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-新-猫少女と竜の海賊  作者: u-nyu
(1部)1章:港町の奴隷
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1-2.奴隷オークション

 競り台に上がる前に、係の男が私のフードを取った。


 猫の耳が露わになる。周囲からざわめきが起きた。


 男が私の顎を持ち上げた。頬の紋様を確認するような角度に顔を向けさせて、口を開かせる。歯の状態を見た。次に耳——猫の耳の付け根を指で確かめる。傷や欠損がないかを調べているのだろう。


 それからローブの合わせに手をかけた。


 私は黙っていた。抵抗する理由を考えたが、見当たらなかった。売り物の検品を妨げることは、今の自分に利益をもたらさない。


 ローブが肩から落ちた。


 冷たい空気が、汗で湿った肌に触れた。首筋から腹まで、皮膚の温度が一段下がる。男が後ろに回った。背中を見ている。次に前に戻って、腕を取る。内側を確認する。傷の有無、皮膚の状態、栄養の程度。私は自分の身体が何を伝えているかを、男の目線の動きから読んだ。肋が浮いている。脚は細いが腱は残っている。血色は悪くない——そういう評価を、男がしているのが分かった。


 男が何か手元に書き留めた。


 羞恥が来るかと思ったが、来なかった。来る前に、分析が先に終わってしまった。


 それから確認のために腕を強く握った。骨が軋む程度の力だったが、私の顔は動かなかった。男が少し眉をひそめた。もう一度、今度は親指で内側の腱を押す。私は特に表情を変えなかった。男が何か言いたそうな顔をして、それでも口を開かずに台の中央に私を押し出した。ローブは戻らなかった。


 高さは一メートルほどだろう。普段より少し高い位置から見ると、部屋の全体がよく見えた。


 視線が、上から下まで走る。


 首筋——汗で濡れて、灯りを反射している。鎖骨の窪み。腹——肋が浮いているのが今ははっきりと見えていた。腰骨の出っ張り。脚——細いが、膝の下に腱の筋が浮いている。足——裸足のまま、石畳の汚れが足の裏から甲にかけて乾いていた。台の板の感触が、外の石畳とは違った。冷たくなく、ざらつきが細かくて、足の指が自然に広がる。一日中、尖った石と熱を踏み続けてきた足の裏が、初めて柔らかいものの上にあった。


 私は自分が今どう見えているかを冷静に把握した。売り物として、悪くない状態ではないと思った。痩せているが腱は残っている。裸足が汚いのは、今日一日の証明だ。


 椅子に座った買い手たちが、思い思いの表情でこちらを観察している。値踏みの視線というのはこれほど分かりやすいものか、と他人事のように思った。百人は下らない買い手が集まっている。商人らしき肥えた人間、武装した傭兵、貴族然とした装いの者。様々な種族が混じり合っていて、この港町が多くの国から人を集めていることが分かった。


 司会の男が声を張り上げる。


「本日最後の出品です。猫獣人の少女、推定年齢十五から二十、健康状態は良好。特記事項――頬部に猫族の部族紋様あり」


 部族紋様という言葉に、場がざわついた。


 猫族の紋様は珍しいものらしい。私も自分の頬のそれが何を意味するのか、正確には分かっていない。ただ、この場にいる誰かには意味が分かるようで、前列に座っていた老齢の商人が隣の男に何か耳打ちするのが見えた。


「開始価格、三十万から」


 すぐに手が上がった。


 五十万。七十万。百万。声が重なって、部屋の温度が少し上がる気がした。


 競りが進む間、私は台の上で静止していた。動く理由がなかったし、動くことを求められてもいなかった。ただ見られていた。視線の方向と密度が、自分の身体のどこに集まっているかを教えてくれた。紋様。耳。脚の腱。足。何人かの視線が、特定の場所に長く留まっていた。見られることで自分の輪郭が明確になっていくような、奇妙な感覚があった。


 私は競りの進行を眺めながら、これが自分の値段だという実感を持てずにいた。数字が人間を表すという発想が、どうも体に馴染まない。知識として理解はできる。でも腑に落ちない。


 五百万を越えたあたりで、声の数が減り始めた。


 千万。千五百万。残っているのは三人ほどになった。前列の商人と、後列の武装した集団の代理人と、もう一人、部屋の端に立ったまま腕を組んでいる大柄な男だ。


 その男が気になっていた。


 椅子に座らずに壁際に立っているのは、この場では彼だけだった。体格が良すぎて椅子が合わないのかもしれないが、それ以上に、なんというか――場に溶け込む気がないように見えた。周囲が賑やかになるほど、彼だけが静かな場所に立っているような印象だ。肌は浅黒く、黒に近い茶色の短髪。顔の造りは野性的というより、はっきり言えば荒々しかった。


 ただ、目が静かだった。


 感情の読めない目だ、と思った。怒っているわけでも、欲しがっているわけでもない。ただ、見ている。私はその視線に気づいて、少しだけ警戒した。私を見ているのに、品定めをしている感じがしなかった。


 二千万。


 前列の商人が降りた。残りは二人。


 二千五百万。三千万。武装した集団の代理人と、壁際の男が交互に値を上げていく。代理人の方は表情が険しくなってきていた。上限が近いのかもしれない。


 代理人が三千五百万を告げた。


 壁際の男が、初めて口を開いた。


「一億」


 部屋が、止まった。


 比喩ではなく、本当に止まった。司会の男が何かを言いかけて黙り、代理人が数字を聞き直そうとして諦め、前列の商人が持っていた扇子を落とした。私は壁際の男を見た。男は腕を組んだまま、特に大きなことをした様子もなく突っ立っていた。


 一億という数字が何を意味するか、私には分かった。


 直前の入札の約三倍。競る気がないという意思表示だ。この場の誰もが、それを理解した。合理的な判断ではある。だが、なぜこの額をこの商品に出すのか——その理由が、私には分からなかった。


 司会の男が、震える声で告げる。


「……一億、いただきました。他にございますか」


 沈黙。


「落札です」


 場からざわめきが起き、すぐに収まった。誰も異議を唱えない。この金額に張り合える者がいないのだから、当然だった。



ーーー



 手続きを終えて外に出ると、港の風が頬に当たった。


 男は私の隣に立っていた。横に並ぶと、その大きさが改めて分かる。頭一つ以上違う。肩幅は私の倍近くあって、腕に走る筋の一本一本が、相応の鍛錬を積んでいることを示していた。竜族の獣人、だろうか。鱗は見えないが、全体の雰囲気がそれを示唆していた。


 男が私を見下ろす。


「名前は」


 短い問いだった。私は少し考えてから答えた。


「ありません」


「ない」


「記憶がないので。自分の名前も含めて」


 男は眉を動かさなかった。驚いた様子もなく、かといって不審がる様子もなく、ただ私の言葉を受け取った。それからひとつ息をついて、港の方に視線を向ける。


「ならつける」


 そう言って歩き出した。私は鉄の輪を鳴らしながら後をついた。


 波が桟橋を叩く音がする。男の背中を見ながら、私は先ほどの五億という数字を反芻した。合理的でない。この男が合理的でない行動をとる人間だとすれば、先が読めない。先が読めない相手というのは、扱いが難しい。


 けれど、あの目は。


 静かな目だと思った。危険な生き物の目ではなかった。少なくとも、私の知っている――知っていた、はずの――危険な目とは違う。


 桟橋の先に船が見えてきた。


 大きな船だった。私はその帆を見上げながら、これからの先を考えようとして、やめた。考えるには情報が少なすぎる。情報が少ないときは、集めることに専念した方がいい。


 それが私の癖らしかった。


 男が立ち止まって、船を指差す。


「乗れ」


 私は頷いた。タラップに足をかけると、甲板の上にいた数人の視線がこちらに向いた。その中に、緑の猫目をした黒髪の女がいた。


 女は私を見て、一瞬だけ何かを堪えるような顔をした。


 それがどんな感情なのか、私には分からなかった。

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