3-1.敵情報と作戦会議
夕食の途中で、ベネディクトが立ち上がった。
食堂の会話が止まった。彼が立ち上がる、というのはそれだけで何かを意味するらしかった。私にはまだその文脈が分からなかったが、アンヌが箸を置いて背筋を伸ばしたので、それに倣った。
「明朝、敵船が来る」
短い報告だった。
「数は二隻。合わせておよそ百。目標はこの船と積み荷だが、」ベネディクトが一瞬だけ間を置いた。「可能であれば乗組員の捕縛も狙っている」
食堂の空気が変わった。緊張、というよりも、集中の切り替わりに近かった。怯えた顔は一つもなかった。
「接触予定時刻は0750。北北東の方角から」
「どこの船だ」とダニエルが聞いた。
「『鋼爪』です。三ヶ月前に我々が拿捕した船団の関係組織。報復の可能性が高い」
「狙いは」
「三名。私とダニエル、それとレベッカ」
レベッカが黙って頷いた。表情は変わらなかった。
「把握した」とダニエルが言った。「食事が終わったら会議室に集まれ。三十分後」
ーーー
会議室には海図が広げられていた。
乗組員の主要メンバーが囲んでいる。ダニエル、ベネディクト、レベッカ、アンヌ、エリカ、ビリー。私はその輪の端に立った。呼ばれたから来たが、自分がここにいていいのかどうかは分からなかった。
「配置を確認する」とダニエルが言って、海図を指した。
ベネディクトが説明を始めた。
「敵は南側から挟み込む形をとるはずです。二隻を左右に分けて、逃げ道を塞ぐ。我々の動きを把握していると仮定すれば、北への逃走を想定した布陣になる」
「逃げない」とダニエルが言った。「迎え撃つ」
「ええ。そのための配置案です」
ベネディクトが各人の役割を告げた。
ダニエルは右舷側の敵船に対応する。接舷戦が想定される。ベネディクト自身は情報収集と後方指揮、必要に応じて左舷に回る。レベッカは甲板の制圧担当。単独での行動範囲が広いため、状況に応じて動く。エリカは監視塔から全体の動きを把握し、援護と狙撃。ビリーは接舷後の白兵戦を担当。アンヌは武器と船体のダメージ管理。
「それとシェリー」
名前を呼ばれて、私は顔を上げた。
「医療待機。レオノーラと共に医務室を拠点にしてくれ。戦闘中に動けなくなった者が出た場合、すぐに対応できる態勢を作っておきたい」
「分かりました」
ダニエルが私を少しの間、見た。何かを確かめるような目だった。それから視線を海図に戻した。
「明朝、日の出と同時に全員配置につく。質問は」
エリカが手を挙げた。
「懸賞首三人のうち、捕縛が目標なら生かして連れていこうとするよね。接近の仕方が変わる?」
「変わる」とベネディクトが答えた。「乱戦よりも、特定の三名を孤立させる動きをとる可能性が高い。レベッカは特に注意を」
「分かった」
他に質問はなかった。
「以上だ」とダニエルが言った。「今夜は早く休め」
乗組員が散っていった。私も会議室を出ようとしたとき、レオノーラが後ろから並んできた。
「話しながら行きましょう」
ーーー
廊下を歩きながら、レオノーラが言った。
「明日の準備を一緒にしたいの。薬品と器具の確認。戦闘中は取りに行く時間がないから、全部手元に置いておく必要がある」
「分かりました。今夜やりますか」
「そうしましょう。あと」と彼女が続けた。「怖い?」
私は少し考えた。今日で三度目の問いだった。ダニエルに、ビリーに、そして今レオノーラに。
「怖くはないです。でも」
「でも?」
「自分が怖くないことが、少し不思議です」
レオノーラが私を見た。
「百人が来ると言っても、実感がないんです。明日この船が戦闘状態になるということが、頭では理解できているのに、身体が何も反応していない」
「それはあなたが経験者だからよ」とレオノーラが静かに言った。
「経験者」
「戦場か、それに近い場所にいたことがある人間の反応ね。初めての戦闘前は、誰でも怖がる。怖がらないとしたら、それが日常だったことがあるということ」
私は廊下を歩きながら、その言葉を処理した。
戦場。それが日常だったことがある。
自分の過去に、そういう時期があったのかもしれない。記憶はない。でも身体は知っている。明日何が起きるかを、この身体はすでに知っている。だから怖がっていない。
「レオノーラさん」
「何?」
「私は明日、役に立てますか」
レオノーラが少し立ち止まった。振り返って、私を見た。
「医務室で待機しているだけで、十分役に立つわ」
「それは分かっています。そうではなくて」
私は言葉を探した。
「誰かが来たとき、私は何ができるか、ということです。手術が必要な状態の人間が来ても、私に何かできるか。昨日の傷口の処置とは違う。もっと深刻な状態の人間が来たとき」
「できるかどうか、心配?」
「心配、というより、確かめたい」
レオノーラが小さく息をついた。それから歩き出した。
「明日になれば分かるわ」と彼女は言った。「あなたの手は知っているから。あなたの頭が追いつかなくても、手が先に動く。それが分かってる人間の言い方よ、昨日から」
私は頷いた。
医務室の扉が見えてきた。中の棚には、昨日私が整理した薬品が並んでいる。
手が知っている。
それが明日の自分を信頼する、唯一の根拠だった。




