第47話:漆黒の魔導士(キティ3人称視点)
キティはごくりと唾を飲み、腰のベルトに吊るした鞘からキラリと光るナイフを引き抜く。
死という結果は変わらない。
しかし、それでもこれを使えば、魔物に辱められ、バラバラにされるという、女としても、貴族としても最悪の最期は回避できる。
(さあ、おやりなさい、キティ・フラメル! これはあなたが選んだ道、あなたが選んだ結果でしょう!)
彼女は勇気を奮い起こし、ドレスの胸元をはだけさせると、ナイフの先端を胸の中央にピタリと当てた。これを一気に突き刺せば、冒険者キティ・フラメルの物語に自らけりを付けることができる。
(さあ、やるの! やるのよ、キティ!)
彼女はぎゅっと唇を噛み、それを実行に移そうとした。
だが、しかし……駄目だった。
彼女の目から涙が伝い、ナイフが手からカランと落ちる。
ああ、いやだっ! 死にたくないっ!
キティは自らの臆病さを心の底から罵った。
これまで散々、男を馬鹿にし、ひどい侮辱を浴びせてきた。
弱い男に興味はない。
そんな男は釣り合わない。
そう思いながら家を飛び出して、冒険者にまでなったのだ。
それなのに今、我が身かわいさから、自害することを躊躇して、あろうことか涙を流している……これのどこが「強い女」だろう?
結界にミシッとヒビが入る。
もうすぐ、これは破られる。
目の前にはニタニタと下卑な笑みを浮かべ、こちらをねめつけるホブゴブリンの姿があった。
思わずこんな言葉が浮かぶ。
誰でもいい!
なんでもする!
どうか助けてください!
と……
「【暗黒魔弾】!」
ふいな魔法がホブゴブリンを他の魔物ごと消し飛ばしたのは、結界の亀裂が限界に達し、あと1秒で破られる……まさしく、そんな瞬間だった。
思わず「えっ」と声を上げ、キティは魔法の放たれた方向を見やる。
すると、そこには全身に夜そのもののような漆黒のローブを纏う魔導士の男が立っていた。
「【暗黒魔弾】! 【暗黒魔弾】! 【暗黒魔弾】!」
魔力消費などお構いなしに、魔導士の男は高威力の闇魔法を魔物の群れに叩き込む。当然、そんなことをすれば、今までキティに向いていたヘイトは全てその男の下にゆく。
「危ない!」とキティは叫んだ。
いくら、その男が強力な魔導士だとしても、これだけの数の魔物の猛攻を全てさばききれるはずがない。
「セラ! ルミナ!」
しかし男が叫ぶと、彼の仲間と思わしき2つの影が彼の背後から飛び出した。
それは奇妙な影だった。
1つは完全な裸体の上に男もののワイシャツを纏った幼女。
そして、もう1つはミニスカートのメイド服という、自分の教育係に見せれば卒倒しそうな格好をした15〜6才の少女であった。
「セラ、アンデッド、たいじする〜」
「では、こちらにいる魔物の群れは私が全て処理しましょう」
そう言って戦闘を始めた2人の能力は、まさしく圧倒的だった。
まず、幼女。
どう見ても戦闘に適した年齢に見えない彼女が、どう見ても身の丈に合っていないサイズのメイスを振るうと、その一撃を受けたアンデッドたちは、まばたきをする暇もなく次々と灰になっていった。
次にメイド。
こちらも、やはりかなり強い。
彼女の武器はナイフらしく、リーチの面で不利に思えたが、それを少しでもかすらせた敵は、まるで致死性の毒でも流し込まれたように次々と泡を吹き、面白いように倒れてゆくのだ。
だが、やはりそんな面子の中でも一際目立っていたのは、例の魔導士の男である。
【暗黒魔弾】
【暗黒乱放射】
【暗黒拘束波】
魔力消費が大きいはずの闇魔法の大技を、彼はそのような制約など全く気にする様子もなく次々と連打していった。
そんな戦闘が少なくとも10分以上は続いたように思う。
そうすると、やがて壁の隆起が止まり、ダンジョンが魔物の供給を止めた。
そこから先は、ただの作業だった。
幼女と、メイドと、魔導士の男は、その卓越した技量によって広間に残った魔物の群れを淡々と処理し、消してゆく。
最後の魔物が黒煙に変わると、カンカンカンと音が鳴り中央にある宝箱が開いた。
だが、そんなものは最早キティの目には入らなかった。彼女は胸を高鳴らせながら、自分の窮地を救ってくれた魔導士の背中を見つめる。
その男がくるりと振り向いて、ゆっくりこちらに近付いて来た。
「あ、あの……」と、キティは胸元を手で隠し、珍しく非常にしおらしい声で男に話しかけようとした。だが、それ以上言う前に男が声をかけてくる。
「キティ、ようやく見つけたよ。怪我はない?」
なんと男は名乗ってもないのに自分の名前を呼んだのだった。
その声はとても穏やかで、どこか懐かしい響きがあった。
だが、そんなことがありえるだろうか? このような強い魔導士の声を自分が忘れてしまうなど……
「あ、あなたは……いったい、だれなの?」
「クリフだよ」
「え?」
「クリフ・カリオス。君に振られた許嫁」
目を見開いたキティの前で、その青年は爽やかな笑みを彼女に浮かべてみせたのだった。




