第58話:水飴職人《スライムマイスター》
さて、その後……
迷宮都市ビィラックでの救援依頼を成し遂げ、エイネストにあるカリオス邸て戻って、およそ1か月。
僕の屋敷の一画は、とあるスペースに変わっていた。
そう、それは――アレイスターの工房の内部構造を参考にして作られた「クリフ・カリオスの工房」である。
これは異例のスピードでしつらえられた設備だった。
フラメル伯からの報酬によって、自宅に工房を構えるのに十分な資金を得た僕ではあるが、工房1つに必要な資材は、それこそ枚挙にいとまがない。
錬金術を実践するに上で欠かせない専用の大釜はもちろんのこと、ちょっとした実験をするための小さめの釜、各種触媒用の素材、それらを格納するための専用の棚などなど……
それらを1つずつ揃えていくには、通常、根気と時間がいるのだ。
僕は工房の完成は、どれだけ短くても半年、あるいは1年以上かかると考えていた。
けれど今回は例外的に、僕の願いを知ったフラメル伯が魔導学園に直接掛け合ってくれたおかげで、それらの道具をほぼ一括で仕入れられ、迅速な完成に繋がったのだ。
自分の家に自分だけの工房を持つことは、僕の長年の夢だったので、今とても満ち足りた暮らしをしている。
そんな僕には野望があった。
それはキティのように、スライム以外の多様な化合獣をこの手で創り出すというものだ。
今この瞬間、僕が錬成ろうとしている化合獣はマンティコア。
攻撃力とタフさを兼ね備える最上級のこの化合獣は今のパーティに足りない「タンク」の役割を担えるだろうし、何よりそういうメジャーな化合獣――錬金術師の花形とでも呼べるようなものを僕も使役してみたかったのだ。
「よし、理論上は完璧だ。この材料をこの比率で混ぜれば、後は完成を待つだけだ」
僕は大きめの独り言をいった。
自分のためのものではない。
今この部屋にたむろしているとある集団に聞こえるように、わざと大声で言ったのだ。
さて、その集団とは……
「ククク……次なるターンはルミ姉だ。さて、どれを選ぶ?」
「これにします」
「なっ……その隣のやつの方ががいいのではないか? そうした方が良いことが起きると、我が混沌的第六感が告げているぞ?」
「アンブラ、はやく〜。セラのばん、こないよ〜」
「引きますね」
「あっ、ちょっと、ルミ姉、待って!」
……そう、僕のしもべ、スライム娘たちである。
彼女たちは今、実験用の黒いテーブルの前に勝手に椅子を持ってきて、カードを使った上がりゲーム――いわゆるババ抜きをやっている。
なぜこんなことになったかというと、端的に言えばこの1ヶ月、工房作りのゴタゴタのために、ほぼダンジョンに行ってないからだ。
別に普通の化合獣なら、その間ただ瓶の中に入れておけばいい。
だが自我を持つ彼女たちは、定期的にダンジョンに連れて行って能力を発揮させてやらないと、どうしても暇になってしまう。
その結果、何が起きたかというと、見ての通りの状態である。実質的に工房は僕の研究室兼、彼女たちのレクリエーションスペースと化してしまったのだった。
正直言うと気が散るので、別のところでたわむれていてほしいのだが「セラたち、ますたの、おそばにいたい。セラたちが、ここにいるのだめ?」と、うるうるした目で言われたためにノーと言うわけにはいかなくなった。
そこで、もう僕は開き直って、こう考えることにした。
常にこの場所にいるということは、実験が成功した時にその場で自慢できるじゃないか、と。
「ぬぁぁぁぁ負けたぁぁぁ! また我の負けだぁぁぁぁぁ! セラ姉とルミ姉、強すぎるぞっ!」
「別に強くはありませんよ。あなたが極端に弱いだけです」
「アンブラは、すぐ、かおにでる」
「くそぅ、再戦だっ! もう一度っ! もう一度、我と勝負しろっ!」
しもべたちはいつも騒がしい。
姉妹仲がいいのは喜ばしいけど、その主であるこの僕に対しても、少しは配慮してほしいものだ。
「あー、ごほんごほん。お前たち、遊びはそれくらいにしないか? 今まさに、この釜の中で新しい化合獣が生まれようとしてるとこなんだ」
そう言って、僕はしもべたちを大釜の下に呼び寄せた。
僕は釜の中に最後の素材を入れ、かき混ぜると、錬金杖というアイテムを使い自分の魔力を注ぎ入れる。
「さあ、生まれろ! 新たな擬似生命――現れいでよ〝マンティコア〟!」
僕は高らかにそう叫んだ。
すると釜の中の液体が発光し、錬成反応が開始される。
キュィィィィィィィィィィィィン!
――ぷるんっ
僕らは釜の底を覗き込んだ。
すると、そこには無色透明のゲル状の塊が乗っていた。
「スライムだ〜」
「スライムですね」
「ククク……我が王、スライムだな」
その光景を見たしもべたちは、口々に同族の名を連呼する。
僕はがっくりとうなだれた。
やっぱり僕は何をどうしても水飴職人のままらしい。
「落ち込むことはないですよ。スライムだけしか錬成れなくたって、マスターにはこの私がいます」
「ますた、セラ。セラもいるよ〜」
「そうだぞ我が王、よいではないか? この街のどこを探しても、これほどの美少女たちに囲まれた紳士はいないぞ。まさしく水飴天国だ」
色とりどりのスライム娘たちが、それぞれフォローを入れてくる。
確かに僕は独りじゃない。
忠実なしもべにして、大切な仲間。
そんな存在が側にいてくれることは、確かに尊いことではある。
けれども、それはそれとして……なんていうか、こう、もっとかっこいい普通の化合獣を自分だけの手で錬成ってみたい。そんな野望は消えないのだった。
ゆえに諦めたりはしない。
今日錬成に失敗しても、毎日めげずに続けていれば、いつかは僕もキティのように色んな化合獣を錬成れるようになるかもしれない。
だから、しばらくは研究漬けだ。
しもべたちには悪いけど、当面ダンジョン探索は休業することになるだろう。
なんていうことを考えた時、ノックの音がコンコン鳴った。雇用している家政婦さん、マルテばあやが来たらしい。
「いいよ、マルテ。入って来て」
「はい、坊ちゃん。これを見てくだい。さっき郵便受けを見てみたら、こんなお手紙が届いてたんですよ。今朝には、こんなものなかったんですけどねぇ」
部屋に入って来たマルテは、そう言って僕に封書を渡す。そこに垂らされた赤い封蝋には冒険者ギルドの印章が捺されていた。
なんとなく嫌な予感がした僕は、ごくりと唾を飲んでから、それを慎重に開封する。
中に入っていたのは安価な葉皮紙ではなく、格式ばった羊皮紙だった。
そこに書かれた文章を僕は朗読し始める。
クリフ・カリオス殿
拝啓
炎龍の息吹がごとく猛暑もようやく退き、風に秋の気配が混じる頃となりました。貴殿におかれましては、ますますご健勝のことと存じます。
さて、当ギルド管轄のダンジョン表層にて、ミノタウロスの変異種――ギガンティック・ミノタウロスの出現が確認されました。当該個体はSランク伝説級の魔物と推測されており、冒険者の活動に重大な支障をきたしております。
つきましては、これを〝特別評価案件〟として貴殿に討伐を要請いたします。何卒お引き受けくださいますようお願い申し上げます。
敬具
エイネスト冒険者ギルドギルドマスター バドル・ガスネル
読み終えた僕はしばらくの間、呆然とその場に立ち尽くした。
手紙の中に書かれていた〝特別評価案件〟とは、建前上は任意ということになってはいるが「もし断ったらお前の等級を悪い方向に見直すからな?」という脅しのこめられた依頼である。
ようするに、これこらもこの街で冒険者業を続けて行くなら、事実上、選択肢は1つしかない。
固まった僕と対称的に、スライムたちはどこか楽しげだった。
「これは行くしかありませんね。残念です。本当に、非常に残念ですが、特別評価案件ですからね」
「セラが、あっぷを、はじめてます。セラ、ふぁいと、がんばるぞ〜」
「ククク……たかぶるっ! たかぶるぞっ! 我が体内を巡る闘争心的暗黒魔力が、次の戦場を欲しているっ!」
はやしたててくるスライムたちに囲まれながら〝ちくしょう! どうしてこうなった!〟と僕は心中で悪態をつく。
見ると、釜の底にこびり付いている生まれたばかりのスライムまでもが、姉たちに合わせぷるぷる震え、僕を鼓舞するようだった。
「ああ、もう、ほんと……しょうがないなあ!」
僕はがりがりと頭を掻き、しもべたちの顔を順に見る。
「とりあえず、今からギルドに行く。多分、相当危険だし、何日も戻れないかもしれない。それでもいい? それでも僕に付いてくる?」
スライムたちは頷いた。
研究用の白衣を脱ぎ捨て、僕はマルテが急いで持ってきた戦闘用のマントを羽織る。
僕は平穏に暮らしたい。
趣味の研究に没頭したい。
それでも、どうやら運命は放っておいてはくれないようだ。
冒険者クリフ・カリオスの〝冒険〟は、まだこれからも続くらしい。
【第1部 完】
【作者コメント】
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