第57話:2度目の帰還
僕とキティ、そしてしもべたちの連携により、クピードダンジョンの最終ボス「神の使徒」はついに撃破された。
そんな僕らの目の前で、バラバラになった使徒の破片が淡い光を放ち、新たな形に再構築されてゆく。
現れたのは、艶のある真っ白い宝箱。
その中に収められていたのは、使徒の胸にある「知恵の心臓」をそのまま小さくしたような宝玉の付いた謎のペンダントであった。
当然それは1つしかない。
困った顔でキティを見ると、彼女は首を横に振った。
「あれに勝てたのはあんたのおかげよ。あんたが取っておきなさい」
「でも、キティだって……」
「いいから、ほら。早く取らないと消えちゃうかもしれないわよ」
キティに半ば押し切られる形で僕はペンダントを手に取った。
すると宝箱が消滅し、代わりにそれがあった場所に青白く光る縮地点が出現する。
碑文の中に明確に「最後の敵」という記述があったため、流石にこれがゴールだろう。
キティは傷付いた2体の化合獣とカーバンクルを瓶に回収し、僕としもべたちの隣に並んだ。
「みんなで、せえの、で行きましょう?」
「念のため手でも繋いでおこうか」
「ええ、そうね。それが確実だわ」
そんなわけで僕らは手を繋ぎ合い、縮地点囲むように円陣を組んだ。そうして僕の合図と共にみんなでいっしょに足を乗せる。
一瞬、ふわりと浮遊感。
足が地面から少し浮き、即座に景色が切り替わる。
直後、陽光のまぶしさが僕らの目を焼いた。先程までいた黒雲の下とは明らかに違う、晴れ渡る空の太陽光。
そう、ここは……数日前に踏み入ったクピードダンジョンの入り口の前だった。
帰ってきた……
帰ってこられた……
僕は心底安堵する。
けれど余韻に浸ろうとした時、目の前で1人の男――みすぼらしい革鎧を着た冒険者らしい風体の男が、ぎょっとした顔でこちらを見ていることに気が付いた。
「じょ、嬢ちゃんたち、今どっから来たんだ!? 何もないところかはパッと出て来たぞ!?」
「あ、えっと……」
「もしかして、何か魔法の類か!? 俺ぁ詳しくねぇけどよぉ!?」
男は僕らを指差して口早にそんなことを聞いた。
……なんだろう?
なんか猛烈にデジャヴを感じる。前回もこれと似たようなことを、似たような人に言われた気がした。
口ごもっている僕に変わり、まだ手を繋いだままでいるキティが「転移魔法よ」と堂々と言い切る。
いや、それは流石に無理があるだろう、と僕は呆れてしまったけれども、男は魔法に関しては本当に素人だったのか「世の中にゃ、便利な魔法があるもんだなぁ」とか言って、ダンジョンの中へ向かって行った。
「……そんな都合のいい魔法があったら、こんな苦労はしなかったよ」
「全くね。笑っちゃうわ」
「とりあえず、帰還おめでとう」
そう言うと僕……というか僕らは、どちらからでもなくその場にへたり込み、抜け殻みたいに青空を見上げる。
「駄目だわクリフ、動けない……おんぶして」
「それは、こっちのセリフだよ」
僕らは力なく笑い合う。
やがてキティは身を弛緩させ、僕の肩に顔を乗せてきた。そして、こんなことをささやいてくる。
「ねえクリフ、わたし今回の冒険で死ぬほど怖い思いをしたわ。実際、死のうかとも思ったしね。でもねクリフ、それでもちょっと楽しかったわ。特にあんたが来てからはね」
キティの顔がさらに近付く。
強制日課のスライム浴とは別に普通にシャワーも浴びているためか、その髪からはほんのりとシャンプーの甘い香りがした。
「あのね、クリフ。わたし今回の一件であんたに大きな恩ができちゃったわ。それは返さなきゃ駄目だと思うの」
「一体、何で返してくれるの?」
「そ、それは、その……あの、えっと……あ、あんたさえよければだけど、少し休んだら今夜、2人きりでベッドで……」
キティが何かを言いかけるのを、ルミナが、ごほん、と咳払いをして、かなり強引に押し止めた。
「マスター、そしてフラメル嬢。お疲れなのはわかりますが、ここはダンジョンの入り口です。こんなところでたむろしていれば通行の妨げになってしまいます」
「いや、でもルミナ、腰が抜けちゃって、しばらく歩けそうにないよ」
「だったら私がおんぶしてあげます。なんなら、抱っこでもいいですよ?」
そう言いながら腕を引き、ルミナは僕を無理やり立たせた。
キティがチッと舌打ちする。
なんか、ものすごく不機嫌そうだ。話を遮られたことが、よっぽど不快だったのだろうか?
その後、僕らは入り口付近でもう少しだけ休憩してから、今回の依頼主であるフラメル伯が留まる宿屋へ向かった。
部屋の扉を開けた時、五体満足で帰ってきた娘を目にした伯爵は、まるで幽霊でも見たかのような信じられない顔をした。すぐにソファから立ち上がり、伯爵は杖をつきながらよろよろと彼女の下に歩み寄る。
数秒間の沈黙の後、パシン、という音が部屋に響いた。
それはビンタの音だった。
そりゃそうだ。そうされても仕方ないようなことを彼女はしでかしたのだから。
けど制裁はそれだけで、その後、伯爵は愛しの娘を我が身の元へと抱き寄せた。その目からつうっと涙がしたたる。彼はその後もしばらくずっと娘を胸から離さなかった。
……邪魔しちゃ悪いな。
そう思った僕は、しもべたちに手で合図を送って部屋からそっと出て行こうとし、
「クリフ君」
しかし背後から呼び止められた。
振り向くと、フラメル伯が杖を突きながらこちらへやって来てくるのが見える。
僕の前まで来た伯爵は、ふいに右手の拳を胸に当てながらその場にさっと片膝を突いた。
「ありがとう……まず、この言葉を言わせてほしい。ただ、それだけでは言い表せないほどの感謝の念を、私は君に抱いているよ」
そう言いながら、フラメル伯は僕の右手を両手で握った。
ちなみにさっきのあのポーズは、貴族社会で最大限の礼を表す時にのみに使われる、非常に稀なものである。
僕は大変に困ってしまった。
なぜなら普通、この作法は目下の者が目上の者に使う類のものだからだ。
伯爵は追加で感謝の言葉を僕に長々と述べた後、やがて謝礼の話に移った。
「クリフ君、私は先にも述べたように、ダンジョンの深層で遭難したと聞かされた時点で、娘が生きて帰るだなんてほとんど信じていなかったのだよ。それを完全な健康体で私の下へと返してくれた。報酬は当初指定した額の、倍支払わせてもらうことにする」
「いやいやいや! 流石にそれは多すぎますよ! いくらなんでも、べらぼうですって!」
「しかし私の感謝を君に示すには、あのような額では到底足りない」
「いや、しかしですね……」
「そう言わず」
「しかし……」
そんな問答が何度も続いた。
けど10分ほど議論をしてもお互い譲らなかったので、結局、折衷案として、当初指定されていた報酬を一回りだけ増やした額を受け取ることで同意した。
金貨の受け渡しが済むと、伯爵はただちにここを発つ準備を始め、キティを連れ帰ろうとした。
「嫌よ、パパ! わたしクリフの家に行ってお茶をするって約束したのよ!」
と、当初は反発したキティであったが、
「我が娘よ、どうか賢明になれ。お前が一刻も早く屋敷に帰ることを待ち望んでいる者が、私1人だけだと思っているのか?」
などと言われ、流石の彼女もそれ以上何も言えなくなってしまった。
「ねえクリフ、約束よ?」
そうして最後に別れ際、キティは馬車の前で言った。
「少し落ち着いたら、わたしの家に来て、そこでいっしょにお茶するの。言っとくけど、これは決定事項だから。ついでにセラちゃんも連れて来てね」
「ま、まあ、それは、おいおいね……」
「それとクリフ、このことはパパには内緒だけど、家出のほとぼりがさめたら、またいつかいっしょにダンジョンに潜りましょう。私の冒険はまだ終わってないわ」
そう言い残し、キティは馬車に乗り込んだ。
まったく、いまだにお転婆だ。あれだけの目に遭っておきながら、全然、懲りた様子がない。
やれやれと肩をすくめた僕は、遠ざかっていく豪奢な馬車を苦笑とともに見送ったのだった。




