第51話:終末の天使
縮地点を踏んだ僕らが飛ばされたのは、途方もないほどだだっ広い円形の闘技場だった。
具体的にどれぐらいの広さかというと、どう見積もっても直径が80〜100メートルぐらいはある。
僕らは青空の下にいた。
雲1つない快晴の空。
およそダンジョンに似つかわしくない、広く、明るいこの空間に一体、何が出て来るというのだろう?
――ますた、そら。
最初にそれに気が付いたのは、アーマー化中のセラだった。
ついさっきまで晴れ渡っていた空に灰色の雲がどんどん集まり、にわかに曇天になってゆく。
ややあって、それは黒雲となりゴロゴロと雷鳴をならしだした。
そんな中、耳をつんざくようなブオォォォォォォォォォォォォォォォンという音が鳴り響く。僕とキティ、つまり人間たちは思わず耳を覆ってしまう。
「な、なんなのよっ!? この音はっ!?」
「キティ、あれを見て! 空が割れていく!」
僕が天上を指差すと、黒雲が半分に寸断されて、尖った巨大な「何か」の一部がそこからぬっと顔を出した。
やがて闘技場の中央に降りて来たのは、20メートルを軽く超す正体不明の物体だった。
僕とキティ、そしてスライムたちは、呆気にとられてそれを見る。
一言でいえばその物体は、球体に封じ込められた1つの巨大な「目玉」であった。
球体には幾何学的な円錐パーツと、完全に対称の4対の翼が付いており、その頭上には、まばゆい光を放つ光輪が浮かび上がっていた。
その物体の周りには、それを人間大にまで縮小したような小さな目玉たちが飛んでいる。それらは角笛を吹いており、この爆音の原因はどうもそいつらにあるらしい。
「あ、あれが……ザラキエルっ!」
「いやキティ、違う! あれは模造品だ! もし本物のあれが出れば、今ごろ世界は終わってる!」
耳をつんざく大音響の中、僕はキティにそう叫んだ。
大天使ザラキエル・レプリカ――その正体は、現代の宗教画に描かれるような背中に翼を生やした人間の姿ではなく、聖典に記された異形の怪物。端的に言えば化け物だった。
どういう原理か知らないが、それは羽ばたくこともせず、地上からおよそ数十メートルの高さの場所に静止するように浮いていた。
何をしてくるわけでもない。
異形の天使は地上の僕らを、その巨大な目でただ見下ろしていた。
「なんなのよ、あれっ! 気色悪っ!」
隣のキティが悪態をつく。
まだ不活性状態なのだろうか?
しもべたちにどう指示を出すか迷っていると、突如ザラキエル・レプリカの目玉から光のしずくが滴り落ちる。
な、泣いてる……!?
僕は困惑した。
最初は意味がわからなかった。
それは攻撃などではなく、ただ意味のない行動をしているように思えたからだ。
しかし地上を見た僕は、何が起きたかを理解する。
光のしずくは形を変えて、明確な人型になったのだ。
法衣を纏い、錫杖を持った、光輝く白骨体――それが涙が滴るたびに1体、そしてまた1体と次々形成されてゆく。
こ、これはヤバい……っ!
僕の直感はそう告げていた。
輝く白骨軍団は、手に持つ錫杖しゃらしゃらと鳴らしながら、ゆっくりではあるが確実に僕らの下へと迫って来る。
「キティ! アンデッドは僕とセラがなんとかする! その隙に君はアンブラといっしょに魔法で本体を攻撃してくれ!」
空を指差し、叫んだ僕は答えを待たずに走り出した。
アンデッドはセラの得意分野。どれだけの数がいようとも、彼女を【鎧化】した今の僕ならば容易に殲滅できるはずだ。
そう考えた僕はセラメイスを頭上に振り上げて走り、先頭を告げる白骨に思い切りそれをぶち当てた。表層でボスを務めるアンデッド、イビルスケルトン程度なら、この一撃で確実に灰に還っていただろう。
ところが、だ。
その渾身の一撃は、まるで力場にはばまれたようにガキンと跳ね返されてしまう。
思わず「え?」と声が出た。一撃で仕留め切れないのならまだわかる。しかし全く効かないなんて夢にも思わなかったのだ。
当然とでもいうべきか、光る白骨は反撃してきた。振り下ろされた錫杖を僕はメイスで受け止める。
「くっ、ちくしょう!」
攻撃力は高くない。
わざわざメイスを使わずとも、僕はこの敵の攻撃を容易に受け切る自信があった。
ただ、こちらからの攻撃が通らない以上、こいつらの行進は止められない。
すると背後で声がする。
キティが何か叫んでるようだが、角笛の音がうるさすぎて何を言ってるかわからなかった。
――もしもし、マスター。聞こえますか?
するとキティの近くにいるルミナから頭に直接、念話が入った。
――フラメル嬢がこう言っています。〝そいつらは多分『聖なる亡者』よ。、セラちゃんの攻撃は効かないわ〟と。
僕は驚き、亡者を見つめた。
聖属性のアンデッド! そんな矛盾した存在がいるなんて、今まで聞いたこともない!
けれど先程の反応を見ると、それは明らかに同属性の反発作用に思われた。聖属性と聖属性が互いに干渉することで、敵の攻撃は無効化されるが、同時にこちらの攻撃も効かなくなってしまうのである。
で、ある以上、この状態でここに留まっても仕方ない。僕はそれほど迷わずに撤退という選択をした。
幸い敵の足は遅く、全力で闘技場を駆け抜けると十分な距離を取ることができた。
「そっちはどう! キティ! アンブラ!」
仲間と合流した僕は、彼女たちに攻撃の進捗を聞く。
「フム、見せた方が早いな、我が王……ゆくぞ、暗黒水飴流奥義【暗黒魔弾】!」
アンブラが放った黒い球体は、空中で静止したザラキエル・レプリカに命中したかに思われた。
だが、本体には当たっていない。
敵の四方を取り囲むオレンジ色のバリアのようなものが、一瞬、姿を現してその攻撃を無効化したのだ。
「聖属性と闇属性は相互弱点。ゆえに我からの攻撃は有効であると思ったのだがな……」
「聖なる亡者に、無敵のバリア……並大抵の敵じゃないね」
僕は空中に留まる敵を、苦い顔で見上げながら言った。
伝説級どころではない。対峙する敵の等級は、恐らく神話級だろう。
だが躊躇してる暇はない。
とりあえず、まずは「聖なる亡者」の行進を、なんとかして食い止めねばならない。
「セラ、ここで一度【鎧化】を解除だ。アンブラ行ける?」
「無論だ、我が王っ!」
こうして僕はセラアーマーを脱ぎ、代わりにアンブラアーマーに換装し直すことにした。
幼女の姿に戻るセラ。
一方、アンブラは体を黒いゲルに変え、僕の体に纏わり付く。
漆黒の魔導士状態となった僕は杖を構え、行進して来る亡者の群れに【暗黒魔弾】を撃ち込んだ。
まさしく効果は抜群で、黒い魔弾を浴びた敵はさらさらと灰になってゆく。
よし、これならっ!
と、僕は思う。とりあえず亡者を殲滅すれば、その隙に敵の攻略法を考えることもできるはずだ。
「【暗黒魔弾】っ! 【暗黒魔弾】っ! 【暗黒魔弾】っ!」
僕はしゃにむに魔法を撃った。
普段のダンジョン攻略の際も割とそうなのだが、大量の敵が出て来た時には、結局こういうゴリ押しが一番有効だったりする。
僕の魔法の連打によって亡者は数を減らしてゆき、全部で10体出て来た敵は残すところあと1体になった。
アンブラアーマーを持ってすれば亡者の殲滅は難しくない。問題は本体をどうするかだが……
なんていうことを考えた時だった。
行動止めていたザラキエル・レプリカの目から光のしずくが再び落ちる。
ぽたり、ぽたり、と連続で、それは地面に落ちてゆき、欠けた9人の亡者たちはあっという間に補充された。
おい、マジか……反則だろっ!
思わず僕は心の中でそう叫ばずにはいられなかった。
無敵のバリアを持つ上に、しかも眷属の召喚を続けてやってくるなんて……っ!
その時、ふいに頭の中にとある文言が浮かんでくる。ザラキエルについて言及した例の聖典の一節だ。
『その死の天使はラッパを吹きながら、1000人の聖なる亡者を従え――』
僕はさぁーっと青ざめた。
「ま、まさか、これ本当に、1000人の亡者が出て来るのかっ!?」
答える者は誰もいない。
けれど人生で最大のピンチが、今まさに僕の身に訪れようとしていた。




