第49話:最後の扉
あれから3日後……
工房での避難生活によってすっかり英気を取り戻し、傷付いた化合獣たちを完全に治療し終えたキティは、僕といっしょにダンジョンに出て、中断していた探索を再開した。
その際、僕は情報共有として、このダンジョンの構造が以前に僕が落とされたエイネストのそれに、そっくりであると感じていることを彼女に伝えることにした。
「1つの宝箱に、3つの分岐……出てくる魔物の傾向も前のダンジョンに似てるんだ」
僕は真面目な顔で言う。
ダンジョン学という学問がある。
ダンジョンの構造を研究し、それがいかにしてできたのか、どういう仕組みで成り立ってるかなどを調べあげてゆく学問だ。
この学問の主要な学説として「冒険者が攻略し得ないダンジョンは理論上存在しえない」というものがある。
どれほど強力な魔物が出現しようが、どれほど難解な謎解きがあろうが、それらにはなんらかの解法があり、攻略できるというのである。
僕は以前の最後の罠。
地上を模した森林エリアと、そこで斃れた冒険者が遭遇した「何か」の正体についてもキティに話すことにした。
「なるほどね。つまり、その手記にあった〝何か〟っていうのは、実際には体内に寄生した魔物だったということね」
「そうなんだ。で、その魔物を倒したら、最後の鍵が手に入って、それが地上に繋がる縮地点の起動条件だったんだ」
燐光岩に覆われた通路を進みながら、キティは興味深そうにふむふむと首を頷かせた。
脱出に繋がる重要な話だ。聞いておいて損はないと思ったのだろう。
「にしても、あんた虫くだしなんて、よくそんな薬持ってたわね。どこか別の場所で拾ったの?」
「いや、その時はルミナが即興で、いい感じの
毒を精製してくれたんだ」
「便利なしもべね」
「有能な、と言ってあげて」
「ちなみに、それってどう飲んだの? もしかして口移しでもしてもらった?」
キティは冗談めかした口調で言った。
僕の答えはノーコメント。
まさか舌と舌を絡ませた、濃厚な経口摂取によって毒を飲まされただなんて言えまい。
僕の態度から何かを察したキティは「え、マジ……」という顔になった後、ややあって僕の肩にぽんと手を置いた。
「……あんたも、苦労してるわね」
そうして、なぜか同情される。
多分、ここ数日の体験が連帯感を生んだのだろう。
次にルミナ浴をする時は僕も色々と気を付けよう……
そんなわけで僕らは通路をとおり、次の広場へと辿り着いた。
そこから先の戦いは特筆すべき点があまりない。
と、いうのも、キティの化合獣が普通に強く、大量の魔物が出て来ても数と力のゴリ押しで攻略できてしまったのである。
わざわざ【鎧化】するまでもない。
キティは僕を近くに呼び寄せ、ともに彼女の肩に乗るカーバンクル――セリムの結界の範囲内に入るよう言った。
確かに合理的ではある。
術者への直接攻撃は錬金術師という職業の最大の弱点だからである。
とはいえ、だ。
そうなると僕は暇だった。
なぜなら普通の化合獣とは違い、僕のしもべのスライムたちは明確な自我を持っている。
――そっちの敵はセラがやって!
――アンブラは魔法を温存して!
など大まかな指示を出すことはあっても、大抵しもべたちが勝手に動いて敵を倒してしまうのだ。
仕方ないので、僕はアイアンスライムのメルティを喚び出して、彼(?)に姉たちの戦いぶりを見学させることにした。
今は普通のスライムと変わらないメルティだけど、成長すれば、もしかするとこの子も自我を持つようになるかもしれない。
そんな様子を呆れた顔で、隣のキティが横目に見ていた。
「セラちゃんたちのいないあんたって、今でも水飴職人なのね」
「言うなよ、それは……」
僕はしょんぼりする。
アレイスターの工房や、生ける賢者の石という特異体質を得た今でも、僕はスライム以外の化合獣を錬成ることができずにいるのである。
やがて戦闘が終了し、カンカンカンとゴングが鳴った。
今回の敵はカースドウルフの群れだった。
スライムたちには天敵だが、キティの化合獣の活躍によって、今回、僕のしもべたちは全くダメージを負っていない。
ここから先は事後処理だ。
僕はセラたちに宝箱の中身やドロップアイテムの回収を命じた。
「……多分だけど」
そんな中、ふいにキティがメルティを見ながら、こちらに話しかけてくる。
「あんたがスライムしか錬成れないのって、あんたに才能がないからじゃらないと思うわ」
「それって、つまり、どういうこと?」
「工房の中でたくさん読んだの、賢者の書物の数々を。それによって得た仮説なんだけど、恐らくあんたは魔力の純度が低いんじゃなくて、逆にあまりにも高すぎるのよ」
僕は、はてな、と首を傾げた。
なぜなら、それは一般的な錬金術の理論とは相反するものだったからである。
キティの仮説はこうだった。
錬金術師は化合獣を錬成る時、用意した触媒と自らの魔力を反応させて、その際、生じる反発力で任意の化合獣を形作る。
この時、魔力の純度が高いほど強力な化合獣を錬成れるといわれている。だが、その工程が失敗すると、形を持たない不定形生物「スライム」になるというわけだ。
通常これらの寿命は短く、持って数日、長くとも数週間以内には活動を停止してしまう。
普通の錬金術師はそれがわかっているので、失敗作を無理には生かさず、元の触媒に還元したり、別の化合獣の素材に使ったりする。
けれど元々のセラたちや、今ここにいるメルティも含め、僕の錬成ったスライムたちは並でないほどの寿命を誇る。
キティ曰く、これは僕が化合獣の錬成に失敗してスライムを生み出したわけではなく、触媒と魔力の反発力が生じないために、もっとも安定した状態として錬成に「成功」した結果ではないかという。
「あんた確か、例の〝白い空間〟でアレイスターからこう言われたのよね? 1000年に1人の大天才だって。あながち嘘でもないかもしれない。あんたは、きっとそうなのよ」
僕はにわかに驚いていた。
キティが人を褒めること、それも錬金術に関わることで他人の実力を認めるなんて、ままあることではないからだ。
もしかして、うぬぼれじゃなければだけど、キティは今のぼくのことを、自分に釣り合う錬金術師として認めていてくれているのだろうか?
「……なによ、その顔?」
「あ、いやさ、今なんだけど、あの時、僕を振ったことちょっぴり後悔してたりする?」
僕は期待を込め、聞いた。
返ってきたのはデコピンだった。
「調子に乗るな、馬鹿クリフ」
「て、手厳しい……」
「でも、そうね……あんたに昔、弱虫クリフって言ったことだけは今なら取り消してもいいわ。あんたは今でもヘタレだけど、それでも深層まで来てくれた」
キティはクスリと笑って言った。
ああ、そうだ……まるで、お姫様みたいなこの笑顔。大人にらなっても変わってないな。
なんて、しみじみ思っていると「終わりました」とルミナの声が、すぐ近くから聞こえてきた。
「お疲れ様。とりあえず、拾ったアイテム類は全部工房に運んじゃおう。結構な数になるからね」
そう言った僕は【開門】と唱えた。扉の出現には時間がかかるが、心構えにはちょうどいい。
「さて、みんな、いよいよだね」
僕はしもべたちに向け言った。
「キティも心の準備はいい?」
「当然よ。わたしを誰だと思っているの?」
勝気な伯爵令嬢は腕組みしながらそう言った。
僕は開いた入り口を見る。
それは今までのものとは違い3つに分岐していなかった。
つまりは1本道である。
この先に何があるのかはわからない。
だがしかし、それは確実に、このダンジョンの深淵に続くであろうものだった。




