03
ニュースで毎朝真夏日と言われているように確かに暑かった。
こうなってくると自分のことよりも他の人が弱らないか心配になってくるもので、一人そわそわしていた。
だけどそれも仕方がない、誰かが倒れてしまったら身内が倒れてしまったとき並みに心配になってしまうから。
「落ち着かないの?」
「ええ、あなたは大丈夫?」
「私は夏が得意だから大丈夫だよ」
遊んで日焼けして茶色くなると言っていたからそうか。
「そういえば今日クラスメイトの子から話しかけられた」
「いいことじゃない、友達になったの?」
「うん、それで一緒に遊びたいんだって」
私の方は動いていないのもあってなにも変わっていないままだった。
まあ、これは自分が悪いからその点に関してはなにも言わないものの、やはり違うことがよく分かった。
だからこそこうして彼女と一緒にいてしまっていいものかと悩んでしまう。
「それなのにここにいていいの?」
「うん、今日誘われたわけじゃないから」
「でも、私は残ってテスト勉強をしていくつもりだから帰った方がいいわよ」
「ふふ、そうやって帰らそうとしても駄目だよ」
いやこれは帰らそうとしたわけではなくてつまらない時間になるだろうからと言っただけだけど……。
なんとか切り替えて広げ始めたら彼女も隣の席の子の机を借りて同じようにしていた、真似をすることが好きなのかもしれない?
「真綾と一緒にいる時間が減るとかそういうことはないからね、寧ろ夏休みが近づいているぐらいで一緒にいる時間はどんどん増えていくと思う」
「夏休みも来るの?」
連絡先も家も知っている状態だから可能と言えば可能だし、流石の私も直接来られたら拒絶はできない。
「え、もしかして引きこもるつもりだったとか?」
「毎年そうだから、必要なとき以外は出たりしないわよ?」
「なら引きこもっていていいからちゃんと受け入れて」
すごい発言だ。
誘っている側なのに一切動かずにこちらを動かそうとするよりは遥かにマシだけど。
「とりあえずいまはお勉強をしましょう」
「うん」
ちゃんとやりつつ別のクラスでよかったと心からそう感じていた。
同じクラスだったら集中できていなかったと思う、お勉強をちゃんとできなくなったらいいところがなにもなくなってしまうからそういうことになる。
あとは姉が彼女の担任とかではなかったこともいい方へ働いていた。
「おお、放課後にもお勉強とは偉いですね」
教師なのにこんなに高頻度で訪れていいのかどうかは分からないけどなにも答えないでおく、意地悪がしたいわけではないけどやっぱり姉とは家でゆっくり話せばいいからだ。
私は姉ほいほいとして存在しておくだけ、この少ない時間だけでも彼女が姉と話すことができればそれでいいと思う。
「真綾が言い出したことなんです」
「これで後は複数のお友達と仲良くしてくれれば完璧なんですが……」
「私だけじゃ駄目ですか?」
はは、彼女は真っすぐだ、なにも変わらない。
姉と彼女自身のことで盛り上がってくれていたならもっとよかった。
「そうですね、一人だけだと私としても不安になってしまいますからね。そして複数人の中から自分を選んでもらえるということが素晴らしいと思いませんか?」
「先生達も同じですよね」
「そうですね、みんながみんな好かれるわけじゃありませんからね」
完璧人間でもみんなから好かれるのは無理だ、だから狭い範囲に絞ってその相手から好かれるように頑張っている。
上手くいけばそのまま付き合ったり結婚までいったりするわけで、別に大きく出なくても幸せになれる方法はいくらでもあるのだ。
ここで一つ強がりを言ってしまうとそういう存在が現れなくてもここまで楽しくやれてきているわけだからこのままでもいい気がした。
日々頑張っている人達にいいことがあってほしい。
「見てください柚木さん、自分は関係ないとばかりに違うところを見ているこの子のことを」
姉は時間が経過すると我慢できなくなる、必ずこちらのことを出してくる。
下手くそとは言わないけどもう少しぐらいは上手くやった方がいい。
「真綾は邪魔をしたくないだけだと思います」
「まあ、一番邪魔をしてしまっているのは私ですからあまり自由に言うことはできませんが……少し残念ですよね?」
「でも、拒絶せずに一緒にいてくれますから十分ですよ」
「なるほど、よく分かりました」
会話をすることができて凄く楽しそう――だったのにこちらを見るなり少し悲しそうな顔をし始めてついついじっと見つめてしまった。
「大丈夫なんですか?」
「真綾ちゃん……こうしてゆっくり話せるのは妹の真綾ちゃんと柚木ちゃんしかいないよぉ……」
「どんな先生もそんな感じだと思うけど」
妹だけしかいないという状態よりは遥かにいいだろう、なんでそれで泣きそうになっているのかが分からない。
「私もそう思います、仲良さそうに長々と話している先生と生徒はいませんよ?」
「そうかなぁ――あ、やばい……もう時間だからいくね」
「ええ、頑張ってちょうだい」
「うん、ありがとう、柚木ちゃんもありがとう」
普段、自分がマイナス思考禁止と止めてきているのにどうしてこうなったのか。
私のそれが移ったわけではないだろうし……謎だ。
「あ、私もそろそろ帰らないと、真綾またね」
「ええ、気を付けて」
なんか気になったから姉の大好物でも買って帰ることにした。
少しでも元気になってもらいたかった。
「これは女性教師と女子生徒の物語」
急に始まった。
好きな物が食べられたからなのかもうすっかりいつも通りなのはいいことだけど……。
「む、それだと私が入っていない、やり直し」
時間だからいくねと先に帰ったはずの彼女がここにいるのも謎だ。
用は済ませたみたいだけどそれなら一緒に帰ればよかったと思う、それに姉と話せているときは露骨すぎた。
「う、うん――じゃない、あのーこの前は外ということで敬語をやめていたんだろうけど今回はなんで敬語をやめたの? あ、別にいいんだけど……気になってさ」
「家だから、真綾が全てだから」
「あ、はい……えっと、じゃあ――どうしよっか」
女性教師の娘とかそういう風にしてしまえばいいのではないだろうか。
姉ももういい年齢だし、子どもがいてもおかしくはないからぴったりなはずだ。
ここでも一応言っておくと彼女の方が私よりも身長が高いから私ももう一人の娘、つまり姉の妹にしてくれればそこまで違和感はなかった。
「女子生徒と女子生徒の話にして」
「えぇ、それじゃあ私が仲間外れじゃん」
「そもそも先生で主人公の姉なんだから仲間外れでいいはず」
物語の中ではどちらも娘であることからメインが姉であるなら私達は参加することができない――というのは私が妄想しているだけであくまで二人の中では違うか。
「うぅ、柚木ちゃんが酷いよぉ!」
「それならお姉ちゃんと柚木さんの恋物語でいいじゃない」
教師として不味いことは分かっていても魅力的なそれに逆らえずにずるずると……。
まあ、ゼロではないからこそ生徒に手を出して捕まった、なんてニュースが流れてきていると思う。
「「それは駄目」」
「ふふ、仲がいいわね」
「「それは違う」」
最初は相手に全く興味がないぐらいでいいのだ。
私という共通の人間をきっかけにし、一緒にいる間に少しずつ仲を深めていけばいい。
物語後半まで自覚できていないぐらいがいい、あんまりツンツンもしていないけど柚木さんがその役に相応しい。
「そもそも恋をするかどうかも言っていないからね」
「それなら尚更真綾と私でいいはずだけど」
「いや、恋をしないなら三人の仲が分かるような物語でよくない?」
「真っ先に私を除外しておいてよく言うね?」
もう完全に彼女のペースだった。
やたらと情けない顔になって「さ、最初のあれは私と柚木ちゃんの話だったらどうしていたの?」と変えようとしたけど、
「どうもしない。さやかとは真綾とは別で、普通に仲良くしたいからね」
乱すことはできなかったようだ。
生徒ということでやりづらいのだろうか?
「なにいまの間ーあと馴れ馴れしく名前で呼ぶなよなー」
「真綾、本当にさやかは二十九歳なの? なんか子どもっぽいけど」
「家だと普段のストレスのせいで子どもっぽくなってしまうのよ」
でも、それぐらいでいいと思う、家まで教師モードでいられたらこちらも疲れてしまうから。
あとはいまでも家での姉を出していけばいいという風に考えているのもあった。
「そっか、それなら仕方がないか」
「ぶぅーゆずきちのアホー」
柚木ち……? 細かいところは分からないけどそういう呼び方ができるのは羨ましかった。
一定の仲でなければできないことで、ただ必要なことだけを話すことしかできない私には縁のないレベルの話で。
「よしよし、お姉ちゃん落ち着いて」
「くくく、こんなことをしてもらえたことはないだろー?」
「大丈夫、仲良くなれば私だけにするようになる」
「ゆ、柚木ちゃんって肉食系だね?」
本当にそう、誰かに上書きされない限りは私に向けられるわけだからそのときのことを考えると少しテンションが上がる。
それでもこれまでの私を考えれば大事なところで去られてしまうわけだから期待しすぎないようにした。
そもそも彼女のためにまだなにかできたわけではないから本当は期待すらもするべきではないかもしれないけど。
「心でいい」
「はは、そっか」
私の方はもっと仲良くなれたら名前で呼ばせてもらおうと思う。
動けば動くほど自分のためになるわけだからきっとできるはずだった。
「ふんふふーん」
誰もいないのをいいことに鼻歌交じりで掃除をしていた。
いや、本当ならもう一人いるはずなのにいないから心細さをなんとかしようと頑張っているだけだ。
午前中は元気よく友達と話していたのに何故なのか、本人を見つけたら聞いてみたいところではある。
そして不可能ではなかった、挨拶は必ずする仲だからだ。
「羽根さん」
普通に教室にいた。
「んー……? あ、加藤か」
「どうして一緒に掃除をしてくれなかったの?」
「あーさっきまで腹が痛くてな」
「大丈夫なの? 保健室に連れていってあげましょうか?」
体調が悪くなることなんて滅多にないから保健室というのは地味にわくわくする場所だった。
残念なのは誰かを連れていったときに限って先生がいないこと、そうなると途端にそわそわする羽目になるから今回はちゃんといてほしい。
「いや、もう大丈夫だから気にしなくていい、一緒に掃除をしてやれなくて悪かったな」
「いえ、そういう事情があったのなら仕方がないわよ」
「はは、ちょろいな」
「ちょ、ちょろい?」
確かにすぐに柚木さんを気に入ってしまった時点で該当するのかもしれない。
だけど私はそれでいいと考えている、興味があるのに無駄に抵抗してしまうよりは遥かにいい。
「加藤って騙されそうで怖いな、最近で言えば違うクラスの柚木ってやつに絡まれているようだし」
「興味を持ってくれたみたいなのよ」
「犬の前で突っ立っていただけでか?」
「知っているの?」
あのとき見ていたなら参加してくれた方がよかった。
彼女みたいにただ事実を言ってくれる人は貴重だ、そうすれば柚木さんもいまみたいにはなっていなかったかもしれない。
「ああ、たまたまだったけどな」
「あの白い犬、柚木さんがわんたんという名前をつけたわ、ちなみにひらがなよ」
「はははっ、なんだよその名前っ」
「そんなに笑うことじゃない」
「おいおい、まだ放課後じゃないんだから自分のクラスに帰れよ」
あれ、なんか私のときと違って冷たい感じだ。
柚木さんも特に言い返したりはせずに「また後で」と戻っていった。
「なあ、加藤って加藤先生の妹なんだろ?」
「似ていないでしょう?」
「いや、しっかりしているところは似ていると思うけどな」
「そ、そう? ありがとう」
「だからそういうところだ、加藤はちょろいんだよ」
だけどこう何回も言われるといいのかどうか分からなくなってくる。
い、いや、ちゃんと貫こう、私だって積極的にマイナス思考をしたいわけではない。
「ふぅ」
それに柚木さんのおかげで不安に押しつぶされそうになる回数は減った。
相変わらず放課後になったらすぐに帰ろうとしない自分が出てくるけどそれだけここが気に入っているのだと片付けることができる。
「よ」
「あら、友達は帰ってしまったわよ?」
「そんなのいいんだよ、横座るぞ」
羽根さんは格好いい感じの女の子だった。
だからいつも女の子とばかりいる、男の子には興味がないのかもしれない。
「柚木のやつは――もう来たのか」
「当たり前だよ、毎日放課後に二人きりで過ごすという約束を私と真綾はしているんだからね」
ちなみにこれは嘘だ、本当のところは彼女が来てくれているだけだった、毎回付き合わせてしまっている状態だから申し訳なさがある。
「なに名前で呼んでんだ」
「もしかして羽根も真綾に名前で呼んでもらいたいの?」
「え、私の名字知っていたのか」
「うん、羽根は有名だからね」
「モテたりはしないけどな」
ここで気になったのは姉が彼女に興味を持つかということだった。
一緒に過ごせるようになれば姉ほいほいの私としてはすぐに確かめることができる、だけどそれを見たさに彼女と仲良くなろうとするのも違うから難しい。
「あれ、今日は羽根さんもいるんですね」
「おわっ、か、かか、加藤先生っ」
「落ち着いてください、そんなに慌てる必要はありませんよ」
ああ、そういう……。
姉ではなくて彼女の方が興味があるみたいだった。
ふと柚木さんの方を確認してみるとうんうんと頷いている、いいのだろうか?
「加藤先生って結構暇人ですよね」
「おま、先生に向かってなに言ってんだっ」
「まあ、それだけ真綾が気になるということか」
「違います、加藤さんのことを気にして来ているわけじゃありません」
「あれ、真綾喧嘩中?」
首を振る。
今日は彼女がいるのもあってそうやって合わせているだけだった。




