20.殺人罪です
そうして俺は憲兵隊の詰め所――その地下にある牢に、ひとり放り込まれることとなった。
「ほら、入りなさい。ここでしばらく、愛というものについて考えるといい」
「あ、はい。ども……」
どんな説教だよ、と思いつつ、一応予定通りの状況ではあるので逆らわず、導かれるまま牢の中に入る。
地下は埃っぽいしジメジメしているしで、俺はさっそく「うげー」と思っていたが、牢の鍵を閉めると憲兵のお兄さんはさっさと階段で地上に戻っていってしまった。
……特に見張りもしないのか。随分緩いな。
まぁ、それはそれで有り難いか。
俺は目を凝らし、牢屋内をくまなくチェックしてみるが、めぼしいものは何もない。
というか、何も置いてなかった。冷たい床と、鉄格子と、窓のない壁。ただそれだけの空間だ。
「マジか……」
思っていた以上に悲惨な待遇だった。
まぁ、俺はどちらにせよ、一日程度でここからは出されるだろうけど……。
頭を掻きつつ、鉄格子を背にしてどっかりと座り込む。
――さて、"八架連"と噂されるその人物はどこに居るのだろう?
とりあえず、きょろきょろと見回してみる。
だが地下には一切の光源がないので、暗すぎて何も見えない。
入ってきたときに、牢が三つ並んでいるのだけは確認できたのだが……。
光魔法で牢屋内を照らしたほうが早いかな?
「あ、あのぅ……」
「っ!?」
そのとき、暗がりから――急に誰かの声が響く。
びびって身動ぎした拍子に、ガシャンッ! と背後の鉄格子が大きく揺れた。
薄闇の中、声の主らしきその人物が「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさいごめんなさーいっ! 驚かせるつもりではなくて! ただここにあたしが来てから別の方が牢に入れられたのは初めてでっ! 物珍しさというか人恋しさというか、そういうアレコレで話しかけちゃっただけでして……!」
「え、あ、そうなん……だ」
……甲高い女性の声だ。
俺は服の上から心臓を抑えつつ、「じゃあ」と声がする方向に言葉を放つ。
部屋の突き当たりの牢に向かって。
「もしかしてアンタが……"八架連"だって噂されてる……?」
「は、はっかれん……。……いえいえいえ?! 違いますあたし、ただのしがない冒険者です! 魔族の方でもないですッ!」
「…………」
ものすごくビックリしているようだ。
それにその上擦ったような声にも、俺はまったく聞き覚えがない。
思った通り、やはりこの逮捕されている人物は、ガル魔国の魔王軍幹部"八架連"とは一切関係なさそうだ。何かほっとしたような残念なような、微妙な気持ち……。
「……アンタ、名前は?」
そう訊いてから、つけ加える。
「それと俺はマオ。スフ出身の新米冒険者だ」
「ま、マオさん、ですね。どうも……こんにちは」
「こんにちは」
今さら? と思いつつそう答える。
すると数秒、躊躇ったような沈黙を挟んでから、
「あ、あたし……あたし、シスカといいます。よろしくお願いします。出身はえっと、ミクゥリという名前の村です」
と、ぼそぼそとした声で返してくれた。
「ミクゥリ? 聞いたことないな」
「あ、ミクゥリはここから大分遠くて……王国の南端にある小さな村なんです。すごく暑くて、でも海がきれいなところです」
「へぇ」
「マオさんの出身のスフは、クルクの先にある……?」
「そうそう。すげぇ田舎村でさ。山と森に囲まれてて、あとは――畑ばっかだな」
「ふふっ……ミクゥリも、果樹だらけの田舎村ですよ」
話しているうちに緊張が解けてきたのか、笑い声まで聞こえてくる。
しばらくそんな風に、何気ない会話をしてから、
「……なぁ。何でアンタ、逮捕されたんだ?」
俺はすっかり警戒を解いて、そう訊いた。
こうなったら、もう、ここから出られるまで俺はただの暇人だ。
このシスカ以外に捕まってるお仲間はいなさそうだし、時間つぶしに件の人物と呑気に世間話を交わすのも悪くはないだろう。
それに俺は少しばかり気になっていた。
エランの街で聞き込み調査を行ったとき、この件について、ろくな情報は手に入らなかった。
誰が逮捕されたのか? どんな罪を犯したのか? 被害者は誰なのか? ……何一つとして明らかにならなかったのだ。
これは明らかに異常なことだろう。つまり、犯行の目撃者さえ見当たらないということなんだから。
――『何やら思っていた以上にきな臭いかもしれません。どうやらギルド内でも箝口令が敷かれているようです』
なんて風にもヴェインは言っていたし。
しかしこうして言葉を交わしていても、隣の隣の牢に収容されているシスカは気が弱そうなふつうの女の子という印象で、とても大それた罪を犯したようには感じられない。
というわけで興味本位に、当の本人から情報収集してみようと思い立ったわけである。
「そ、それは……」
俺に問いかけられたシスカは、しばらく言い淀んでいた。
しかしやがて、静かな空間には「ごくり」と唾を呑み込んだ音が響く。
それは彼女が、覚悟を決めたことを示していた。
「…………じんです」
「えっ? なになに?」
声が掠れていて、よく聞き取れなかった。
俺は鉄格子に寄りつつ、耳を澄ませる。
「殺人罪です」
……………………さッ
+ + +
クルクと異なり、エランの街中にはいくつも食堂や食事処がある。
お昼時ということもありどこも混んでいたが、その中でも比較的空いていた喫茶店にてヴェインとニコは食事を取っていた。
サンドイッチにスープ。それにフライドポテトのセット。
新鮮な野菜が採れるので有名なセヴィレト王国なので、まず基本的に生野菜を使う料理にも間違いがない。というわけで、全部とても美味しい。
お値段の方もランチ一食で五百レク。なかなか手頃な価格である。
ふたりは窓際の席に座って、無言で食事を取っていた。
小洒落た店内はほぼ女性客のみだったのだが、その八割方の視線はニコの向かいのヴェインへと熱く注がれていたりする。
居心地の悪さを感じつつサンドイッチをもぐもぐしていたニコは、顔を上げてヴェインに話しかけた。
「ヴェイン、本当にこれで良かったの?」
「何がですか」
「何がですか、じゃないわよ。マオ捕まっちゃったじゃない」
「? 予定通りでしょう」
む……とニコは閉口する。
ニコ的には、いつでも「マオ様大好きオーラ」を出しているヴェインは、てっきり自分も地下についていくとか無茶なことを言い出すんじゃないかと思っていたのだ。
それが、憲兵隊の詰め所前で「お腹空いた」と呟けば「何か食べましょうか」とあっさり移動するものだからニコは少なからず驚いていた。
「マオのこと心配じゃないの? 今頃牢屋の中で、心細くて泣いてるかもよ?」
ニコは明らかに挑発の意図を含んで、そう言ってやった。
ヴェインは純白のスープカップをコトリと受け皿に戻す。
そしてようやく、口を開く。
「まぁ、ニコはまだマオ様に出会ったばかりで、あの方のことをよく理解していないでしょうが……」
「何よ、マウント取ってくるわね。何が言いたいワケ?」
ヴェインはその美しい翡翠色の瞳で、窓の外の景色を見つめつつ言う。
「マオ様のことなので……牢屋の中でも静かにはしていないと思います。きっとそのうち、厄介事を運んできますよ」
口元に微笑を湛えつつの言葉だった。
その微笑みを目撃したのだろう店内の女性客たちが、揃って悶絶したりする光景を背景に……ニコは目を眇める。
「それ……勘?」
「いえ、単なる経験談ですね」
「フーン……」
「その時はおそらく、あなたも付き合わされますよ。覚悟しておきなさい」
ふたりは同じタイミングで、お茶を啜る。
丸いテーブルには、日の光が柔らかく射していた。




