5-1.入団式と宴
宴は夕方から始まった。
甲板の中央に樽が並び、誰かが火を焚いた。料理番が昼から仕込んでいたらしい煮込みが大鍋で運ばれてきて、パンと乾燥果実が山積みになった。酒が開けられた。乗組員が甲板に出てきて、思い思いの場所に座った。
海戦から四日が経っていた。傷の手当てが一通り終わり、船の修繕も目処がついた。ダニエルが「一晩くらいいいだろう」と言ったらしく、それだけで宴は始まった。
私は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
「何してんの、早く来なよ」
アンヌが私の腕を引いた。引かれるままに連れていかれると、火のそばに場所が作られていた。エリカが手を振っていた。ビリーが「待ってたわぁ」と言って杯を持ち上げた。
私は座った。
温かかった。火の温かさではなく、もう少し別の温かさだった。
アンヌが料理を取り分けてくれた。エリカが私の杯に酒を注いだ。ビリーが「ねえ、もう少し笑っていいのよぉ」と言った。私は笑い方が分からなかったが、笑おうとした。
「そうそう、その顔」とエリカが言った。
ーーー
「じゃあ改めて」とダニエルが言った。
声が大きかった。甲板全体に届くくらいの声だった。乗組員たちが静かになった。
「今回の海戦、お疲れ。全員、よくやった」
どこかから歓声が上がった。笑い声が続いた。
「それと」とダニエルは続けた。「今回、特別に活躍した奴がいる。医務室で手術をやり遂げた、シェリーだ」
視線が来た。
数十人分の視線が、私に向いた。私はその視線を受けながら、何か言うべきかどうか考えた。でも何も言えなかった。
「この船に乗って、仲間として認める」とダニエルが言った。「異議がある奴は言え」
誰も言わなかった。
代わりに、また歓声が来た。アンヌが隣で「よかったね」と言った。エリカが「ずっとそうだと思ってたけど」と笑った。ビリーが「当然よぉ」と杯を傾けた。
仲間として認める。
ダニエルのその言葉が、頭の中で繰り返された。
この船に乗った日から、ずっと働いていた。医療の仕事をして、訓練をして、海戦に出て、手術をした。役割は果たしていたと思う。でも役割を果たすことと、仲間であることは別のことだ。
仲間として認める、という言葉が今日来たとき、何かがはっきりした。
居場所がある、ということの実感が、今日初めて来た。名前があって、仕事があって、この船に自分の場所がある。それだけのことが、今夜は大きかった。
ーーー
宴が進むにつれて、甲板が賑やかになった。
歌を歌い始めた者がいた。調子外れだったが、誰も気にしていなかった。ビリーが踊り始めると、数人がそれに続いた。エリカが笑いながら引っ張られていった。アンヌが料理番と話し込んでいた。ダニエルが何人かの乗組員と杯を合わせていた。
私は食事を取りながら、その景色を見ていた。
騒がしい。でも嫌な騒がしさではなかった。全員が、今日ここにいることに、それぞれのやり方で満足している。その満足感が、甲板の空気に混じっていた。
ふと、視線を感じた。
少し離れた場所に、レベッカがいた。
樽に腰かけて、杯を持っていたが、飲んでいなかった。宴の様子を、遠くから見ていた。私と目が合った。
どちらも、すぐには動かなかった。
少しして、レベッカが視線を外した。私も外した。
さっきとは違う、と思った。目が合うこと自体は、前からあった。でも今日の目の合い方は、少し違った。何かが変わっていた。重くはない。でも軽くもない。ちょうど言葉を持てないくらいの距離感だった。
あの廊下での会話の後、私たちの間の空気が変わった。秘密が消えたから、なのかもしれない。秘密があったときの緊張がなくなって、その代わりに別の何かが来ていた。
まだ、それが何かは分からなかった。
でも今夜は、それでいいと思った。全てが解決したわけではない。分からないことはまだ多い。でも今夜は、宴があって、火があって、この人もここにいる。それで充分だ、という気がした。
ビリーの歌声が甲板に響いた。音程が正しいのか間違っているのか判断できなかったが、楽しそうだった。
ーーー
宴が進む中で、アンヌが私の隣に座った。
「ねえ、本当によかったよ」とアンヌは言った。「レベッカさんのこと」
「はい」
「あたし、怖かったんだよね。あの人が死んだら、このチームどうなるんだろうって」アンヌが正直に言った。「でもシェリーがいてくれたから」
私は少し考えてから言った。「私がいたから、というよりは、レベッカさんが持ちこたえたんだと思います」
「そうかもしれないけど」とアンヌは言った。「それでもさ」
それ以上は言わなかった。でも言おうとしていたことは分かった気がした。
宴が半ばを過ぎた頃、ベネディクトが私のそばに来た。
「少しいいですか」と彼は言った。静かな声だった。
私は頷いた。ベネディクトが杯を持って、私の隣に座った。
「今回の仕事は、よくできていました」と彼は言った。「医療の面だけでなく、状況判断も含めて」
「ありがとうございます」
「レベッカが生きているのは、あなたのおかげです」
私は何も言わなかった。
「礼を言う機会がなかったので」とベネディクトは言った。「ここで言っておきます」
この人が礼を言う、というのは珍しいことだった。感情を外に出さない人だ、とずっと思っていた。今も表情はほとんど変わっていない。でも言葉は出た。それがこの人の礼の言い方なのだろう、と思った。
「私もあなたに聞きたいことがあります」と私は言った。
ベネディクトが私を見た。
「あなたと船長は、私のことを知っていますか」
ベネディクトが少しの間、何も言わなかった。
「今夜は宴です」と彼は言った。「その話は、また別の機会に」
答えではなかった。でも否定でもなかった。
私は頷いた。ベネディクトが立ち上がって、宴の方へ戻っていった。
その背中を見ながら、私は考えた。
この人も、知っている。ダニエルも、知っているかもしれない。レベッカが言った「計画」の中に、この二人がいた。それぞれの役割があって、それぞれが私のことを知りながら、今日まで来た。
今夜はそれ以上考えなかった。別の機会に、と言われた。それでよかった。
甲板では、まだ歌が続いていた。火が揺れていた。誰かが笑っていた。ビリーが輪の中心で踊っていた。エリカが笑いながらそれを見ていた。
私はしばらくそこに座って、その景色を見ていた。
ここに、場所がある。
それだけで今夜は、充分だと思った。




