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高校中退で引きこもりだった私を、みなとみらいのエリートが急かさず溺愛してくれました  作者: ちょこまろ


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7/11

第7話 マスクの下の本音

佐伯さんに会える朝が、少しずつ楽しみになっていた優実。


けれど、彼は大手IT企業で働くエリート。


自分とは住む世界が違う人だと思っていました。


そんなある日、佐伯さんが美しい女性と親しげに話している姿を目にします。


胸が苦しい。


どうして、こんなに気になるのだろう。


自分の気持ちを認めることさえ怖い優実に、佐伯さんが思いがけない言葉を告げます。

 佐伯さんのことを考える時間が増えていた。


 朝、カフェに来るかどうか。

 今日はどんな顔をしているか。

 コーヒーを渡す時、目が合うか。


 そんなことばかり考えている自分に気づいて、私は何度も首を振った。


 だめだ。

 勘違いしてはいけない。


 佐伯さんは優しい。

 私を助けてくれた。

 寄り道に連れていってくれた。

 臨港パークにも、クイーンズスクエアにも、赤レンガ倉庫の近くにも。


 でも、それは恋愛とは限らない。


 私が危なっかしいから。

 かわいそうだから。

 放っておけないから。


 そういう理由かもしれない。


 だって、佐伯さんは私とは違う。


 二十五歳で、みなとみらいのオフィスで働くエリート。

 頭が良くて、落ち着いていて、きっと周りからも頼られている人。


 私は、高校中退で、三年間引きこもって、ようやくアルバイトを一年続けられた人間だ。


 同じ景色の中に立っていても、住んでいる世界が違う。


 そう自分に言い聞かせていた。


 けれど、その日の昼、胸の奥が小さく痛む出来事があった。


「佐伯くん、ここだったんだ」


 カフェに入ってきた女性が、佐伯さんを見つけて笑った。

 綺麗な人だった。年齢は佐伯さんと同じくらい。スーツ姿がよく似合っていて、明るい色の口紅が華やかだった。


 佐伯さんは少し驚いた顔をした。


「小野寺さん」

「打ち合わせ前にコーヒー買おうと思って。佐伯くん、いつもここ寄ってるよね」

「会社から近いので」


 親しげな会話だった。


 私はレジの前で、胸がきゅっと縮むのを感じた。


 同僚。

 きっと、同じ会社の人。

 佐伯さんと同じ世界の人。


「おすすめある?」

「ホットコーヒーです」

「それ佐伯くんが毎日飲んでるやつでしょ」


 女性が笑う。

 佐伯さんも、少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、私は目を伏せた。


 私には向けられない種類の笑顔に見えた。


 注文を受け、コーヒーを渡す。

 女性は私に明るく言った。


「ありがとうございます」


 悪い人ではない。

 むしろ感じのいい人だ。


 だから余計に、胸が痛かった。


 その日のバイトは、うまく笑えなかった。


 夕方、佐伯さんからメッセージが来た。


『今日、歩けますか』


 私は画面を見つめた。


 会いたい。

 でも、会うのが怖い。


 勘違いしていた自分が恥ずかしかった。

 佐伯さんの優しさを、特別なものだと思いかけていた自分が情けなかった。


『今日は、すみません。まっすぐ帰ります』


 送信したあと、胸が痛んだ。


 店を出て、駅へ向かう。

 マスクをつけて、下を向く。


 人混みに紛れれば、自分の気持ちも消えると思った。


 けれど、改札の手前で名前を呼ばれた。


「森川さん」


 振り向くと、佐伯さんがいた。

 少し息が上がっている。


「すみません。待ち伏せみたいになって」

「いえ」

「何か、僕が嫌なことをしましたか」


 真っ直ぐに聞かれて、私は言葉に詰まった。


「違います」

「じゃあ、体調が悪いですか」

「それも、違います」

「なら、教えてください」


 佐伯さんの声は静かだった。

 でも、逃げてほしくないという気持ちが伝わってきた。


 私はバッグの紐を握った。


「私、勘違いしそうになって」

「勘違い?」

「佐伯さんが優しくしてくれるのを、特別だと思いそうになって」

「……」

「でも、今日、会社の方と話しているのを見て、やっぱり違う世界の人なんだなって。私みたいな人が、勝手に」


 そこまで言った時、佐伯さんが少し強い声で言った。


「森川さん」


 私はびくっとした。


 佐伯さんは、すぐに声をやわらげた。


「すみません。驚かせました」

「いえ」

「でも、それは違います」


 佐伯さんは、私をまっすぐ見た。


「僕は、誰にでもこうしているわけじゃありません」


 心臓が、音を立てた。


「え……」

「小野寺さんは、同じ部署の先輩です。それ以上でも以下でもありません」

「でも」

「森川さんと歩きたいと思うのは、森川さんだからです」

「……」

「君が少し笑うと、その日のコーヒーがいつもより美味しく感じます」


 そんなことを言われたら、勘違いでは済まなくなる。


 マスクの下で、息が熱くなる。


 佐伯さんは、一歩だけ近づいた。

 でも、近すぎない。


「かわいそうだからじゃありません」

「……」

「放っておけないからだけでもないです」


 私は顔を上げられなかった。


 そんなふうに言われたら、期待してしまう。

 期待して、また傷つくのが怖い。


「私、まだ何もちゃんとしてないです」

「何をですか」

「高校も卒業してないし、正社員でもないし、通勤中はマスクも外せないし」

「はい」

「佐伯さんとは、全然違います」

「違いますね」


 あっさり言われて、胸が痛んだ。

 でも次の言葉で、息が止まった。


「でも、違うから好きにならない理由にはなりません」


 好き。


 その言葉が、まだ告白ではないと分かっていても、胸の奥に落ちた。


 私は何も言えなかった。


 佐伯さんも、それ以上は言わなかった。


「今日は、駅まで送ります。話したくなければ、話さなくていいです」


 私は小さく頷いた。


 改札までの短い道。

 私たちは無言で歩いた。


 でも、その無言は怖くなかった。


 ホームに立ち、電車を待つ間、私はマスクの中で小さく息を吐いた。


 違うから好きにならない理由にはならない。


 その言葉が、ずっと胸の中で回っていた。

優しさと恋愛感情の違いが分からず、自分の気持ちに戸惑う優実。


佐伯さんの言葉は、そんな彼女の胸に静かに届きました。


学歴や仕事が違っても、好きになる気持ちまで違うわけではない。


二人の関係は、ここから少しずつ変わっていきます。


次回、優実は自分から佐伯さんを誘います。

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