6-2.セラマ
港が近づくにつれて、色が変わった。
海の色から始まった。ポルト・ネーロを囲む水は灰みがかった青だったが、ここの水は緑が混じっていた。透明度が高く、浅瀬では底の砂まで見えた。船が波を切るたびに、白い泡が明るく弾けた。
「ほら、あの色!」とエリカが監視塔から叫んだ。「市場の屋根! すごい色!」
見えた。桟橋に沿って並ぶ建物の屋根が、橙、黄、赤、緑と、規則性なく塗り分けられていた。ビリーが「あれよぉ、あれ」と笑顔で言った。「目が痛いって言ったでしょ」
目が痛いとは思わなかった。ただ、ポルト・ネーロには存在しなかった種類の賑やかさだ、と感じた。石造りの港とは違う。木と色と光でできた場所だった。
「荷揚げは昼過ぎから」とダニエルが言った。「それまでは各自自由にしていい。ただし二人以上で動け」
アンヌが「やった」と言った。珍しい反応だった。アンヌが表情に出すことはあまりない。それだけセラマを楽しみにしていたということだった。
ーーー
桟橋に降りると、空気が変わった。
潮の匂いは同じだったが、その下に何か甘いものが混じっていた。果物か、花か、はっきりとは分からなかった。市場の方向から声が重なって聞こえてきた。「らっしゃい」に似た音、「これ見て」に近い身振り、値段を指で示す売り子の手つき。言葉は半分しか分からなかったが、買ってほしいという意味は伝わった。活気というものは言葉よりも先に届いた。
レベッカが隣に立った。「迷子になるな」と言った。
「なりません」と答えた。
「なりそうな顔をしている」
「していません」
レベッカが短く笑った。声に出すほどではない、息が漏れる程度のものだった。以前、レベッカがそういう表情をすることに気づくまでしばらくかかった。今は分かった。
アンヌが「とりあえず市場を見て回るぞ」と言った。エリカがすかさず隣に並んだ。ビリーが「あたしも行くわぁ」と言った。レベッカが「私は荷降ろしの確認が先だ」と言い、ベネディクトの方へ歩いた。
私はアンヌたちについていくことにした。
ーーー
市場は桟橋からすぐ近くにあった。
屋根付きの通路が迷路のように続いていて、左右に露店が並んでいた。「これが旨い、これだけ」と言うような声で魚を差し出す売り子。通りかかる人の袖を引いて香辛料の壺を見せる老人。「どこから来た、いい船乗り」と日焼けした顔で笑う男。言葉の半分は分からなかったが、全員が何かを売ろうとしているということは分かった。どこかで誰かが楽器を弾いていた。弦の音だった。どこから聞こえるのかは分からなかった。
エリカが何かの果物を手に取って匂いを嗅いで、「これ! 椰子じゃないけどこういうやつ!」と言った。アンヌが「食べるか」と聞いた。エリカが「買う!」と答えた。ビリーが「あたしは布ね、あの橙の」と言って通路の反対側へ引き寄せられていった。アンヌが「あまり離れるなよ」と言ったが、ビリーはもう聞こえていない様子だった。
私は一歩後ろで、通路を行き来する人を見ていた。猫獣人の商人がいた。ドワーフの子供が親の手を引いていた。日に焼けた人間の漁師が荷を担いで歩いた。種族の混ざり方がポルト・ネーロとは違った。あちらは人間が中心で、獣人はどこか端の方にいた。ここでは誰もが当たり前に同じ通路を歩いていた。
猫獣人の商人の顔が目に入った。頬に紋様があった。薄い色で、横に二本入っていた。商人は特に気にしていなかった。当たり前のものとして顔についていた。
自分の頬に触れた。指先で感じた。線の数は数えなかった。でも、確かにあることは分かった。
「珍しそうな顔ですね」
声がした。
振り返ると、一人のエルフがいた。
若く見えた。金髪が肩のあたりで揃えられていて、明るい緑の瞳をしていた。商人らしい清潔な服を着ていた。微笑んでいた。どこかの露店の前に立っていたのか、それとも後ろから来たのか、気づかなかった。
「初めてですか、セラマ」と彼女は言った。言葉は訛りなく通じた。「リベルタス号のみなさんですよね。さっき入港されていましたから」
「そうです」と答えた。
「私はシルヴィといいます。エルフ商業連合のセラマ支部で渉外を担当しています」と彼女は言った。「お役に立てることがあれば、何でも」
笑顔のまま言った。作られた笑顔ではなかった。少なくとも、そう見えた。
「シェリーといいます」と私は言った。
シルヴィが少し首を傾けた。「シェリーさん」と繰り返した。それから、私の顔をじっと見た。一瞬だった。でも確かに見た。視線が頬の方へ動いたのが分かった。
「猫族の方ですよね」とシルヴィは言った。「その紋様……珍しいですね。よろしければ、どちらのご出身か伺っても?」
答えが出なかった。
頬に手を当てたいという衝動があった。堪えた。「少し……」と言いかけて、止まった。何と言えばいいかが分からなかった。出身を言える記憶がなかった。それだけではなかった。紋様の意味を、私は知らなかった。線の数が何を表しているのかを、今の今まで考えたことがなかった。でもシルヴィが「珍しい」と言ったということは、この紋様は何かを示しているということだった。その意味を自分は持っているのに、読めない。
そのことに、この瞬間に初めて気がついた。
少しの沈黙があった。
「あら、ごめんなさい」とシルヴィは言った。微笑みのまま言った。「立ち入りすぎましたね。港町の職業病みたいなもので、つい色々聞いてしまって」
「いいえ」と私は言った。
「それより、市場は見て回られましたか。この時期は南の香辛料が安くて、料理人の方には特におすすめなんです」と彼女は言った。自然に話題が変わった。声のトーンも変わらなかった。何事もなかったように続いた。
アンヌが「シェリー、行くぞ」と後ろから声をかけてきた。
「では、ごゆっくり」とシルヴィは言った。軽く会釈して、通路の奥の方へ歩いていった。角を曲がる直前、一度だけ振り返った。目が合った。一瞬だった。すぐに前を向いて、消えた。
見送った。
角を曲がる前に振り返ったのは、偶然だったかもしれなかった。でも、そうではない気がした。歩き去るシルヴィの後ろ姿を見ながら、さっきの目のことを考えた。謝りながら話題を変えるとき、シルヴィの口元は笑っていた。でも目は別のことをしていた気がした。笑っていなかった、とまでは言えなかった。ただ、目の奥の何かが動いていた。それが何だったのか、うまく言えなかった。
「シェリー」とアンヌが呼んだ。
「はい」と答えて、歩いた。
頬の紋様に、風が当たった。今日初めて、それを意識した。
ーーー
夕方、船に戻る道に、レベッカが待っていた。
桟橋の端に立って、荷降ろしの様子を遠くから確認していた。私に気づいて、視線だけよこした。
「どうだった」と言った。
「色々見ました」と答えた。
「何か変わったことはなかったか」
少し間があった。「一人、話しかけてきた人がいました。エルフ商業連合の人だそうです」
レベッカの目が動いた。「名前は」
「シルヴィ、と」
レベッカが何も言わなかった。でも顎が少し引いた。知っている名前だったのか、それとも別のことを考えたのかは分からなかった。
「気をつけろ」とだけ言った。
「何をですか」と聞こうとして、やめた。聞いても今は答えが返ってこないだろうと感じた。レベッカがそういう顔をしていた。
「紋様のことを聞かれました」と私は言った。
レベッカが止まった。「誰に」
「シルヴィに。出身を聞かれて、答えられなかった」
少しの間、レベッカは何も言わなかった。港の作業音がその間を埋めた。荷を降ろす声、滑車の音、遠くの売り子の声。
「覚えておけ」とレベッカは言った。「あの連中は、笑いながら必要なものを取っていく」
それだけ言って、桟橋の先へ歩いていった。
船に戻った。夜の港の灯りが水面に揺れていた。色とりどりの光だった。昼間の鮮やかさとは違う種類の賑やかさが、セラマにはあった。きれいだと思った。それと同時に、昼間に感じた引っかかりがまだどこかに残っていた。
紋様の意味を、私は知らない。
でも誰かは知っている。




