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高校中退で引きこもりだった私を、みなとみらいのエリートが急かさず溺愛してくれました  作者: ちょこまろ


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8/11

第8話 もう一度、赤レンガへ

一度は途中で引き返してしまった赤レンガ倉庫。


優実は、もう一度そこへ行きたいと、自分から佐伯さんに伝えます。


また怖くなるかもしれない。


また途中で戻るかもしれない。


それでも、今度は自分の意思で歩いてみたい。


そんな彼女を、佐伯さんはいつものように急かさず見守ります。


そして、以前は眺めるだけだった水色のマグカップにも、小さな変化が訪れます。

 私は、自分から佐伯さんにメッセージを送った。


『赤レンガ倉庫に、もう一度行ってみたいです』


 送ってから、すぐに後悔しそうになった。


 無理かもしれない。

 また途中で怖くなるかもしれない。

 迷惑をかけるかもしれない。


 けれど、返事はすぐに来た。


『行きましょう。森川さんのペースで』


 その一文を見た時、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。


 森川さんのペースで。


 私はずっと、人のペースに合わせられない自分が嫌いだった。

 学校でも、社会でも、みんなと同じようにできないことが恥ずかしかった。


 でも、佐伯さんは私の速度を否定しない。


 土曜日の夕方、私たちは再び赤レンガ倉庫へ向かった。


 前回と同じように、人は多かった。

 観光客の笑い声。

 写真を撮る人。

 カップル。

 子ども連れの家族。


 胸は苦しい。

 でも、前回とは少し違った。


 怖くなったら戻れる。

 佐伯さんがそう言ってくれる。

 そして、私自身も「戻りたい」と言える。


 それを知っているだけで、足が少しだけ前に出た。


「森川さん」

「はい」

「今、どのくらい怖いですか」

「……十段階で言うと、七くらいです」

「高いですね」

「はい」

「戻りますか」

「まだ、行きたいです」


 自分でそう言えた。


 佐伯さんは頷いた。


「分かりました」


 私たちは歩いた。


 赤レンガ倉庫が近づく。

 前回、足が止まった場所を通る。


 心臓が速くなる。

 呼吸が浅くなる。


 でも、今日は止まらなかった。


 佐伯さんは何も言わなかった。

 頑張れとも、あと少しとも言わなかった。


 ただ、隣にいた。


 それだけで、私は歩けた。


 赤レンガ倉庫の建物の前に立った時、私は何も言えなかった。


 来た。


 本当に、ここまで来た。


 たったそれだけなのに、涙が出そうだった。


「森川さん」

「はい」

「着きましたね」


 佐伯さんの声は、少し嬉しそうだった。


 私は小さく頷いた。


「私、ここに来たことがあるって、言ってもいいんでしょうか」

「もちろんです」

「でも、怖かったです」

「怖くても来たなら、それは来たってことです」


 その言葉に、私は笑った。


 マスク越しだったけれど、ちゃんと笑えた。


 赤レンガ倉庫の前で、私たちは少しだけ立っていた。

 中には入らなかった。

 人が多すぎて、まだ無理だと思ったから。


 でも、それでよかった。


 私はここまで来た。

 それだけで、今日の私は十分だった。


 帰り道、佐伯さんが言った。


「水色のマグカップ、覚えていますか」

「え?」

「クイーンズスクエアで見ていたものです」

「あ……はい」

「帰りに、見に行きませんか。買わなくてもいいので」


 私は少し迷った。


 赤レンガ倉庫まで行けたあとに、さらに店に入るのは怖い。

 でも、あの水色のカップは少し気になっていた。


「見るだけなら」

「はい。見るだけで」


 クイーンズスクエアに戻り、雑貨店の前に立つ。

 前は外から眺めるだけだった。

 今日は、佐伯さんが扉を開けてくれた。


 私は一歩、店の中に入った。


 明るい照明。

 並んだ食器。

 香りのするキャンドル。

 柔らかい音楽。


 少し怖い。

 でも、綺麗だった。


 水色のマグカップは、まだそこにあった。


「これですか」

「はい」


 私は手に取った。

 海みたいな色だった。

 臨港パークで見た夕方の海に似ていた。


「買います」

「いいんですか」

「はい。今日、赤レンガまで行けたので」


 自分へのご褒美。

 そういう言葉を、私は長い間忘れていた。


 レジで支払いをする時、手は少し震えた。

 でも、自分で買えた。


 店を出ると、佐伯さんが言った。


「似合います」

「また、それ言うんですか」

「本当に思っているので」


 頬が熱くなる。


 マスクがあってよかった。

 けれど、少しだけ、マスクが邪魔だと思った。


 佐伯さんに、今の顔を見られてもいいような気がしたから。


 ほんの少しだけ。

誰かに連れていってもらうのではなく、自分から行きたいと伝える。


それは、優実にとって大きな変化でした。


水色のマグカップには、これから先も彼女の小さな勇気が詰まっていくことでしょう。


そして次回、みなとみらいの夜景の下で、二人の関係が大きく動きます。

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