第54話:知恵の心臓
あ、これ死んだ……
そう思いかけた時、横から突如、突進し、神の使徒の上に覆い被さったのは、四足獣の化合獣――そう、マンティコアのピエールだった。
キティのしもべの人面獅子は、ぱっくりと裂けた口を開け、使徒の喉元にかぶり付く。
た、助かった……っ!
間一髪で救われた僕は、ひとまず命の危機を回避できたことに感謝する。
でも安心はできなかった。
馬乗りならぬ、獅子乗りになって敵に噛み付くピエールだったが、その攻撃は彫像のような敵の真っ白い体に傷1つ付けることができていなかったからだ。
――今のままでは危険です、マスター。今すぐ【鎧化】を解除してください。
と、ルミナから念話が入った。
確かに、それはそうである。今の状態は言うなれば、一撃で死ぬ2つの的が重なったようなものだからだ。
僕はちらりと前を見た。
初手の不意打ちで散り散りとなったセラの体は、下半身の方に寄り集まって、人型を取り戻しつつある。
「アンブラ【鎧化】を解除して、今すぐキティのとこまで走れ! 結界に入れてもらうんだ!」
――しかし我が王、それでは王はっ!
「いいから早くっ! 時間がないっ! 闇魔法があれに効かない以上、この状態でいる意味はないっ!」
僕は、僕にしては珍しく厳しい口調でしもべに命じた。
役に立ちたい気持ちはわかる。
けれど生命には変えられない。
『――くっ!』という思念が聞こえた後、アンブラはしぶしぶアーマー化を解いた。
人型に戻ったゴスロリ娘は瞳をうるませ、上目遣いに僕に言う。
「とりあえず今は命令に従うっ! だが有用な場面があれば、躊躇なく我を使ってくれっ!」
そう言い残したアンブラはキティの下に走り去った。
一方、僕はセラの下へ行く。
「再生したてで悪いけど、できるか【鎧化】!?」
「おっけ、ますた」
そう言うと、お馴染みの裸ワイシャツ姿の幼女に戻っていたセラは、再び体を液化させ、僕の体に纏わり付く。
セラアーマーを纏ったことで桃色の僧侶状態となった僕は、同属性の反発理論によって敵の攻撃への耐性を獲得した。
使徒のいる方を見てみると、そいつはいまだにピエールと格闘戦を繰り広げていた。
「ピエール、どいてっ!」
しかしキティの命令で彼は敵から距離を取る。
「闇属性が効かないのなら、別の属性はどうかしら? 行くわよ、クリスティ! 【雷撃直葬】っ!」
キティが魔法名を叫ぶのと同時に、一角獣のホーンから「空に」電撃が放たれた。
これは本来ダンジョンでは使用できない大技だ。だが今は運良く、例外的に上空に黒い雲がある。
直後、落雷が発生し、使徒の体に直撃した。すると、そいつは体をのけぞらせビクビク痙攣し始める。
よし、やったっ!
僕は内心で歓喜した。
落雷の威力はすさまじい。
いくら神話級の敵とはいえども、あの攻撃を食らった後でまともに立ってられるはずがない。
同じ攻撃を続ければ、いつかは倒せるはずだろう。
そう考えた時だった。
しばらく痙攣していた使徒だが、そいつはそのうちそれを止め、のけぞらせていた身をゆっくりと、面倒くさそうに起こしたのだ。
そして、あろうことかコキコキと、少し肩が凝った人がやるような動作で、そいつは首を左右に揺らす。
「嘘でしょ!? これも効かないのっ!?」
キティは愕然としていた。
もちろん僕も同じだった。
聖魔力が高いだけではない。この化け物は純粋に、異様なまでに〝硬い〟のだ。
しかも攻撃を受けたことで、今度はユニコーンのクリスティが、そいつの「興味」を引いたらしい。何を考えてるのかよくわからない使徒は、またもぐるりと首を回し、対象を観察し始める。
ま、まずい……っ!
人間であれば魔導士に相当する後衛タイプのクリスティは、あの化け物の近接攻撃にほとんど対抗手段がない。
僕は自分を焚き付けた。
考えろっ! 考えろ、クリフっ! ザラキエル・レプリカの時と同じように、無敵に思えるこの敵にも何か弱点があるはずだ!
『汝、聖典を片手に持ちて――』
碑文のヒントを思い出した僕は、そこに記された終末の後半部分を再び頭でそらんじた。
『亡者の行進終わりし時に、其の死の天使の〝殻〟は割れる。顕れたるは神の使徒。知恵の心臓を持つ使徒は、地上に降り立ちて、最期の裁きを民に下さん』
前半部分は無視していい。
なぜなら、すでにら天使の〝殻〟は砕け散り、消えているからだ。
後半もまた然りである。地上に降りた「神の使徒」による「最期の裁き」は、今まさにここで起こっている、このイベントのことだろう。
となると、残る違和感は……
「知恵の心臓」
僕がはっとなり顔を上げたのと、使徒がクリスティに突進するのは、ほとんど同じタイミングだった。その後ろには結界に守られたキティとアンブラが立っている。
「嫌ぁ! やめてぇ!」
悲鳴を上げるキティの前で使徒はクリスティをいたぶり始めた。
セラを殴った時とは違い、そいつは明らかに手加減し、甲高い声でいななくおもちゃが壊れてゆくのを楽しんでいる。
「キティ、アンブラを外に出せ!」
そんな中、僕は冷静に叫んだ。
「アンブラ〝知恵の心臓〟だ! そいつの胸で光ってる赤い宝玉が弱点だ!」
すると2人ははっとなり、サディスティクな遊びを続ける使徒の、胸に埋め込まれているものを見た。
こちらの意図を察したキティは、言われた通り結界を解き、アンブラが攻撃できるようにする。
「ククク……我が王、わかったぞっ! あれに当てればいいのだなっ!」
「できるかい!?」
答える代わりにアンブラは、手に持つ杖の先に長い黒槍を生成し始めた。
「あいにく我が王、この我は生まれついての魔法職だ。この距離からなら、むしろ逆に外す方が難しいとさえいえる」
「頼むぞ、アンブラ!」
「任されよっ! 我が名はアンブラ、影なるしもべ。最強の暗黒水飴なり。我が王の前に立ちはだかる敵を、漆黒の槍で貫かん。穿て【暗黒投槍】ッ!」
長い詠唱を終えた後、アンブラは魔槍を射出した。
直後、パリンと割れる音。
それは破壊の音だった。
魔槍が命中したことで、神の使徒の胸にある「知恵の心臓」が粉々に砕け散ったのだ。




