3-3.0800――刀と銃
side ベネディクト
左舷に回り込んできた。
予測通りだった。右舷側が接舷と同時に、もう一隻が南から大きく弧を描いて左舷に寄せてくる。こちらの逃げ道を塞ぐ布陣だ。逃げないと分かっていなければ、理に適っている。
私は甲板の左舷側で待っていた。
敵船が距離を詰めてくる間、私は敵の動きを観察した。甲板に出ている人数、装備、隊形。前に出るのは盾を持った者だ。後ろに剣士がいる。さらに後ろに、動かない者が三名いた。指揮系統だ。あの三名を動かさない限り、この船の方針は変わらない。
0800。縄と鉤爪が飛んできた。
私は刀を抜いた。
最初の一人は縄を伝ってくるところを止めた。衝撃を刃に乗せるのではなく、流す。力を使わない。使う必要がない。体格で劣る分、接点を小さくして相手の重心を借りる。その方が長く動ける。
二人目が来た。三人目が来た。
刀を使いながら、私は観察を続けた。敵の目線が、甲板の奥——船内側——に向くことがある。目標の確認をしている。懸賞首は三名のはずだが、彼らはある一方向を特に意識していた。
右舷側ではない。
南だ。
レベッカだ、と私は判断した。三名の中でも、レベッカを最優先に捕縛するよう指示が出ているのかもしれない。理由は今は問わない。ただ、鋼爪がレベッカに特別な関心を持つ事情があるとすれば、記憶しておく価値がある。
刀を返した。四人目が来る前に後退して、距離を作った。
敵の後列で、指揮の三名のうち一人が動いた。指示を出している。方向は南だ。
「エリカ」と私は上を向いて言った。「右舷南側、指揮系統が動いた。レベッカ担当に人数を回す可能性がある」
「了解」と上から返ってきた。「見えてる」
短い返答だった。あの子は必要以上に言葉を使わない。それだけ今、集中しているということだ。
私は左舷に戻った。敵はまだ来る。一人ずつ、丁寧に止めながら、私は船内の扉を一度だけ見た。
扉は閉まっていた。
確認した。それだけでいい。
ーーー
side エリカ
監視塔から見ると、海戦は静かに見える。
音は届く。鉄が当たる音、縄が張る音、誰かが何かを叫ぶ声。でも全部、少し遠い。足元の甲板で起きていることが、別の国の出来事みたいに整理されて見える。あたしはそれが嫌いじゃなかった。上から見るのが好きだ、と言ったら皆に笑われたけど、本当のことだと思っている。
右舷はダニエルが抑えている。体格で押しているのが上から見ても分かる。左舷はベネディクトが刀で捌いている。二人とも問題ない。
あたしは全体を見ながら、照準を動かし続けた。
監視塔の仕事は二つある。全体の把握と、要所への介入だ。甲板の全員が忙しい間、俯瞰できるのはあたしだけだ。だから見る。見て、必要なところだけ撃つ。弾は有限で、撃てば位置が分かる。使い所を間違えない。ベネディクトにそう教わった。
0800ごろ、ベネディクトから声がかかった。
「右舷南側、指揮系統が動いた。レベッカ担当に人数を回す可能性がある」
「了解」とあたしは返した。「見えてる」
すでに見えていた。敵の後列で指揮の一人が動いて、南側に何かを指示した。南で動いているのはレベッカだ。照準をそちらに向けた。
レベッカが見えた。
速い。正確だ。一人で六人を相手にしながら、全員の動きを把握して対応している。銃で二人、残りは徒手か短刀で。動き回りながらも、どこかに逃げ場を確保し続けている。
それが、少し変わった。
気づいたのはほんの少しのことだった。レベッカの動きの中に、一瞬だけ、左側への重心移動が遅れる瞬間がある。一回だけならあたしも見逃した。でも二回目に同じ動きを見て、あたしは照準を止めた。
脇腹だ、と思った。
左の脇腹を無意識にかばっている。動きに出ている。本人は気づいているかもしれないし、気づいていないかもしれない。どちらにしても、あの動き方でいつまでも続けられるわけがない。
視線を右舷に戻したとき、ダニエルが甲板を横切って走っているのが見えた。
ダニエルが走る、というのはそれだけで意味がある。あの人は戦闘中に走らない。必要なときしか走らない。向かっているのは南の方向だ。
あたしは一発撃った。
レベッカに向かっていた敵の一人が、膝をついた。肩を撃った。殺していない。でも動けなくした。それで十分だ。
もう一発。もう一人が止まった。
ダニエルが間に合うように、あたしは時間を作った。
監視塔から見ると、甲板全体が見える。全員が何をしているかが分かる。誰が危ないかも、分かる。
でも今日は、上から見ていることが怖かった。




