第50話:奈落の底の大神殿
僕らはまっすぐな1本道を、緊張とともにゆっくり進んだ。
それは本当に比喩でなく、ほぼ直線の道であり、僕らがたてる足音の他に物音1つしなかった。魔物の気配は全くない。ダンジョンの壁に割とどこにでも貼り付いているロックキャンサーすら姿を見せていなかった。
返って、それが不気味だった。誰も口にこそしなかったものの、まるで大口を開けた怪物の腹に自ら呑まれに行っているような、不穏な空気が漂っていた。
どれほど僕らは歩いたろう?
少なくとも小1時間ほどは、その道を進んだと思う。
だが、その旅路が終わりを告げると、僕らが出たのは広場ではなく、こぢんまりとした小部屋であった。
その中であるものが光っていた。
青白く光る魔法陣――活性状態のポータルだ。
「あったわね」
「あったね、だけど……」
キティと僕は口をつぐむ。
確かに以前のダンジョンでは、縮地点を起動させることで、それが地上への出口となった。
けど、その時の僕たちは同じ感覚を共有していたに違いない。
あまりにも、あっけなさすぎる。
本当に、これがそれなのか? と。
「確かあんたの話だと、前のダンジョンは森林地帯が最終エリアだったのよね?」
「うん、そうだよ。だから、もしかして同じ感じのエリアに繋がるんじゃないかと思ってたんだけど……」
「セラちゃんはどう思う、このポータル?」
「べりー、でんじゃらす」
ヒールスライムは正直に答えた。
まったく同じ意見である。
仮にもし直前に配置されたボスが伝説級の魔物なら、この縮地点はその敵を倒した褒美だと受け取ることもできたかもしれない。
でも、実際にはそうではない。
もし僕が仮にこのダンジョンの「設計者」だったとすれば、地上に繋がる縮地点の前にカースドウルフの群れなんていう、つまらない敵は配置しない。
すなわち、これはここからが本番。
この先にある試練こそが本命であるに違いない。
「どうする、キティ? 多少とはいえ消耗したし、1度この場所に工房を出して1日休むべきじゃない?」
「ええ、そうね。それもあり。もし、わたしだけで行くのであればその選択をとったと思うわ」
キティは「けれど」と付け加え、青白く光る縮地点を指差した。
「明日、またここへ戻った時に、あれが光ってる保証はある?」
「そ、それは……」
僕は口ごもった。
その発想はなかったからだ。
確かに多くの縮地点は起動になんらかの条件を有する。常時起動する縮地点というのは実は珍しいものなのだ。
「たとえば連続で魔物を倒すとか、制限時間内にここまで辿り着くとか、あれを光らせた原因が潜在的にあるのかもしれない。今さら後戻りなんてできないから、検証の余地はないけどね」
「つまり縮地点が確実に起動してる今がチャンスだと言いたいの?」
「そういう考えもあるってだけ。工房で休む安全策もわたし的にも全然ありよ。どうする? 判断はあんたに任せるわ? どの道、例の工房はあんたじゃないと喚べないもの」
キティに肩をすくめられ、僕は「ううむ……」と考え込んだ。
優柔不断とよく言われる。選ぶのは苦手なのである。
けれどキティの言う通り、もしこの縮地点の起動に制限時間のようなものがあるのだとすれば、今、目の前にあるチャンスを逃すのは愚かなように思われた。
僕はせっかちじゃないけれど、目と鼻の先にある突破口を今さら失いたくはない。
「…………よし、行こう」
ややあって、僕はそう言った。
そうすることに異論はないかを3人のしもべたちに確認すると、おおむね同じ意味の言葉が彼女たちの口から返ってきた。
「異論などあるはずありません。マスターが選ぶ道こそが、我々の進むべき道なのです」
「セラ、おっけ〜」
「ククク……たかぶるっ! たかぶるぞっ! 我が体内を巡る狂乱暗黒魔力がなっ!」
……約1名、意味不明なことを言うしもべがいたが、まあ大丈夫って意味だろう。
キティをちらりと横目に見ると「どうやら決まったみたいね」と彼女もその案に賛同する。
かくして、僕らは縮地点にこのまま踏み込むことにした。
だが念のため入る前にセラを【鎧化】した状態にしておく。初見殺しの襲撃での致命傷を防ぐためである。
「いいなぁ、それ。わたしもセラちゃん、着てみたい」
「私でよければ試してみますか?」
「い、いや、あんたは結構よっ! どうせ変なことしてくるでしょ!」
なんていうことを話しながら、僕らは同じタイミングで縮地点の上に足を乗せた。
ふわりと一瞬、浮遊感があり、一気に景色が切り替わる。
「――――っ!」
次の瞬間、僕らがいたのは、薄暗いダンジョンとは対称的に、明るい陽光に包まれた神殿のような場所だった。
しばらくの間、目が慣れず、僕とキティはそのまぶしさに2人して思わず目を細める。
「……ここは?」
やがて明るさに目が慣れてくると、僕は周囲を見回した。
一面が真っ白い大理石でできた石畳に、細かい彫刻の施された信じられない高さの石柱……
果たして、これは現実なのか?
床のへりからそっと見下ろすと、そこにはなんと雲があり、その時になってようやく僕は、ここが天空に造られた超神殿だと気が付いた。
「こ、ここが……ダンジョンなの?」と流石のキティも驚いていた。
見たところ敵の姿はない。
ただ途方もない長さの床が視界の果てまで続いていた。
ちなみに足元にさっきの場所への帰還用縮地点らしきものは見当たらず、どうやら完全な一方通行らしい。
だとすれば、もう……行くしかない。
そう思った僕は、キティに一度目配せし、ルミナやマンティコアといった前衛の化合獣を先頭にして、その神殿を進んで行った。
どれほど、それを続けたろう?
隊列を組んだ状態で延々と歩き続けていると、やがて僕らの眼前に巨大な石碑が現れる。
そこには古代文字が彫られていた。内容は、およそこんなもの。
『此所に来た勇気ある者たちよ。汝が対峙する最後の敵は、終末を告げる死の天使、その模造品。汝、聖典を片手に持ちて、死の運命を退けよ』
僕が碑文を朗読すると、アンブラがきらきらと目を輝かせ「おおっ!」と嬉しげな声を上げた。
「終末を告げる死の天使だとっ!? なんと甘美で耽美な響きかっ!」
「お前、こういうの本当好きだよな……」
「当然だっ! 我の体内を巡る病める10代の魔力は、こういう刺激を渇望しているっ!」
アンブラは右手を左手で押さえ「ククク……」とお馴染みの笑みを浮かべた。
うん、なんていうか、この子はこの子だ。
無理に矯正したりせず、生温かい目で見守ろう。
「終末を告げる死の天使……それザラキエルのことかしら?」
一方、キティは顎に手を当てて真面目に考察し始める。
「それって、あれ?〝旧約聖典〟の最後の方に出てくるやつ?」
「ええ、それよ。汝、聖典を片手に持ちて……ということは、それがモチーフじゃないかしら?」
僕はふむふむと頷いて、再び碑文を見返した。
〝旧約聖典〟――それは、この国の国教であるスウシャイ教の聖典のうち、より古い時代に記された神話に関する書物である。
その聖典には、このようなことが書かれている。
この世界はいずれ終末を迎え、尊き者の魂だけが真の楽園に導かれる、と。
ザラキエルはそんな神話に出てくる「死を司る天使」である。
曰く「終末が訪れし時、其の死の天使はラッパを轟かせながら、1000人の聖なる亡者を従え最期の行進をせん」とある。
とはいえ、それは大昔に書かれたおとぎ話のようなものであり、よほど敬虔な信徒でもなければ、そんな話、誰も信じてない。
「まさか本当にダンジョンの中に、そんな怪物が出るわけないわ。きっと何かの暗喩ね、これは」
「模造品ってのがそれじゃない? きっと本物の天使じゃなくて、その偽物がボスなんだよ」
僕らは互いに頷き合った。
ダンジョンの中にたまにある、こういう謎解き要素の部分は僕もキティも割と好きだ。
すると、やや面白くなさそうな顔をしたルミナが、わざとらしく、ごほん、と咳をする。
「考察するのも結構ですが、なんにせよ、それは魔物のはずです。で、ある以上は我々に倒せないはずがありません」
「うん、そうだよね。僕とキティのしもべたちが力を合わせれば、伝説級の魔物が来ても対処は難しくないはずだ」
僕は自分に言い聞かせた。
このダンジョンの難易度はエイネストのそれより遥かに高い。けれどキティと合流してからは、面白いくらいスムーズに攻略が進み、すぐにここまで来られたのだ。
「ところでクリフ、提案があるの」
「何、キティ?」
「自分たちへのご褒美よ。というのも、わたしたち随分長いこと深層の中で頑張ってきたわ。この戦いが終わったら、地上でゆっくりお茶でもしない?」
「うん、それはとてもいい案だね。なんなら僕の屋敷に来ない? こぢんまりとしたとこだけど、茶菓子ぐらいは出すからさ?」
「いいわね、それ」とキティは言った。
そんな僕らのすぐ近くでは、活性状態の縮地点が青白い光を放っていた。恐らく、それの上に乗ればボス部屋にでも転移して、最後の戦いが始まるのだろう。
正直言って、僕たちはその戦いを少し舐めていた。
でも、この時はまだ知らなかった。
縮地点の先に待ち受けるものが、冒険者たちの噂する「死」そのものだということを……




