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19.実力行使で排除します

 

 憲兵隊の詰め所。


 本来、あんまり積極的には近づきたくないタイプの施設なのだが――俺とニコは、そのすぐ前をふたりでひっつきながら歩いていた。

 途中、脈絡なく立ち止まったニコが、俺の肩をバシンと思いきり叩く。痛ってぇ!


「やだー、もう。マオったら、エッチなんだから!」


 ……そういう感じじゃなくて、もうちょっと色気ある感じでお願いしたかったんだけど……。

 とか思いつつも俺は気を取り直し、でかい声で返す。


「ナッハッハ。そうさ俺は大層なエッチ野郎なのさ!」

「もう! 超エッチね!」


 あまりに中身の無い会話を繰り広げる俺たちを目にして、「子どもは見ちゃいけません!」とか言いながら慌てて通り過ぎる母親と子ども。教育に悪いのは事実なので文句は言うまい。


「いっつも大量の女に手を出して、そろそろ刺されるわよ? アナタ」

「フッ、そのときはそのときさ。モテる男ってのは辛いもんだぜ!」


 そのときである。

 向こう道の角から姿を現した長身の男が、俺に向かってずかずかと歩み寄ってきた。

 ……無論、そいつはヴェイン。これも予定通りである。


「いったい――何をやっているんですか!」


 俺とニコの猿芝居が恥ずかしくなるほど、凄まじい気迫で近づいてくるヴェイン。

 何だ何だ、と騒ぎを聞きつけた近所の住人までも集まってくる。……さすがだぜ、ヴェイン。


 俺はそんな彼の演技力に負けないよう、全力の悪人面で応じる。


「アーン? テメェは確か……ニコの元カレじゃねーの!」

「……ッ!」


 元カレ、という言葉に過剰に反応したかの如く、さらに目つきを険しくするヴェイン。

 俺はニコの肩を抱き、さらに演技に熱を入れる。ニコがうざったそうに「チッ」とか舌打ちしてるのがちょっと怖いけど。


「今さら何だァ? コイツを返してくれってかァ?」


 尋常で無い俺たちの様子に、周囲にざわめきが広がっていく。


「何だ何だ? 喧嘩か?」

「痴情のもつれかしら。嫌だわ、こんな街中で……」


 大人たちが醸し出す雰囲気に呑まれたのか赤子がわんわんと泣き出す。

 さすがに異常を感知したのか、憲兵隊の詰め所からも二人の憲兵が出てきた。


「ちょっと君たち! こんなところで何をやってるんだ!」


 よし、予定通り。

 憲兵の顔をちらっと確認しつつ、俺は胸中でほくそ笑む。


 シナリオは――こうだった。

 俺とヴェインが、ニコの奪い合いを演ずる。

 それはもう道ばたで繰り返すのが許され無いレベルの乱痴気騒ぎを繰り広げてやるのだ。

 そうすれば恐らく、俺かヴェインのどちらか、あるいはどちらも、逮捕されるだろう。しかしそれこそが俺の目的だった。


 憲兵隊によって捕らえられた"八架連"(仮)は、詰め所の地下にある牢に入れられているはずだ。

 そいつが誰なのか確認さえできればミッション達成。

 場合によっちゃ、エランには長居できなくなるかもしれないが……そのときはそのときである。他に冒険者としてレベルアップできる街はいくらでもあるだろうし。


 俺は憲兵の存在を無視し、ヴェインを下から舐め上げるように見つめながら怒鳴りつける。


「俺は容赦しヌェエぞ! ニコは俺の女じゃあア! お前なんかに渡さヌェエエっつーの!」

「この赤毛の少年、なんてすごい巻き舌だ。素人に出来るレベルじゃないぞ」

「ああ。相当な手練だな」


 俺の鍛え上げた見事な巻き舌を前に息を呑み込む憲兵たち。

 ふふ、どうだどうだ。もうしばらく放置するといよいよ乱闘しちゃうぜ?

 なんて密かにワクワクしていたら、しばらく沈黙していたヴェインがようやく口を開く。


「…………マオ様。先ほどから何を仰ってるんですか?」


 ……ん?

 何やら台本と違うことをヴェインが言い出したので、俺は一瞬固まってしまう。

 しかしヴェインは疑問に満ちた俺の目線などお構いなしに、ドラマティックに両手を広げながら、切なげに言い放った。


「忘れたのですか? あの夜のことを……私はあの日のことを、片時も忘れたことはないというのに……!」

「はい!?」


 ちょい待て。……何言っちゃってんのコイツ!?


「……ん? 流れが変わってきたな」

「しばらく様子を見よう」


 しまった。憲兵隊が様子見の姿勢に入ってしまった。

 俺は周囲に聞こえないよう注意しながら、大慌てでヴェインに向かって言う。


「(こらヴェイン! お前、いい加減台本通りに――)」

「そんな女……ニコ、でしたっけ? そんな頭パッパラパーな娘のことはどうでも良いのです」

「(パッパラパーとか言うな! コイツを奪い合う設定だろうが!)」

「早く私の元に戻ってきてください、マオ様。あなたさえ居れば、私はもう他のものなど――何もいらない!」


 とんでもない決め顔で、そう告げるヴェイン。

 俺たちの様子を取り囲むようにして見守っていた男女――老若男女問わず――が、「キャーッ!」とか叫んで卒倒している。


「どういうことなの!? あの赤髪の男の子と銀髪の美形が、ただならぬ仲ってコト!?」

「そうか……自分の気持ちに素直になれない少年は、別の女の子を好きな振りをして……」

「嗚呼、もどかしい恋! でもでもっ、私は白銀の騎士様を応援しますッ!」


 観衆まですっかり味方につけたヴェインはグングン調子に乗り、


「さあ、そんなちんちくりんの手は振りほどきッ、私のところに戻ってきてください!」


 とまで言ってきた。ちんちくりんて。


「ちょっと待ちなさーい!」


 もはや言葉さえ失くしていた俺だったが……そこでニコが声を張り上げた。

 おお、と俺は軽い感動さえ覚える。ヴェインがめちゃくちゃにした話の流れを、ニコが取り戻してくれる……! パッパラパーでちんちくりんの中二病娘が……!


「マオはね、そいつは――私の下僕みたいなモノなのよ! 簡単には譲れないわ!」


 ぜんぜん違ったよ。俺の感動を返せ。


「何故なら、私とマオは既に一線を越えているのよ。アナタの豊かな想像力さえ及ばないほどにねっ!」

「な、何ですって……?」


 だいぶ収拾のつかない方向に話が進んでるんだけどコレは大丈夫ですか? 分かってます、大丈夫じゃないな。

 見れば周囲の観衆は手に汗握ってヴェインとニコの遣り取りを見つめている。憲兵のお兄さんたちも、すっかり昼ドラを視聴する主婦みたいな顔つきである。


「お、おいお前らそのへんで……」

「それはどういうことですか。どういうことか訊いていますニコ! 答えなさいッ!」

「だーれが素直に答えてやるモンですか。でも私はやさしいからヒントくらいはあげちゃうわ。あのね、マオは私に土下座して頼み込んできたの。「ああ、どうか、高貴なるニコ様の下僕として、自分を飼ってください」――ってね。……その証に」


 ニコはちっちと顔の前で指を振ってみせてから、脇に立つ俺の首元の襟を、思いきり引っ張ってきた。

 ぐえぇ! 絞まる……ッ!


「マオの首元についているこのチョーカー。……これは、御主人様(ワタシ)が与えた首輪なのよ!」

「!」


 くわっと目を見開くヴェイン。

 ……いや、俺が去年に行商人から買ったアクセサリーですけど!


「そういうわけでアナタの勝ち目はゼロ。……たった一度きりの過ちなんかで、勝ち誇るのはやめてもらえるかしら?」


 とか言いながら二ヤついているニコ。

 お前は単にこの状況をめちゃくちゃ面白がってるよな。な!

 ……だがヴェインはニヨニヨしているニコに気づいているのかいないのか、悔しそうに歯噛みし、震える拳を握っている。


「……なるほど、話は分かりました。それでは……」

「それでは、何よ」


 ふふん、と勝ち誇った笑みでヴェインを見るニコ。

 しかし次に、ギラついた目つきと共に彼が放った一言に――俺とニコは、同時に凍りつくことになる。


「……実力行使で、排除させていただきます」


「「…………え?」」


 ……実力?

 呆然とする俺たちに構わず、ヴェインは力ある言葉を唱え始める。


「――風よ、すべての因果を呑み込み鉄槌の嵐となれ」

「……ちょっ、ちょちょちょっと、待ってよ! 元素への呼びかけって、それってまさか、超常魔法の詠唱――」


 すっかり青ざめた顔をしたニコの叫び声に、事態を察した観衆たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う。

 超常魔法……それは、この世に七種類存在するとされる魔法だ。

 つまり七大元素それぞれの、最大レベルの魔法のことを指す。

 使える人数はかなり限られており、この内の一つが使える人間を軍に置けば、一夜どころか数秒にして一つの城を落とすとさえ言われる。――そういう、危険度マックスの代物である。


 そんなモノを、ヴェインはこんな街中で放とうとしているのだ。


「は、早まるなヴェイン! やめろ! それはシャレにならない!」

「万象を平らげ、今ここにその隔絶の意志を巻き起こせ」


 ……ヤバい。聞こえてないぞ。

 ヴェインを中心として浮かび上がった緑色の陣。そこを起点として爆風が起こり、周囲の建物はガタガタと強く軋んでいるし、すぐ傍に立つ俺は目も開けられないくらいだ。


 あとほんの数秒で魔法は発動するかと思われた。

 しかしその瞬間、


「待て! お前を――逮捕するッ!」


 そんな勇ましい憲兵隊の声が、混乱したその場に響く。

 さすがに我を取り戻したのか、ヴェインの詠唱がぴたりと止まる。


「む……、」


 それと同時に、彼を中心として吹いていた凄まじい風の勢いも止んだ。

 そのタイミングを見計らって、憲兵たちが走り寄ってくる。


 俺は再びの感動を覚えていた。

 あの迫力のヴェインにも怯まず、街の平和のために制止するとは……なんて立派な憲兵さんたちなんだ。騙そうとしてたのも申し訳ないくらいだ。


 そして凛々しい顔つきの憲兵が、言い放つ。


「罪状は――『罪作りすぎるので、ちゃんと本命を選びなさいの罪』であるッ!」


 そうして俺は、彼らによって両脇をがっちりと挟まれたとさ。


 ……いや、俺かよ!



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