2-1.吸血鬼の医者
翌朝、ドアを叩いたのはアンヌだった。
ドワーフの女性だった。身長は私より頭一つ低い。だが小さいという印象はなかった。丸みを帯びた体格に力が詰まっていて、立っているだけで地面に根を張っているような安定感があった。茶色のミディアムヘア、丸い蒼い目——その目が、柔らかそうな顔立ちに似合わない鋭い光を持っていた。
そして「教える気満々」という表情をしていた。後者は私の主観だが、外れていなかったと思う。
「シェリーね。あたしがアンヌ。今日から教育係よ、よろしく」
一息で言い切って、廊下に出るよう促した。私は水差しの残りを飲み干してから立ち上がった。鉄の輪がまだ手首にある。アンヌはそれを見て、少し眉をひそめた。
「それ、あとで外してもらいましょう。鍵はベネディクトが持ってるから」
「ありがとうございます」
「敬語はいらないわよ。仲間になるんだから」
仲間。その言葉が少し引っかかった。まだ仲間かどうかは分からない、と思ったが、言わなかった。否定する理由もなかった。
ーーー
アンヌに船内を案内してもらいながら、私は各部屋の用途と配置を頭に入れた。
「そうだ、船の名前、教えてなかったわね」と歩きながらアンヌが言った。「リベルタスよ。自由って意味。覚えておいて」
リベルタス。私は頭の中で繰り返した。確かに、この船には似合っている気がした。
甲板、船室、調理場、武器庫、医務室。医務室の前を通ったとき、中から物音がした。
「レオノーラ先生がいるわ」とアンヌが言った。「リベルタスの医者よ。というかあなた、健康診断を先に受けないといけないんだった。ちょっと待って」
アンヌがドアを叩いた。
「先生、新人連れてきたわ。健康診断お願いできる?」
しばらく間があって、くぐもった声が返ってきた。
「……今いい? 眠いんだけど」
「眠いのはいつものことでしょう」
また間があった。それからドアが開いた。
小柄な女性が立っていた。
金色の髪が眠そうに乱れていて、白い肌に薄い隈が刻まれている。服装は清潔だが、どこかよれている。目が半分閉じていて、全体的に「起きているが起きたくない」という印象だった。それでも私を一瞥した瞬間、その目が少し変わった。眠気の奥に、別の何かが光った。
吸血鬼だ、と分かった。肌の白さと、口元のわずかな牙の形から。
「入って」
私は医務室に入った。アンヌはドア口で「終わったら甲板に来て」と言い残して去った。
レオノーラが棚から聴診器を取り出しながら言った。
「名前は?」
「シェリーです。昨日ダニエルさんにつけてもらいました」
「そう」
彼女は私の前に立って、聴診器の先を当てた。冷たかった。私は黙って呼吸を整えた。その間、私は彼女の横顔と手を観察した。
疲れている顔だが、手の動きに無駄がなかった。
聴診器の当て方が普通ではない、と気づいた。場所を変えるたびに指先で肋間をわずかに確認してから当てている。ただ聴くのではなく、触れながら聴いていた。どこを聴けば何が分かるかを、完全に身体で知っている者の動きだ。
手練れだ、と思った。私の身体の奥の何かが、その動きを知っていると言った。同じ所作を、自分もしたことがある。その記憶はないが、手がそう言っていた。
「鉄が足りてないわね」とレオノーラが言った。「いつ頃から?」
短い質問だった。症状より経過を先に聞く、臨床的な順序だった。患者に向ける言葉より、同じ知識を持つ相手に話すような口調だった。
「最近です。一週間ほど前から」
「食事は」
「あまり取れていませんでした」
レオノーラが棚に戻って、小瓶を一本取り出した。私に差し出した。
「飲んで」
それだけだった。効能の説明はなかった。
私は小瓶を受け取った。蓋を開けると、鉄と草の混ざった匂いがした。鉄分補給のポーションだと、開けた瞬間に分かった。なぜ分かったかは分からない。ただ、この匂いでそれと知っていた。飲み干すと、予想通りの味がした。
レオノーラが私を見ていた。
眠そうな目だが、その奥に先ほどの光がまだある。観察されている、と分かった。医師として診ているのとは、少し違う見方だ。
「一つ、聞いていいかしら」と彼女が言った。
「はい」
「あなた、痛みには強い?」
唐突な質問だった。私は少し考えてから答えた。
「強い方だと思います。なぜかは分かりませんが」
レオノーラが小さく息をついた。それから、少し困ったような顔をした。
「実はね」と彼女は言った。「あなたを診察するのに、少しだけ血が必要なのよ。吸血鬼の診察方法で、血の状態を直接確認する方が精度が高くて」
「吸血してもよいということですか」
「怖い?」
私はまた考えた。怖いかどうか。吸血が何を意味するかは知識として知っている。吸血鬼が牙を立てて血を吸う行為だ。痛みが伴う。その痛みが自分にどう作用するかは、経験がないから分からない。
「怖くはないです。ただ、どの程度の痛みか分からないので」
「そう」とレオノーラが言った。「じゃあ、やってみましょうか」
ーーー
首筋に、指先が触れた。
レオノーラの指は細くて冷たかった。私の頸動脈の位置を確認するように、軽く押さえる。私は少し身構えた。
牙が、皮膚に触れた。
刺さった瞬間、痛みが来た。鋭い、小さな痛みだ。思ったより深くない。でもその痛みが、次の瞬間、変質した。
熱くなった。
首筋から広がる熱で、思考が少しぼやけた。痛みがどこかに行って、代わりに何か別のものが満ちてくる。うまく言葉にならない感覚だった。重力が少し変わったような、身体の境界線が曖昧になったような。
私は混乱しないように、意識を集中させた。
今、自分の身体に何が起きているか。痛みの信号が、何らかの理由で別の信号に変換されている。これは自分の身体の特性なのか、吸血鬼の能力の副作用なのか。判断するには情報が足りない。
足りないのに、考えるのが難しかった。
どのくらいの時間が経ったか分からない頃に、牙が離れた。
レオノーラが一歩引いて、私を見た。その目が今度ははっきりと開いていた。眠気が消えていた。代わりに、複雑な表情があった。
「……あなた、痛みを快楽に変換できるのね」
「そうなんですか」と私は言った。自分の声が少し掠れていた。「自覚はありませんでした」
「そういう体質が、世の中にはあるのよ」
レオノーラが布巾を取って、私の首筋に当てた。傷は小さかった。すぐに止まるだろう、と思った。
「診察の結果は?」と私は聞いた。
彼女が少し沈黙した。それから言った。
「健康よ。貧血以外は問題なし」
「それは良かったです」
私は頷いた。レオノーラがまだ私を見ていた。診察の目ではなかった。何かを考えている目だった。何を考えているのかは、分からなかった。
ただ、この人は私のことを、何か知っている。
そんな気がした。根拠はなかった。でも長年の直感が、また静かにそう言った。




