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高校中退で引きこもりだった私を、みなとみらいのエリートが急かさず溺愛してくれました  作者: ちょこまろ


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9/11

第9話 観覧車の見える夜、彼は好きだと言った

みなとみらいの夜を彩る、大きな観覧車。


優実にとって、それはずっと自分とは関係のない場所にあるものでした。


けれど今夜、佐伯さんと一緒に、その光を見上げることになります。


少しずつ変わってきた二人の距離。


言葉にできなかった想い。


そして、佐伯さんが彼女に伝えたかった本当の気持ち。


優実は、その想いを受け止められるのでしょうか。

 水色のマグカップを買ってから、私は朝に白湯を飲むようになった。


 そのカップを使うたびに、赤レンガ倉庫まで歩いた日のことを思い出す。

 怖かった。

 でも、行けた。


 その事実は、思っていた以上に私を支えてくれた。


 もちろん、まだ通勤中のマスクは外せない。

 駅の人混みは怖い。

 電車の中で笑い声が聞こえると、体が固まることもある。


 でも、以前の私は怖さに飲み込まれるだけだった。

 今は違う。


 怖い。

 でも、私は赤レンガ倉庫まで行けた。


 そう思えるようになった。


 ある夜、佐伯さんが言った。


「今日は、観覧車の見える場所まで行きませんか」


 コスモクロック21。


 みなとみらいの夜を象徴する、大きな観覧車。

 カフェの窓からも、遠くに見えることがある。光がゆっくり回るのを見るたびに、私は自分とは関係のない世界だと思っていた。


 でも今は、少しだけ行ってみたいと思った。


「乗るんですか」

「いえ。今日は見上げるだけにしましょう」

「見上げるだけ」

「はい。森川さんには、その方が合っている気がします」


 なぜか、その言葉が嬉しかった。


 無理に特別なことをしなくていい。

 乗らなくてもいい。

 ただ、見上げるだけでいい。


 私たちは夜のみなとみらいを歩いた。


 街の灯りが水面に映っている。

 ビルの窓には、まだ働いている人の明かりが点いていた。

 遠くで観覧車が、色を変えながらゆっくり回っている。


 人は多かったけれど、昼間ほどではない。

 私はマスクをつけたまま、佐伯さんの隣を歩いた。


 観覧車の見える場所で、私たちは立ち止まった。


「綺麗ですね」


 思わず、そう言っていた。


「はい」


 佐伯さんの声が、隣でやわらかく響く。


 私は観覧車を見上げた。


 高校をやめた時、もう自分の人生に綺麗な景色は必要ないと思っていた。

 人に笑われないように。

 傷つかないように。

 失敗しないように。


 ただ隠れて生きていけばいいと思っていた。


 でも今、私はここにいる。


 みなとみらいの夜景の中に。

 佐伯さんの隣に。


 風が吹いた。

 マスクの内側が少し蒸れて、息苦しくなる。


 私はバッグの紐を握った。


 外してみたい。


 そう思った。


 人混みの中では無理。

 駅でも無理。

 電車でも、まだ絶対に無理。


 でも、今。

 この人の隣でなら。


 私はゆっくりマスクのゴムに指をかけた。


 佐伯さんが、何も言わずに少しだけ視線を外した。

 見ないでいてくれた。


 その優しさに、胸がいっぱいになる。


 私は、マスクを外した。


 夜の海風が、頬に触れた。


 冷たい。

 でも、痛くない。


 私は小さく息を吸った。


「寒くないですか」


 佐伯さんが、静かに言った。


 私は思わず笑った。


「そこなんですね」

「え?」

「マスクを外したことじゃなくて、寒くないかなんですね」


 佐伯さんは、少し考えてから言った。


「大事なので」

「何がですか」

「森川さんが寒くないかどうかが」


 胸の奥が、どうしようもなく温かくなった。


 この人は、私がマスクを外したことを大げさに褒めない。

 奇跡みたいに扱わない。

 ただ、私が寒くないかを心配してくれる。


 それが、たまらなく嬉しかった。


「森川さん」

「はい」


 佐伯さんの声が、少し変わった。

 いつもより緊張しているように聞こえた。


「話したいことがあります」

「……はい」


 観覧車の光が、ゆっくり色を変える。


 佐伯さんは、一度だけ夜空を見上げてから、私を見た。


「僕は、森川さんをかわいそうだと思って近づいたわけじゃありません」

「……」

「守りたいと思ったのは本当です。でも、それだけじゃないです」


 心臓が、強く鳴った。


「僕は、森川優実さんが好きです」


 息が止まった。


 好き。


 その言葉が、夜の空気の中でまっすぐ届いた。


「君が強くなったから好きになったんじゃありません」

「……」

「怖いのに毎朝ここへ来るところも、できないことを悔しがるところも、少し笑うだけで空気をやわらかくするところも、全部大切にしたいと思いました」


 涙が滲んだ。


「急いで答えをくださいとは言いません」

「佐伯さん」

「ただ、勘違いさせたくなかったんです」


 佐伯さんは、私から目を逸らさなかった。


「僕は、君に優しくしたいだけじゃありません。君を大切にしたいんです」

「……」

「君が怖いままでも、マスクを外せない日があっても、僕は隣にいたいです」


 私はすぐに答えられなかった。


 嬉しい。

 嬉しいのに、怖い。


 好きと言われることが、こんなに怖いなんて知らなかった。


 期待してしまう。

 信じたくなる。

 でも、信じて傷つくのが怖い。


 私は震える声で言った。


「少し、時間をください」

「はい」

「嫌なんじゃないです」

「分かっています」

「私、嬉しいです。でも、怖くて」

「はい」


 佐伯さんは、少しだけ微笑んだ。


「待ちます」

「……」

「急がせないって、最初に決めていますから」


 その言葉で、涙がこぼれた。


 私は慌ててマスクを戻そうとした。

 けれど、佐伯さんはハンカチを差し出しただけだった。


「使ってください」

「ありがとうございます」


 マスクを外した頬に、涙と海風が触れる。


 怖い。

 でも、逃げたくない。


 私は観覧車を見上げながら、そう思った。

好きだと言われることが、こんなにも嬉しくて、同時に怖いものだなんて。


優実はまだ、自分が愛されることに慣れていません。


けれど、佐伯さんは答えを急がせませんでした。


彼女の気持ちが追いつくまで、待ってくれる。


次回、優実が自分自身の言葉で想いを伝えます。

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