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-新-猫少女と竜の海賊  作者: u-nyu
(2部)6章:セラマ
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6-3.崩落

 セラマに着いた翌朝から、補給作業が始まった。


 水、食料、薬品、帆布の補修材。リストはベネディクトが前夜のうちに作っていた。荷の確認と積み込みはアンヌが仕切り、各自が手分けして動いた。医療室の補充は私が担当した。


 セラマの薬屋は市場の北側にあった。前日に市場を歩いたとき、場所だけ確かめておいた。店主は人間の老人で、棚の並びが整然としていた。薬の種類はポルト・ネーロより少なかったが、南洋に特有の植物由来のものがいくつかあった。効能を確認しながら必要なものを選んだ。


 「よく分かるねぇ、お嬢さん」と店主は言った。


 「仕事なので」と答えた。


 店主が少し笑った。「医者か」


 「そうです」


 「若いねぇ」と言って荷を包んでくれた。褒めているのか疑っているのかは分からなかった。どちらでもよかった。必要なものが手に入った。それで十分だった。



ーーー



 桟橋に戻ったのは昼前だった。


 リベルタスの周辺では積み込み作業がまだ続いていた。重い荷を担いだ港湾作業員と船員が行き来していた。アンヌが桟橋の上で指示を出していた。大きな声ではなかったが、よく通った。「その箱、縦にして。重いのは下——そう、それ。次の荷は右側に回して、通路は開けておいて」。短く、具体的だった。言われた方が迷わず動く。荷の向きを一言で直して、また次を指す。彼女が声をかけると、場の動きが整った。


 荷を医療室に一度下ろしてから、また甲板に出た。


 港全体を眺めた。セラマの桟橋はいくつかに分かれていた。大型船用、小型船用、漁船用と、それぞれ造りが違った。リベルタスが使っているのは中ほどの石造りの桟橋だったが、港の北端には古い木造のものが一本あった。細く、色が変わっていた。長く使われてきた桟橋の色だった。


 その桟橋の端に、子供たちがいた。


 「いくよいくよ」「待ってよー」「落ちるって、端は危ないって」という声が聞こえた。笑い混じりだった。三人か四人。座って足を垂らしたり、立ち上がって走ったりしていた。港で遊んでいる地元の子供たちだと思った。危なっかしいとは感じた。でも、見慣れているのだろうと思って視線を戻した。


 荷の確認に戻り、薬品の在庫票を書き始めた。



ーーー



 音がしたのは、それから少し後だった。


 メキ、という低い軋みから始まった。一拍置いて、バキバキバキと木が割れる音が連続した。古い構造が限界を超えたときの音だった。


 振り返った。


 古い桟橋の中ほどから先が、一気に傾いていた。支柱が折れたのだと、見た瞬間に分かった。桟橋が海面に向かって崩れていく。「落ちる——!」という叫びと、「きゃあっ」という声が重なった。バシャン、ザバーッと水を叩く音が続いた。


 「子供が落ちたっ」とエリカが叫んだ。監視塔からの声だった。


 アンヌが既に走っていた。


 私も走った。桟橋の付け根まで来たとき、アンヌは既に靴を脱ぎ捨てて海に飛び込んでいた。水しぶきが高く上がった。周囲の港湾作業員が声を上げながら駆け寄ってきた。


 水面を見た。子供が三人いた。一人は崩れた木材の上に乗り上げてしがみついていた。一人は桟橋の端の縄に掴まっていた。一人が沈みかけていた。


 アンヌは沈みかけていた子に向かった。「こっちだ、こっちに来い!」と叫んだ。泳ぎが速かった。腕の力が強いのだろう、波を割るような動き方だった。「手を伸ばせ——そう、つかまれ、放すな!」と言いながら腕が届いた。抱えた。


 そのとき、上から音がした。


 崩落した桟橋の残りが、さらにずれた。


 大きな角材が、支えを失って、落ちた。


 アンヌのいる場所に、落ちた。


 ドン、という重い音がした。水しぶきとは違う種類の音だった。ものが、肉に当たる音だった。


 「アンヌ!」とエリカの声がした。


 水面が揺れた。子供が泣いていた。アンヌが浮かんでいた。動いていなかった。



ーーー



 港湾作業員が二人、迷わず水に入った。子供二人とアンヌを引き上げた。子供たちは泣きながらも意識があった。もう一人も縄から離れたところを別の作業員に引き上げられた。


 アンヌは目を閉じていた。


 引き上げられたアンヌのそばに膝をついた。


 右側の脇腹から腰にかけて、角材が直撃した跡があった。服が裂けていた。皮膚の裂傷が見えた。打撲の範囲が広い。ドワーフの骨格は人間より密度が高いが、それでも——角材一本の直撃をそのまま受けた、となれば外側だけの問題ではない可能性がある。溺水の有無も確認しなければならなかった。呼吸を確認した。浅かった。不規則ではない。脈を取った。ある。速い。


 「医療室へ」と私は言った。「今すぐ」


 エリカとビリーが動いた。アンヌを担ぎ上げた。二人とも表情が変わっていた。エリカは口を引き結んでいた。ビリーは何も言わなかった。


 走りながら考えた。衝撃の位置は右の側腹部。この範囲で内圧が上がっているとしたら何が考えられるか。肝臓、腎臓、腸。ドワーフの体格は人間と比率が違う。内臓の位置も単純に人間基準では測れない。レオノーラは今日外に出ている。戻るまでに時間がかかる。


 ここには私しかいない。


 医療室の扉を開けた。台にアンヌを寝かせた。


 「二人は外で待っていてください」と私は言った。


 エリカが一歩踏み出しかけた。止まった。何か言おうとして、言わなかった。「頼む」とだけ言った。


 扉が閉まった。


 アンヌの顔を見た。血の気が少ない。でも呼吸はある。


 手を動かし始めた。

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