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第53話:神の使徒

 ダフィデ像という彫刻がある。


 これは、今世紀最高と謳われる稀代の彫刻家ランジェローネが創った真っ白い石像で、そのモチーフは旧約聖典に登場する美形の王子、ダフィデその人といわれている。


 ザラキエル・レプリカの体が割れて、粒子となって消滅した後、中から地上に降り立ったのは、まさにそのダフィデ像そのものだった。


 彫刻のような質感のつるつるとした真っ白い体は、性別問わず思わず見惚れてしまう完璧な筋肉と、完璧な肉付きを兼ね備えている。そして何よりもその顔は、この世のものとは思えないくらい整っていて、美しい。


 身長は、およそ2メートル超。


 その胸の中央にはリンゴを思わせる真っ赤な宝玉が埋め込まれていて、振り子時計の振り子のように一定のリズムで点滅している。


 ザラキエル・レプリカという〝殻〟を破り、突如、現れたこの存在こそ、恐らく「神の使徒」なのだろう。


 しゃがんだ状態からゆっくり立ち上がると、それは幼児的とさえ呼べるような、見た目に似つかわない無邪気な動きできょろきょろ辺りを見回し始めた。


 一体、何をしてくるのか?


 身構えている僕の前で、そいつはフッと唐突に、()()()()()姿()()()()()()()()


「え?」という声を上げたのは、多分、僕だけじゃなかったはずだ。


「神の使徒」が姿を消したのではなく、そう思える程のスピードで〝走り出した〟のだと判明したのは、そいつがキティの近くにいるセラの前で急停止した瞬間だった。


「セラ! 危な――」と、言い切る前に、振り上げられたそいつの拳がブンと彼女に振り下ろされる。


 同時に鳴り響くガキンという音――同属性の反発作用が起こった時の音である。


「――ッ!? セラっ!」


 しかし彼女は無事では済まなかった。


 使徒の放った拳の力があまりにも強すぎたせいか、裸ワイシャツ姿の幼女の上半身は、その華奢な足を地に残したまま無惨にも弾け飛んだのだ。ピンク色のゲルがまるで肉片のように辺り一帯に降り注ぐ。


「きゃあっ! セラちゃんっ!」


 キティの悲鳴が響き渡る。


 僕もパニックになりかけていた。

 まさか大切なしもべの1人が、こんな一瞬であっさりと粉々にされてしまうなんて!


 ――セラ、大丈夫っ!? 生きてるかっ!?


 僕は咄嗟に念話を送った。


 スライムの弱点の1つである魔力のこもったパンチなら、もしかすると今の一撃で彼女は〝終わって〟しまったかもしれない。


 しばらくの間、答えはなかった。


 たが、ややあって『――いきてるよ〜』と舌ったらずな思念こえがする。


 ――ああ、よかった、セラ! ダメージは!?


 ――おーる、おっけ〜。いたくない。


 ――再生はすぐにできそうか!?


 ――うん、できる。それより、ますた、セラきづいた。このしろいやつ、せいぞくせいのエネルギーの、かたまり。すっごく、つよいエネルギーが、どくんどくんって、ぜんしん、ながれてる。


 セラは散り散りになりながらも冷静な報告をした。でも僕はそんなことよりも、彼女が無事でいてくれたことに心の底から安堵していた。


 ただ、これは運がよかっただけだ。


 恐らく、今のは相当強い魔力のこもった一撃だったが、同属性だったことが功を奏し、威力が相殺されたのだろう。


 セラを飛び散らせた使徒は、まるでおもちゃを壊してしまった子供のようにきょとんと首を傾げ、一瞬、途方に暮れていた。


 だが、すぐに興味をなくしてしまう。


 そいつは次の標的を、すぐ近くにあるキティに移した。


「や、ヤバい、キティ! 逃げるんだ!」


「大丈夫よっ! セリム【神聖魔導結界ホーリーサンクチュアリ】!」


 彼女が魔法名を叫ぶのと同時に、彼女の肩に乗る小動物、カーバンクルがドーム状のバリアを展開した。


 間一髪! 振りかぶられた使徒の攻撃は、聖属性のバリアにはばまれガキンと跳ね返される。


 またしても相性勝ちである。普通の敵なら、きっとこの時点で攻撃を諦めたに違いない。


 しかし、そいつはどこか嬉しげに、まるで新しいおもちゃを見つけたみたいに、セリムの張った結界にガキンガキンガキンと連続で、パンチやキックを浴びせ始めた。


 これは、まずい!


 敵のヘイト……というか「興味」が、完全にキティに向いている。


神聖魔導結界ホーリーサンクチュアリ】は永続ではない。効果時間が切れれば消えるし、何より同じ属性とはいえ、あんな攻撃をくらい続ければ、すぐにも壊れてしまうだろう。


「アンブラ、行くよっ!」


 ――任せろ、我が王っ!


 アンブラアーマーを纏ったままの状態の僕は、元許嫁を救出すべくワンドの先に漆黒の球体を生じさせた。


暗黒魔弾シャドウボール!】


 僕は魔弾を発射する。


 セラの言うことが本当なら、聖魔力の塊である敵に闇魔法はかなり効くはずだ。


 シュイン……


 が、しかし、それは間違いだった。


 バリアに阻まれたわけではない。しかし黒い球は敵に当たる直前で跡形もなく消えてしまったのだ。


 ――な、なぜだっ!? どうして我の魔法が効かぬっ!?


 焦った思念こえを出すアンブラ。

 だが僕は目の前で起きた現象を直感的に理解していた。


 あまりにも格が違いすぎる……


 アンブラの魔法が弱いわけじゃない。

 けれど使徒の持つ聖魔力があまりに濃密すぎるため、まるで煮えたぎるマグマの上に1滴の水を垂らしたような消滅反応が起きたのだ。


 ダメージを与えることこそできなかったものの、今の攻撃は当初の目的――つまりキティに注がれた「興味」を逸らすことには成功した。


 ぐるりと首を180度、回転させて、その目に僕を捉えた使徒は、新たに見つけた次なるおもちゃ――つまり、この僕を、無表情な顔でじいっと観察する。


 ま、まずい……これはヤバすぎるっ!


 聖属性のセラは攻撃を受けても、同属性の反発作用でほぼダメージを受けなかった。


 しかしアンブラはそうではない。


 聖属性と闇属性は相互弱点。

 つまり向こうからの攻撃は、闇属性のアンブラにとって致命傷になる可能性が高いのだ。


 もちろん彼女を纏った僕も無事でいられるはずがない。


 迎撃しようにも魔法は効かない。

 近接用の武器もない。

 絶体絶命のピンチである。


 ――く、来るぞっ! 逃げろ我が王っ!


「無茶言うなっ! あんなスピードの奴から逃げられるかっ!」


 ――しかし我が王、このままではっ!


 そんな言い合いをしている間に、神の使徒は走り出す準備を終えていた。腰をぐっと上げ両手を地に付ける、いわゆるクラウチングスタートの体勢だ。


 そいつは腰をさらに上げ、そして一気に加速する!


 あ、これ死んだ……


 そう思いかけた時、突如、現れた「救援者」が僕らの間に割り込んだ。

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