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第48話:工房にて

「んちゅ……はむっ……れろっ……じゅぼっ、じゅぼぼぼぼぼっ」


 アレイスターの工房アトリエ内。

 中でも研究区画と呼んでいる一帯にて、僕は錬金術師アルケミストとして欠かせない重要な作業を行なっていた。


 すばり言うと、それは「給餌」である。


 椅子に掛けている僕の前で、ゴスロリ服を身に纏う14才ぐらいの少女が、膝まづくように床に足を付け、僕の右手の人差し指を一心不乱にすすっている。


 ただ、すすっている訳ではない。

 彼女はここから魔力を吸い取り、生存の糧としているのである。


 始めのうちは抵抗のあったこの行為だが、今では彼女たちとのスキンシップも兼ねた尊い時間と思っている。


 たらふく魔力を吸収し、満腹になったアンブラは最後に指を舌先でひと舐めし、唾液の糸を引きながらゆっくりと口を指から離した。


「ククク……ごちそうさま、我が王よ。今宵の魔力も至福であったぞ」


「おそまつさま。ほら、ハンカチで拭いて? 口がベタベタになってるよ」


 なんて、やり取りをすることは、僕らにとってもはや日常。少なくとも、今ここにいる2人の間に特別な感情を呼び起こすようなものではなかった。


 そう、ゲストさえ、いなければ……


「……ねぇ、クリフ。わたし最初からから思っていたけど、そのやり方どうにかできないの?」


 なんていうふうに口を挟んできたのは、机の前に掛ける女性――伯爵令嬢キティ・フラメルだった。


「どうにか、なんて言われても……化合獣キメラへの給餌ってこういうものだろ?」


「わかってる! それはわかっているわよ! でも、この子たちにそれするのは色々と意味が変わってくるでしょうがっ!」


 ほんのりと頬を赤らめて僕をなじってくるキティ。困った僕は頬をぽりぽりと掻き、そんな彼女をまじまじ見つめた。


 頭の後ろで2つに結んだ長く艶やかな金髪に、父親譲りの鳶色の瞳。服は機動性を重視して最低限の革鎧だけを着けたバトルドレスを纏っている。


 僕の見慣れた幼少期から学生時代にかけてのキティは、さらにこの髪を渦巻き状の魔導掘削機ドリルヘアーにしていたけれども、あれはセットに時間がかかる上、専属の侍女を必要とするため、ここではそれはやめたのだろう。


「まったく、いまだに信じられないわ。あんたなんかが、あの伝説の〝ホムンクルス〟を錬成つくった上に、その上、こんな工房アトリエを賢者から譲り受けるだなんて……」


 キティは「はぁ」と溜息をつき、膝まづいたままのアンブラと、物理法則を完全に無視し、異空間の中に建造された研究区画を見回した。


 彼女をここに連れて来て、保護したのは、今からちょうど1週間前のこと。


当時の彼女は混乱していて、またひどく消耗した状態だったので、その場で【開門ゲート】を発動し、急いで招き入れたのである。


 ちなみに、この場にしもべたち以外の「人間」を入れたのは初めてだった。だから、もしかすると工房アトリエ側が認証権を持たないキティを弾く可能性もあったのだが、そういうことにはならなかった。どうも僕自身が拒まずに、その者を中に入れようと思えば招くことのできる仕様らしい。


 とりあえず、まずは休息のために、僕は自らが居住区画として使っている部屋とベッドをキティに貸し出すことにした。


 よほど神経をすり減らしていたのだろう。

 彼女はそれからまる1日間、気絶するように眠り続けた。


 ようやく起きてきたキティが物事を冷静に認知できる状態になっているのを確認すると、僕はここ1年で起きたこと――突如深層に落とされたことや、その先で工房アトリエを継承したこと、自身が賢者の石となりセラたち〝ホムンクルス〟を錬成つくつたことなど――を、1つずつ話していったのだった。


「……ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」


 などと、最初は半信半疑の彼女であったが、実際、自分が謎の工房アトリエにいることや、何より3人のしもべたちを瓶に出し入れするところを見せたことにより、徐々にではあるが、こちらの話を信じるに至ったようだった。


 並の女性がこんな状況に置かれれば、未知の状況に物怖じし、部屋に閉じこもったかもしれない。


 しかしキティはそうではなかった。


 一度、事実を受け入れた彼女は、その持ち前の好奇心により、この工房アトリエや、僕のしもべのスライムたちを徹底的に調べ始めたのである。


 中でも彼女はセラのことが大変にお気に召したらしく「ねぇ、どうやったらこんな子、錬成つくれるの?」「わたしの化合獣キメラと交換しない?」などと、しつこく迫って来たのだった。


 ちなみに化合獣キメラは創造者の魔力しか糧にすることができないため、交換なんてことは不可能である。


 キティもそれはわかっているはずだが、男兄弟ばかりの家の末っ子として生まれた彼女には、セラは従順で純粋な妹のように見えたのかもしれない。


 と、ふいに僕は視線に気付いた。


 見ると、キティが長い金髪をくるくると指で巻きながら、何か言いたそうな顔でこちらを見ている。急にどうしたというのだろう?


 き、気まずい……


 僕は思わず冷や汗をかいた。

 きっと気がきく男であれば、ここで先んじて気の利く言葉を彼女にかけられたのかもしれないが、だが無論、僕はそうではなかった。


 なんとも言えない沈黙が数秒の間、訪れる。


「あ、えっと、キティさん?」


「……りがとう」


「え?」


「ありがとうって言ったのよ。この1週間、色々ありすぎて言うタイミングがなかったけど、あの時、助けてくれた時、本当に……うれしかった」


 キティは頬を赤らめながら、僕の目を見てそう言った。


 正直、僕は驚いていた。


 傲岸不遜、唯我独尊。

 暴君とまで言われた彼女が、こんなストレートにお礼の言葉をこちらに伝えてくるなんて……


「ククク……ニブいな、我が王よ。実はこの女、ここ数日、ずっと言い出すタイミングを探していたぞ」


「え、そうなの?」


「ちょ、言うんじゃないわよっ!」


 彼女はキッとアンブラをにらんだ。


 我ながら、なんというニブチンだろう?

 そんなサインに気付けないなんて……


「それに我が王、このキティとやら、王のことを憎からず想っているようだぞ? その証拠に王と話す時、心拍数が露骨に上がる」


 アンブラは自信満々に言った。

「そ、そんなことまでわかるの!?」とキティは椅子から立ち上がる。


「フフフ……冗談だ。しかし間抜けは見つかったようだな」


「〜〜っ! あんた、カマかけたわねぇ!」


「キティ、落ち着いて!」


「く、クリフ……か、勘違いしないでちょうだい! 別にあんたのことなんて、スライム着ないと戦えない、ただのフヌケとしか思ってないからっ!」


 キティはさらに赤くなり部屋から急いで出て行こうとした。だが、まるでそれをはばむかのように、ルミナがぬっとやって来て彼女の前に立ちはだかる。


「一体、どこへ行くおつもりで?」


「自分の部屋よ! 文句ある?」


「あなたの部屋ではありません。あれはマスターが自分の部屋を特別にあなたに貸してるだけです」


 ルミナはきっぱり言い切った。

 確かにそれは事実であるためキティは「ぐっ……」と言葉に詰まる。


「そんなことよりもフラメル嬢、あなた入浴を済ませていませんね? 今すぐ風呂場に来てください」


「い、嫌よっ!」


「どうしてですか?」


「普通のお風呂じゃないからよっ!」


 ルミナは「はて?」ととぼけた顔で、伯爵令嬢を冷ややかに見つめた。ちなみにキティの言う「普通じゃないお風呂」とは、いわゆるスライム浴である。


「ここでは、それがルールです。バイ菌だらけの不潔な女をマスターに近付けるわけにはいけません」


「なら、せめてセラちゃんに入らせてよっ! どうして、あんたばっかりなのよっ!」


「殺菌力には定評があるので」


「へ、変なことしてくるじゃないのよっ!」


「はてさて、なんのことでしょう? 私はただ大切なお客人が、気持ちよく、心地よくなるように()()()()()()()()をしているだけですが?」


 言うと、ルミナはキティの首筋にフゥーと息を吹きかけた。彼女は「ヒッ!」と悲鳴を上げる。


 すると、どうしたことだろう。

 キティはもじもじと内股になって自分の胸に手をやった。


「おやおや、口では嫌がっていても体は正直なようですねえ?」


「そ、それは、あんたがあんなところとか、こんなところとかを、執拗に責め立てるからじゃないのっ!」


 ルミナはフッと冷笑した。

 彼女は元々この依頼、危険な深層探索にキティが僕を巻き込んだことに大変立腹してるらしい。


 そこで彼女は彼女なりのやり方でキティに復讐することにしたようだった。


 その詳細は定かではないが、ルミナ浴中のキティは声を荒げ「ひゃ! そこはダメぇ!」とか「吸っちゃイヤぁ!」とか「そ、そんなもの入らないぃぃぃ!?」などという言葉を浴室の外まで響かせている。


「く、クリフっ! 助けなさいっ! このままじゃ、わたし今日もイケナイところに無理やり連れてかれちゃうわっ!」


 救援を求めるキティから僕は無言で目を逸らす。


 じたばた暴れるキティであったが、ルミナにがしっと襟首を掴まれ、問答無用で風呂場へと彼女は連行されて行った。


「よいのか、王? 助けなくて?」


「まあ、痛いことはされてないみたいだし、これぐらいは、まあ、お灸かなぁ……」


 僕はアンブラにそう答えた。








 こうして、今宵も風呂場からは、ウブな伯爵令嬢の甘美な悲鳴が響いたのだった。

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