色いマスタードが横切っていた。
焼けた肉の匂いに、急にお腹が空いてくる。
端にかぶりつく。
パリッ、と皮が弾けた。
熱い肉汁が口に広がる。慌てて唇を閉じると、柔らかなパンがそれを吸って、噛むたびに肉の旨味が滲み出した。
ケチャップの甘酸っぱさの後に、マスタードがぴりっとくる。
辛すぎない。でも、もうひと口食べたくなる辛さだ。
「ウインナーの挽肉も、マスタードも、うち独自の配合だ」
ジムおじさんが言った。
飲み込んでから、もうひと口かじる。
今度はパンとウインナーを一緒に、少し大きめに。
美味しい。
けれど、皿へ戻してみると、まだほとんど残っていた。
……クォーターでも、食べ切るのに苦労しそうだ。
◇
苦しい……。
最後のひと口を飲み込み、椅子の背にもたれる。
美味しかった。美味しかったけれど、しばらく何も食べたくない。
隣で同じくクォーターを食べていたアメリアは、とっくに平らげていた。
見た目以上に食べるんだなぁ。
「おじさん、美味しかったわ!」
「僕も美味しかったです。ちょっと多いけど」
「そうか。それはよかった」
空になった皿を見て、ジムおじさんの顔に笑みがこぼれる。
そのとき、入口のベルが鳴った。
「夕刊でーす」
届けられたのは、《イスカティア・タイムズ》だった。
帝国で最もよく読まれている新聞だ。店のカウンターに置かれたそれを、ジムおじさんが手に取る。
紙をめくる音を聞きながら、お腹を押さえていると、その手が止まった。
「おい、ここ。小さいが、君達じゃないか?」
差し出された紙面を覗く。
『デパートの屋上で道化師が暴走? 謎の騎士と戦乙女が少女を救う!』
……完全に僕達だ。
満腹でぼんやりしていた頭が、急にはっきりした。
記事には、道化師に捕まった少女を、正体不明の騎士が救ったと書かれている。
迫り来る凶刃にも怯まず、少女の前へ立ちはだかった白銀の騎士。
駆けつけた紅の戦乙女とともに、暴走した道化師へ果敢に挑んだ――。
怯まなかったわけじゃない。
逃げる場所がなくなって、柵まで追い詰められたんだけど。
取材に応じた女の子は、『ヒーローが助けてくれた』と興奮した様子で話していたらしい。
無事だったんだ。
そこにはほっとした。
けれど、僕達はヒーローと呼ばれている。
あんなに怖かった出来事が、新聞の中では立派な活躍になっていた。
「どうしよう……」
「あら、別にいいじゃない? 悪い事したわけじゃないんだから」
アメリアは平気そうに記事を読んでいる。
「そういうわけにはいかないよ。もし、正体がバレたらどうするのさ?」
帝国で1番よく読まれている新聞だ。
両親が見るかもしれない。キュナだって、買い物のついでに読むかもしれない。
この記事だけで僕だと分かるとは思わないけれど、探す人が出てきたら?
知らない人に囲まれて、変身してみてくれなんて言われたら困る。
「ヒーローなんだから、胸を張りなさい」
ぽん、と肩を叩かれた。
胸を張る余裕なんてない。
お腹もいっぱいだし、心臓には機械が入っているし、今度は新聞にまで載ってしまった。
僕は普通に暮らしたいのに。
◇
「ただいま」
自転車を庭に停め、玄関を開ける。
家の中から夕食の匂いがした。
……しまった。
「おかえりなさい、アレクお坊ちゃま! 夕食、できてますよ」
キュナが笑顔で出迎えてくれた。
金髪のツインテールが弾み、給仕服の裾が揺れる。その向こうのテーブルには、もう僕の分の食事が並んでいた。
「……ごめん。外で食べてきた」
笑顔が止まる。
「むぅ! そういう時は、ちゃんと言ってください!」
頬を膨らませ、むすっとする。
こうなると、キュナはなかなか機嫌を戻してくれない。
両親がいない間も、食事の時間には温かいものを用意して待っていてくれる。連絡しなかった僕が悪いのは、分かっていた。
「次からは、ちゃんと連絡するからさ?」
「ふん!」
顔を背けられた。
僕が物心つく前から、お世話をしてくれている。
なのに今では、時々、妹みたいに感じる。小さい頃は僕の方がキュナを見上げていたのに、いつの間にか背も追い越してしまった。
横から顔を覗こうとすると、さらに反対を向かれる。
マナリンクで、ひと言送ればよかっただけなんだよなぁ。
「……じゃあ、新しい調理道具買うから」
キュナがくるっとこちらを向いた。
膨らんでいた頬が戻り、顔がぱっと明るくなる。
「わぁい! お坊ちゃま、大好き! キュナ、ジクスト家に買われて幸せ!」
さっきまで目も合わせてくれなかったのに、今度は両手で僕の手を握ってくる。
オートマタなのに、なんて現金な性格をしてるんだろう。
……お小遣い、足りるかな?




