第56話:最後の戦い
僕が咄嗟に思い付き、しもべたち伝えたアイデアは大まかに言えば、こんなものだった。
――ルミナがアンブラの体の一部を少量受け取り、それをもとにした〝闇属性の毒〟を作る。そして、その毒を急所にあびせる。
一見すると、この案は荒唐無稽なものに思える。
なぜならルミナの毒が有効なのは、体内に血が通っている生物系の魔物に限られるからだ。逆にゴーレムやアンデッドといった血の流れない魔物には、彼女の毒は一切効かない。
ぱっと見た感じ神の使徒は、どう考えても後者である。
しかし不意打ちを受けた後、セラは僕にのこのような思念を送ってきた。
〝このしろいやつ、せいぞくせいのエネルギーの、かたまり。すっごく、つよいエネルギーが、どくんどくんって、ぜんしん、ながれてる〟
――と。
つまり、こいつには擬似的な循環系が存在するのだ。
アンブラの体もある意味では闇属性の魔力の塊だ。ゆえに、その魔力を濃縮すれば神の使徒をも殺しうる「暗黒猛毒」が作れるはず。
そう考えての案である。
正直かなりの無茶振りではある。
そのようなことができそうか、僕はルミナに聞いてみる。
――……5分ください。
返ってきたのは、そんな思念。
〝――できるのか?〟と再び聞くと〝――できるのではなく、やるのです〟とルミナは気合のこもった答えを返す。
どうやら彼女はやる気らしい。
問題は、その5分の時間を誰がどうやって稼ぐかだが……
「……セラ、行くよ」
アーマー化中のヒールスライムに僕は静かにそう告げた。
そう、無論、僕が出るしかない。
今のメンバーで戦えるものは、もう僕の他にいないのだ。
だから、そう……
ずしん、ずしん、とゆっくりと、静かな怒りをたぎらせながらキティたちに近付く使徒の前に、僕はその身を割り込ませた。
「おい、全裸野郎、こっちを見ろ! アンブラじゃない! お前の相手はこの僕だ!」
すると神の使徒は足を止め、立ち塞がった僕を見る。
彫像のような顔は相変わらず無表情のまま固定されているため、その感情は伺いしれない。
だが僕は、そいつの視線の中にじっとりこちらをねめつけるような強い憎しみを感じた気がした。
瞬間、フッとそいつの体がその場から突如、掻き消える。セラを一瞬で爆散させた例の高速移動である。
でも、だからこそ僕は、この行動に対しあらかじめ対策をしておいた。
〝スライムシールド〟
セラアーマーの肘から先を盾のように広く拡散させて攻撃を防ぐ技である。
ガキィィィィィィィィン!
と、加速の威力を乗せて放たれたそいつの拳は、そのシールドに受け止められた。同属性の反発作用によって強い衝撃が発生する、
「ぐっ!?」
僕の左腕はびりびり痺れた。
硬質化させていたために飛び散ることこそなかったものの、そうなっていてもおかしくないほどの威力が今の一撃にはこめられていた。その証拠に、僕の体は宙に浮き、4〜5メートルも飛ばされてまう。
ズザァァァァァ!
だが僕は決して倒れることなく、闘技場の地面をスリップした。
もし、これが「遊びモード」であれば、もしかするとこいつは面白がって、こちらが反撃する隙をわざと作ったかもしれない。
でも今の使徒は本気だった。
本気で僕を殺しに来ている。
間髪入れずに2発目が、こちらの体に振り下ろされる。それは手刀の攻撃だった。シールドが間に合わないと判断した僕は咄嗟にメイスでガードする。
再びガキンと反発作用。
圧倒的な膂力によって、僕の体は深々と地面にめり込みそうになる。
「ううっ……くそぉ!」
攻撃を受け止められてはいる。
だが内部にまで響く衝撃が僕の体を軋ませていた。
膝を突く僕を薙ぎ払うように今度は蹴りが飛んで来る。
「――ッ!」
間一髪! シールドでパリィ。
4発目、踵落とし。
この技は隙が大きかったのでローリングでかわすことができた。
しかし猛攻は止まらない。
5発目、6発目の攻撃を僕はなんとかやり過ごした。けど7発目でミスをする。
直前に拳を振り上げるような動作をしたのでパンチが来ると思ったのだが、実際、来たのは膝蹴りだった。それを、まともにくらった僕は、血の塊を吐きながら遥か後方へ飛んでゆく。
「ぐぉぉぉぉぉ! がはぁぁぁぁぁぁ!」
まるで腹の中に詰まった全ての臓器が、ぐちゃぐちゃになったような錯覚を覚えた。致命傷でこそなかったものの、実際あばら骨の何本かは今ので確実に折れただろう。
――ますた、だいじょぶ!?
「くっ……セラ、ヒールっ! ヒールを頼むっ! しくじるたびにヒールをかけろっ! 回復は全部、お前に任せるっ!」
そこから先は消耗戦だった。
間を空けず次々と繰り出される敵の攻撃を、時にはかわし、時にはガードし、時々それを体に浴びる。
セラはヒールの中でも最上級のハイパーヒールを僕にかけ続けてくれたが、残念ながら回復速度が怪我に追い付いていなかった。
息をつく暇がまるでない。
ルミナは5分くれと言い、そのために僕は戦っているが、たったそれだけの短い時間が僕にとっては数時間、下手をする数日間にも感じられた。
自分で言うのもなんだけど、僕は奮闘したと思う。少なくとも痛みで気絶するようなやわな倒れ方はしなかった。
とはいえ、僕とて人の子だ。
何事にも限度というものがある。
立て続けに何度も大ダメージを負い、それをヒールで誤魔化すなどという拷問のような行為が繰り返されれば、いずれ足腰が立たなくなるのは時間の問題だっただろう。
「くっ! ごめん、ルミナっ……持たなかったっ……」
地に膝を突き、屈した僕は、絞り出すように声を上げた。
使徒が拳を大きく振り上げ、次の攻撃の準備をしている。
防ぐ力は、すでにない。
冒険者クリフ・カリオスの墓標は、恐らくここになるのだろう。
「いいえマスター、あなたはやり遂げました。あなたこそ真の勇者です」
ふいに聞こえたその声は、僕の目の前に立ち塞がったルミナのものだった。
その手には黒いオーラを纏う、いつもとは違うナイフが握られている。
恐らく邪魔に思ったのだろう。そんな彼女を振り払うように使徒は攻撃を続けようした。だが素早さという一点においては、このしもべも敵に劣らない。
振り下ろされた拳をすり抜け、雷のように駆け抜けたルミナは敵の急所である「知恵の心臓」にブスリとナイフを突き立てた。
彼女はそれを引き抜くことなく刺さったままの状態にして、敵からいったん距離を取る。
「お味はどうです、クソ全裸? アンブラの魔力を濃縮した〝暗黒猛毒〟を食らった感想は?」
当然、使徒は答えない――しかし効果は劇的だった。
そいつは一瞬、不思議そうに自分の胸元を見下ろした後、突如、ひきつけの発作を起こしたように手足をピンと張ったまま地面に倒れ伏したのだ。
そいつは、そのままじたばた暴れ、明らかにもがき苦しみ始める。濃縮された闇魔力――聖魔法の対になるものが、その心臓の点滅に合わせて全身を駆け巡り始めたのだろう。
こうなったら、もうお終いだ。
これは化合獣にもいえることだが、魔力バランスを乱した魔物というのは、隙間だらけの積木塔のようなもの。少し衝撃を与えるだけで、その身はいとも簡単に崩壊する。
「アンブラ、やってしまいなさい。美味しいところはあなたにあげます」
「ククク……ルミ姉、任されよっ! 我が名はアンブラ、影なるしもべ。最強の暗黒水飴なり……でも、長いから詠唱省略っ! ええい、死ねぃ! 【暗黒魔弾ッ!】
空気を読んだアンブラは、不必要な詠唱を最低限にとどめ即座に魔弾を発射する。
「チェックメイトだ、神の使徒。天国か地獄知らないけど、元いたところへ還るといい」
僕が、そう言い終えるのとほぼ同時に【暗黒魔弾】は敵に命中した。
ビキッと何かが割れる音。
数秒間の沈黙の後、そいつの全身にヒビが生じる。
「知恵の心臓」が砕け散ると、僕らを苦しめた強敵は、まるで繋ぎ目を失ったようにガラガラと崩れ落ちたのだった。




