第9話 記憶の断片の中にある初恋
前世での記憶が頭の中に流れてくるようであった。
エリーであった記憶と紫伊香である記憶が混ざりあい、気持ちの悪い感覚が続いたがやがておさまった。
1つ分かったことはリカネアではマナの補充が空気中から容易にできたが、地球ではそれができなかった。
すでに消えてしまった手紙の意味がやっと分かった。
「ここではマナを補充するには寿命を削らないといけないんだ……」
琳寧は時間操作を複数回行ったため、膨大な量のマナを使ったに違いない。
もちろん理論上時間操作は私にもできるが、頭に体が追いついてくるかは分からず、どこかのタイミングで試そうと思った。
リカネアには大きく分けて三つの上級系統魔法があり、それは”時間操作” ”空間操作” ”肉体操作”であった。
これらはごく一部の層しか使えなかったが強力であった。
時間操作は言葉の通り時間を動かすことができ、対象は自分だけでも特定の誰かに対してでも可能だ。
空間操作は少し複雑で、使用者次第で範囲が変わるが簡単に説明すると物理的距離を自由自在に操ることができるものだ。
例えば遠くの誰かが会話しているのを聞くのに空間圧縮を行えば近くで聴くことが可能になる。
ただしこれは自分自身でのみ認知することができ、他者に対しては認知されない。
肉体操作が最も難しく、使えるものたちはサイクラーと呼ばれている。
サイクラーは自分自身はもちろん他者に対しても行うことができ、死者蘇生や肉体損傷部分の修復、精神損傷に対しても治療を行える。
詳しくは私も知らないが、複雑な条件下で時間操作との融合魔法もあるらしい。
リカネアは明らかに3次元を超える高次の星であったが、そこに住む人々のほとんどは地球に住む人間にマナと魔法の概念が追加されたようなものであった。
正確には星の構造が複雑で地球の対極に住む人々が12時間の時差を持つように、リカネアでは場所によって時間の流れが違っていたり、見える空間と実際の空間が違っていたりとブラックボックスな部分が多かった。
ほとんどの人間はそれを認識すらしていなかったため、いってしまえば3次元空間とほぼ変わらなかった。
上級魔法を使える層のみがリカネアの構造を認識していた。
前世の記憶が戻ったことで得られたことは多かったが、琳寧の今についてのことは何も知り得なかった。
「琳寧は今何をしているんだろう。というかサイカと琳寧のどっちで呼ぶべきかな」
色々考えているうちに頭がいっぱいになってきたので、一旦休もうと頭を枕に沈め、眠りについた。
「初めまして。サイカ・ウィローと申します。今日からフォールに配属されることとなりました」
サイカに初めて会った日無愛想で、目を見て話さない暗い子という印象であった。
しかしそれを帳消しにするようなルックスであった。
長く手入れされた黒髪に、ライトブルーのように輝いている瞳、そして全身は細く華奢で理想的な女性であった。
「フォールにようこそ! 私はリーダーのエリー・ベンジャミンです! 好きなように呼んでね!」
「よろしくお願いしますベンジャミンさん」
そう単調に言い放ち、自席に戻ってしまった。私は何だか悔しかった。
「この最強部隊フォールのリーダーエリー様を前にしてなんという態度だあの新人!!」
それをなだめるようにチームメンバーが近づいてきた。
「エリーさん気にしすぎですよ! あの子緊張してるだけですって」
「ローラの優しさにいつも救われるよ〜」
チーム内のバランスをとってくれるローラに甘えるように足に抱きついた。
「ちょ、ちょっと何してるんですか、恥ずかしいので離れてください!!」
「は〜い」
ローラに甘え、叱られを毎日のように繰り返していた。
それをサイカに冷たい目で見られているように感じ、恥というものを久しぶりに思い出した。
私はそれが悔しかった。
来る日も来る日も、ことある毎にサイカに絡み勝手に隣でお昼ご飯を食べていた。
だけど私の問いかけに対してはいつも決まって単調な返事を返すだけであった。
どうすればいいか分からなくローラに相談した。
「どうすれば仲良くなってくれるかな?」
「距離感バグってますからね。もう少しあの子を観察してみては?」
「面白いこと言うね。私は戦闘以外の分析は苦手なんだよ」
誇らしげに言ったためローラは引いていた。
「模擬戦でもしてみたらどうです?」
「確かに実力見たいしいいかもね」
早速行動に移し、サイカに提案した。
「いきなりなんだけど、今から私と模擬戦しようよ!」
「わかりました」
あっさり受け入れられ拍子抜けしたが、防御結界が張られた訓練室に入り込み模擬戦を始めた。
私は戦闘にだけは自信があり、その理由として高度なマナ操作による身体強化と元素操作による遠距離攻撃により、どんな状況にも対処することができた。
サイカに対しての唯一の不安は彼女の出生が公開されていないところにあり、どの系統の魔法を使うか予想ができなかった。
そんな不安を考える暇もなく試合の結果はついた。約3秒であった。サイカの勝ちである。
勝利条件として一定量のダメージを防具に与えるか、地面に膝をつかせることであった。
その両方を満たしていたのである。
当然周りで見ていた観客達はざわめいていた。
「エリーさんが負けた?」
「いや、何かの間違いじゃない?」
「あいつイカサマしただろ」
ただエリー1人だけは違うことを考えていた。
「やっばい、やっばい、何これ何これ、超すごいじゃん!」
エリーだけはサイカの芸当を見抜いていた。
しかし見抜いただけで反応はできなかった。
サイカの方を見るといつもは凍りつくような目を向け、口角が少し下がっていたが今はその空間に満開の花が咲くかのように満面の笑みを見せていた。
私に勝てたのが嬉しいからかと思ったがそんな様子ではなかった。
彼女は笑いながら近づいてきて、手を差し伸ばしてきた。
「ベンジャミンさん立てる? あの一瞬で見抜いちゃうなんてフォールのリーダーは伊達じゃないね」
今までのあの子とは全く違った雰囲気を感じられ、ドキッとした。
「今までと全然雰囲気違うじゃん! そっちの方が可愛いよ!」
「ごめんなさい。私昔から人付き合いが苦手で、ぶつかり合って初めて近づけるんだ!」
「そういうこと! 模擬戦誘って良かった! ところでさっきの原理は教えてくれるの?」
「もう少し仲良くなってからね!」
可憐な所作に心拍数が上がり、ただ頷き返すことしかできなかった。
これが私の最初の恋であった。
懐かしい記憶を投影した夢から目が覚め、新鮮な気持ちになり昔の仲間に会いたいという気持ちがあったがそれはもう不可能だと知っていた。




