第52話:亡者の行進
「【暗黒魔弾】っ!」
今日だけで何度唱えたかかわからない魔法の名前を、再び僕は叫んでいた。
無詠唱でもこの技は使える。
しかし魔導士の世界には「言霊の原理」という学説があり、その説によれば、攻撃魔法を放つ際、その魔法名を唱えた方が威力や精度は上がるらしい。
だから、そう……天空でブォォォォォォォォォンと鳴り響き続ける角笛の音量に負けないように、僕は痛む喉を酷使しながら、その魔法名を叫ぶのだった。
なぜ、こんなにも必死になるか?
それは一度に召喚される「聖なる亡者」の総量が、時間が経てば経つほどに増え続けていっているからだった。
ああ、もうっ、くそっ! なんで、こんなことになったんだっ!
僕は心中で悪態をつき、広大な闘技場を見渡した。そこには今や30体以上の聖なる亡者が湧いている。
――マスター、私が付いています。どれだけの敵が湧こうとも、マスターには指一本触れさせません!
力強い思念で僕をはげましたルミナは、今、前線で戦っている。
その手にあるのはいつもの毒ナイフではなく、セラのメイスをそっくり真似た「ルミナメイス」とでも呼ぶべき代物だ。
なぜ、こんな武器を使っているのか?
それは相性のためである。
というのも、アンデッドである亡者たちに彼女の毒は効かないし、そもそもナイフという刺突武器がスケルトン系の敵には、ほぼ通らない。
そこで彼女は即興で殴打武器を作り出し、セラの力の及ばない、この厄介なアンデッドたちを相手どることになったのだった。
前線にいるのはルミナだけではない。
キティの化合獣ピエールも、僕の目の前で爪を振り回し、敵の侵攻を妨げていた。
彼女の化合獣は皆、強い。
人面獅子の奮闘により、群れなす亡者たちは確実にその数を減らしていっていた。普通のボスとの戦闘ならば間違いなば、まさしく勲章ものである。
だが悲しいかな、その働きはザラキエル・レプリカの涙によって、なかったことにされてしまう。
今、天上の異形の天使は、再び光のしずくを落としていた。先程よりも早いペースだ。一度に召喚される亡者の数がまたしても増加したらしい。
この調子では、とても持たない。
魔法が追い付かないのもあるが、それ以前に僕の体力と精神力は限界を迎えつつあった。
どうする!? どうする!? 考えろっ! 考えるのをやめるな、クリフっ!
僕は明らかに焦っていた。
いったんクールダウンして攻略法を考えたいが、しかし魔法を撃ち続けなければ、亡者はさらに侵攻し、背後に控える無力なキティを袋叩きにするだろう。
――お、落ち着くのだ、我が王よっ! 魔法の精度が落ちているぞっ!
アーマー化中のアンブラが、そんな僕をなだめようとする。
無論、自分でもわかってる。
だが状況が集中を削ぐ。
――我が王、ちょっと聞いてくれ! ここは、いったんルミ姉たちに戦闘を任せきるのはどうか!?
「それじゃ対処が追い付かないっ!」
――そのことは我も重々承知だっ! しかし我が王、考えてもみよ。このまま、がむしゃらに魔法を撃ち続けても、亡者が我らを圧倒するのは時間の問題ではないか?
アンブラは冷静な意見を述べた。
確かに、それは一理ある。
加速度的に増えてゆく亡者の群れを見る限り、真正面からこれに立ち向かうことは不可能なように思われた。
――我が王、碑文を思い出せ! 正直、我はあれを見て、ただ〝イカす〟としか思わなかったが、こういう時の攻略のヒントはああいった場所に隠されてるものだ!
僕はアンブラの言葉を聞いて、その通りだと思い直す。
碑文には確かこう書かれていた。
『汝、聖典を片手に持ちて死の運命を退けよ』と。
恐らく、これがヒントだろう。
つまり聖典の記述の中にザラキエル・レプリカの弱点になるような「何か」が隠されているに違いない。
振り上げていた杖を納め、一度、深呼吸した僕は、頭の中でもう一度、該当部分をそらんじる。
『終末が訪れし時、其の死の天使はラッパを轟かせながら、1000人の聖なる亡者を従え最期の行進をせん』
「聖なる亡者」の「最期の行進」――それは今まさに行われている眷属大量召喚イベントのことだろう。
引っかかるのは、この部分。
「その死の天使はラッパを轟かせながら」
ラッパとは、つまり古代のラッパ――すなわち角笛のことだろう。
そして角笛を吹いているのは、ザラキエル・レプリカの周りを浮遊する別の眷属たちである。
その時、僕の頭の中にまるで何かが〝降りて来た〟ように、あるシンプルな考えが浮かぶ。
「ラッパを轟かせながら行進をせん」ということは、逆に言えばラッパさえ止めてしまえば行進が止まるということなのではないか?
「アンブラ、あれっ! ザラキエルの周りに浮かんでる眷属たちへの攻撃はさっに試してみた!?」
――いや、まだだが……我が王、まさかっ!?
「ああ、そうだ! ラッパ吹きたちを全部処理すれば〝行進〟は止まるかもしれない!」
ブォォォォォォォォォンと鳴り続ける轟音の中、僕はアンブラにそう叫んだ。
ザラキエル・レプリカをそのまま縮めたような姿をしたラッパ吹きたちは、全部で3体存在し、本体の周囲をぐるぐると不規則に回り続けている。
僕は念話を発動し、この考えをルミナに伝えた。
――僕はラッパ吹きたちをなんとかする! 至近距離から狙いたい! でも、その間、動けない!
――わかりました。つまり我々がマスターを守ればということですね?
――任せていいっ!?
――当然です。私を誰だと思っているのですか? マスターの夜の共にして、その随一の僕です。
ルミナは大きな胸を張りそう言った。
……その言い方には語弊があるけど、今つっこんでいる暇はない。
――頼んだよっ!
そう言うと、僕は杖を宙に向け、集中力を高め始める。
――我が王、動く的であれば【暗黒魔弾】より【暗黒投槍】の方がオススメだ!
「同感だ! 僕もそれがいいと思ってた!」
アンブラからの提案に僕は即座に同調する。
【暗黒投槍】は彼女の魔法の中で、もっとも射出速度が高く、申し分ない威力を誇る。
だがデメリットとして連射ができない。【暗黒魔弾】より遥かに長いチャージ時間がかかるのだ。
僕は精神を集中し、杖の先に細長く尖った漆黒の槍を作り出す。
【よし、今だっ! 暗黒投槍っ!】
僕は魔法名を叫びながら魔槍を敵に射出した。
だが外れる! それは本体のバリアに当たり、空中で掻き消されてしまう。
「問題ないっ! 次だ、次っ!」
僕はめげずに黒槍を、再度射出する準備を始めた。
するとキティの近くにいるセラが、ふいに念話を送って来る。
――ますた、キティも、すけだちするって。
彼女がそう言うのと同時に、後方で待機していたユニコーン、クリスティの角から雷の矢が発射される。
どうやらキティは僕の意図、つまりラッパの吹き手の破壊を即座に見抜いたらしい。
結果的に矢は外れたが、俄然、勇気が湧いてきた。
僕とクリスティは魔法を交互に撃ち合い、行進を止めるチャンスを狙う。
何本の槍を撃っただろう?
やがて1本の黒槍が、まぐれではあるが吹き手の1体に当たる。
予想通りそいつは本体と違い、バリアで守られていなかった。弱点の闇魔法に貫かれたそれは、掻き消えるように消滅する。
まず1体! もう後2体の吹き手を落とすべく、僕らは再び魔法を撃ち合った。
その繰り返しが続いた後、2体目に当てたのはクリスティだった。だが雷属性の魔法は弱点でないためか消滅するには至らない。
でも、それでいいっ!
2体目の敵は一瞬ひるみ、その場で動きを止めたのだ。それが致命的な隙になった。直後、放たれた僕の黒槍がそいつの体を貫いたことで、たちまちそれは消滅し、僕らが倒すべき敵は残すところ後1体となる。
――マスター、時間がありません。亡者の数が急激に増えています!
前衛を務めるルミナから珍しく焦った思念がした。
打撃武器での戦闘には元々不慣れな彼女である。ピエールとともに奮闘しているものの、亡者たちの行進をこれ以上食い止めるのは不可能と言っていいだろう。
僕は大きく息を吸い、集中力を極限まで高める。
次の一撃で決めるのだ。
そう決意した僕はチャージを始め、これまでの中でもっとも長い槍を杖の先に作り出す。
「【暗黒投槍】ッッッ!」
角笛を上回る大音量で、僕は魔法名を高らかに叫んだ。
それは、ものすごく疾走かった。あまりに速度に放った自分すら、それをまともに目で追えない。
――ッ! 頼むっ! 当たってくれっ!
神様なんていうものをほぼ信じてない僕ではあるけど、この時ばかりはそういうものに祈らないわけにいかなかった。
でも考えてみるとおかしな話だ。なぜなら目の前にいるのは、その神様の使いなのだから。
「――っ!」
だが運は僕に味方した。
漆黒の槍は最後の眷属を、見事、串刺しにしたのである。
吹き手が消滅したことで、同時に角笛の音が止まる。
すると亡者の軍団はその場でピタリと固まった。そのまま数秒時間が経つと、普通のアンデッドと同じように、さらさらと灰になり、消えゆく。
「やったわ、クリフっ! やったわよっ!」
静まり返った闘技場で、背後からキティの歓声が聞こえた。
思わず僕はその場でよろけ、地面にへたり込みそうになる。
やった……のか?
手放しに喜ぶキティとは違い、僕は素直にこの状況に安堵することができなかった。
どうしてか?
なぜなら聖典のザラキエルに関する記述には、こんな続きがあるからだ。
『亡者の行進、終わりし時に、其の死の天使の〝殻〟は割れる。顕れたるは、神の使徒。知恵の心臓を持つ使徒は、地上に降り立ちて、民に最期の裁きを下さん』
――と。
恐らく、これで終わりじゃない。
僕は無言で空を見上げた。
その時、ビキッ、と音がして、ザラキエル・レプリカの本体に、まるで卵を割る時みたいなヒビが生じるのが見えた。




