第55話 胃の内容物と記憶
「みんな驚かないでね?!」
空音は自信に満ちた表情でそう言い、前に出た。
何か凄いものでも見せてくれるのだろうか。
まあ、さっき凄い物を見てしまったんだけど。
「いいよ、思う存分やって」
私がそう言うと空音は無言で微笑んだ。
その横顔が美しく見えた。
空音は指を動かしたり、何かする訳でもなく、ただじっとしていた。
何をしているのだろうか。
待っていると突然、空模様が変わり始めた。
明るかった空が、徐々に闇を帯び、今にも雨が降り出しそうだ。
空音がやったのだろうか。
そう考えていると、右手を空に向けた。
次の瞬間光が空音に直撃し、爆発でもしたかのような音が鳴り響いた。
雷が空音に落ちたんだ。眩しくてよく見えない。
「空音!! 大丈夫?!」
私はすぐに空音の方へ向かった。
しかしそこには驚くべき光景があった。
空音は無事だった。
そして腕にはマナが巻き付くように循環しており、強力な電気が光のアーマーのように腕を覆っていた。
私は直感で分かった。魔法で作られた武器の中でもあれは群を抜いて危険だ。
中級レベルの防御魔法を使ったとしても、あれで攻撃されたら貫通してしまうだろう。
「空音ストップ!」
私は空音が変な事をする前に止めた。
「ふぅ〜、なんかこれ、疲れ——」
空音は足の力が抜けるように、フラフラと地面に倒れていった。
急激に大量のマナを使用したため、ガス欠を起こしたのだろう。貧血のようなものだ。
「空音! 大丈夫?」
「——あれ、私みんなに囲まれて……死んじゃった?」
「ふざけてるようじゃ大丈夫か。少し休んでな」
「あはは。はぁ〜過去一疲れたよ」
「黙って休んで」
「は〜い」
私は空音を静かにさせ、マナを送り込んだ。
大気にマナが溢れているため、それらを集め空音に流し込むだけだ。
空音の最大マナ貯蔵量はそこまで多く無いため、すぐに回復するだろう。
空音はきっと風の魔法を使って積乱雲を集め、そこから雷を取り出し操作するイメージをしたのだろう。
難易度が高いものを空音はやってのけたのだ。
てか、よくよく考えたら私今膝枕しちゃってんじゃん。
まあ仕方ないか。
そう自分に言い聞かせ、回復するのを待った。
「はい! もう大丈夫!」
「ありがとうしーちゃん!」
「それは良かった。けど、あんな無茶しちゃダメだよ? 危ないから」
「結構頑張ったんだけどな〜」
「そうだね、頑張ったのは偉い。自分の上限を知っていこうね」
「頑張ります、師匠!」
あの後は3人に改善点や、今後の方向性などを伝え解散した。
今は晩御飯とお風呂を済ませ、寝る準備ができている状態だ。
空音に全ては言わなかった。
あのレベルならかなり強くなるだろうが、それを言うと調子に乗ってしまうからだ。
3人とも力をつけるのが早いが、それでも差がある。
先天的な才能は、スポーツや芸術と同じように、魔法の扱いにも関係する。
空音、凛兎君、穂乃果の順で才能があるだろう。
けど、魔法を扱う技術は努力で鍛えていく事ができる。
私だって努力を積み重ねてフォールのリーダーになったんだから。
「このまま全て上手くいってくれればいいな〜」
私は重力をベッドに預け、天井を眺めながらそう呟いた。
時間を戻す前と今では環境が全く違う。
大気中にマナが含まれていたり、仲間ができ、その仲間も魔法を使う事ができる。
私だって前世の自分より強くなる事ができるだろう。
そんな私の心を曇らせる物が3つある。
1つ目は政府が何を知っているか。これは近いうちに解決したい。
2つ目はこの世界の異常さだ。1つ目の答えが手掛かりになるかもしれないが、時間を戻す前と違いすぎている。なぜ地球にこんなにもマナが溢れていて、自然とマナ回路が開く人が発生しているのだろうか。
そして3つ目、一番気がかりな事は時間を戻した時の代償。何かの記憶を失った事。
どうしても分からない。何か抜け落ちているのだけは分かる。
初めは小さな穴のようだった。それが次第に全てを飲み込むブラックホールのように大きくなっていくのを感じていた。
思い出さないといけない、けど、分からない。
誰かなのかは確証がない。ただそれがずっと私を内側から蝕んでいく。
「まだ9時だけどもう寝ちゃいたい。けど……」
私の頭には昨日見た夢が残っていた。
顔が分からない少女が苦しみながら私の名前を呼ぶ夢。
もしその少女が、その子が。私が忘れてしまった人、もしくは消してしまった人だとしたら。
「うっ、お、おえぇ……」
私は床に胃の内容物を飛び散らせてしまった。
「え、あっ、え?」
その行為が私の頭に電気を走らせた。
そういえば私は温泉旅行に行き、そこで今と同じように吐いた。
完全に何かを思い出したという訳じゃないが、少し分かった。
「あ、あはは、ん、おえぇ、ふふ、あはは!」
紫伊香は胃にあった不快感を全て吐き出しながら、涙を流し笑っていた。
「良し、スッキリした!」
私は風の魔法と水の魔法を使い、汚れた空間を包み込んだ。
それを窓の外に出し、燃やし尽くし灰にした。
私は1人であの旅館に泊まったんじゃない。
誰かと一緒に泊まったんだ。
その時吐いた理由を詳しく思い出したわけでは無いが、その誰かが影響して吐いてしまったんだ。
友達に裏切られた? それともそこで彼氏と別れた? 何が原因?
考えても分からないかもしれない。
けど、少しずつ思い出していけるかもしれない。
読んでいただきありがとうございます!
紫伊香が思い出した旅館での事は、第7話参照です!
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