3-4.0815――双斧と海神
side ビリー
左舷を頼む、とダニエルが言った。
あたしは「はいよ」と返して、走り出した。
走りながら考える。左舷の船は右舷より少し遅れて来た。布陣を整えるために時間が必要だったのか、それとも右舷の様子を見てから動く予定だったのか。どちらにしても、こっちの船の中程を目指している。制圧よりも侵入だ。誰かを連れ出すつもりがある。
ま、分かってたことだけど。
左舷の縄が来た。あたしは双斧の片方でそれを叩いた。縄が切れた。もう一本来た。今度は両方の斧を使って、縦に割いた。
一人目が渡ってきた。
双斧は重い。重いから普通は疲れる。ただあたしの場合、持っていても持っていなくても、それほど違いがない。理由は自分でもよく分からないけど、昔からそうだった。グレンに「あんた化け物みたいね」と言われたことがある。あのコはそういう言い方をする人だった。褒め言葉だったのか悪口だったのか、今でも分からない。
左斧で一人目を払った。
二人目、三人目。まとめて来た。あたしは左に一歩出て、二人の間に入った。間合いを詰めると、双斧は使えない。代わりに柄で押した。体重を乗せると、大体の人間は吹き飛ぶ。
船の甲板が揺れた。波が来た。
あたしは足を踏ん張った。揺れの来る方向が、少し分かる。これも昔からだ。海神の加護、とダニエルは言う。海が教えてくれる、とあたしは思っている。今も波が来た方向と反対側に重心が流れて、自然に立っていた。
四人目が来た。槍だった。
槍は長い。双斧で受けると刃に負担がかかる。だからあたしは受けなかった。一歩横に出て、槍の軌道から外れながら右斧を引いた。柄の端で相手の手首を打った。槍が落ちた。
五人目が来た。六人目。
あたしは双斧を体の前に構えた。
海が動いた。
正確に言うと、波の音が変わった。あたしにしか分からない変化だったけど、確かにそうだった。海が力を貸してくれるとき、こういう変化がある。大きい波ではない。ただ足元の甲板が、少しだけ安定する。立っていやすくなる。余分な力が要らなくなる。
あたしは前に出た。
右斧で五人目の剣を弾いた。左斧で六人目の肩を打った。次の三人が来た。あたしは一瞬目を閉じた。
音で聞いた。
どこから来るか、どれだけの速さか、どの角度か。目を閉じると、全部が分かりやすくなる。これも海神の加護なのか別のものなのかは分からない。ただグレンは「気持ち悪い」と言っていた。今度は明らかに悪口だったと思う。
三人を止めた。
ーーー
0815ごろ、左舷の船の乗り込みが止まった。
人数が来なくなった。向こうも損耗が大きくなって慎重になっている。ベネディクトが左舷の指揮を引き受けたのが見えた。あたしは少し下がって息を整えた。
南側で、銃声が二回した。
エリカの銃だ、と分かった。狙撃じゃなくて、援護の距離から撃っている。エリカが援護に入るときは、誰かが危ないときだ。
あたしは南を向いた。
レベッカがいた。
まだ動いている。速い。でも、あたしには分かった。動きが少し違う。レベッカの戦い方はあたしが一番よく知っている。一緒にいた時間が一番長いから。あのコは左側に重心を置くとき、いつも右に流れる癖がある。今はその逆になっていた。左側を、庇っている。
甲板をダニエルが走っていた。
よかった、と思った。それから、でも遅いかも、とも思った。
あたしは双斧を持ち直した。左舷にまだ数人残っている。あたしがいなくてもベネディクトが片付けられる。でも早い方がいい。
「ちょっと行ってくるわね」
誰に言ったわけでもなかった。ただ言いたかっただけだ。
グレン、あんたがいたら一番早かったのに。
心の中でだけ言って、あたしは走り出した。




