第46話:絶体絶命(キティ3人称視点)
しくじったしくじったしくじったしくじったしくじったしくじった……
冒険者キティ・フラメルは、燐光岩に覆われた広いホール状の広間の中で、自らの選択を呪っていた。
彼女の周りを取り囲むのは、ゴブリン、オーク、スケルトンソルジャーといった表層でよく見る雑魚の魔物。あるいはカースドウルフ、キラービー、ハイスケルトンソルジャーといった、おもに中層に出現する「やや強い」魔物たちであった。
恐らく普段のキティであれば「やりなさい」というたった一言で片付けることのできる敵ばかりだ。
が、問題はその数だった。
魔物はホール中に湧き、その数は今や両手両足の指を全て使っても数え切れないほどになっている。そうこうしている間にも四方の壁はぼこぼこと盛り上がり、彼女が倒すべき新たな魔物を絶えず生み出し続けていた。
〝スタンピード〟
ダンジョンで稀に起こることのある魔物の大量発生イベントだ。
だが、この状況は自然発生的に生じたものではなく、キティが選択を誤ったことで自ら招いたものだった。
きっかけとなったのは1つの道。
このダンジョンは基本的に3つの分岐が次々と続き、また新しい分岐に行き渡るという複雑な構造になっている。
基本的には円形の広場がその分岐点となっていて、中央にある宝箱に触れてボスモンスターを呼び出すか、ちょっとしたパズルを解いたりすることにより、入り口のロックが解除され、先に進めるようになる構造となっている。
そんな中、とある部屋での戦いを経て3つの分岐ルートを解除した彼女は、無作為に選んだ入り口に堂々とした足取りで入って行った。
その道の先にあったのは、先に分岐の道がない袋小路の部屋だった。
その中央には宝箱――それもこれまで見たこともほど豪華な金の宝箱――が設置されていて、どうぞ中にあるものをお取りくださいとばかりにキティの前に鎮座していたのであった。
果たして、それは罠なのか?
それとも、ここまでやって来た勇気ある冒険者へのご褒美なのか?
見た目で判断することはできない。
だが、それは彼女を強く惹き付けた。
金銀財宝の類に興味があったわけではない。しかし彼女は昔から好奇心が強く、一度興味を惹かれたものは、それが一体なんなのかを調べずにはいられないタイプだったのだ。
結果は前者――つまり罠。
過度な好奇心が仇となり、この状況を招いたのだった。
彼女は「くっ!」と歯噛みして、喚んだしもべに指示を出す。
「ピエール! 前方にファイアブレス!」
主人の命を受けたマンティコアは、頬のところまでぱっくりと裂けたグロテスクな口をぱかっと開き、火炎のブレスを敵へと振り撒く。
密集している魔物たち――その時はおもにゴブリンたち――は、その熱量に耐えられず、たちまちのうちに消し炭となる。
だが焼死した敵の後ろには新たな群れが控えていた。
そいつらはまるで恐怖という感情をどこかに置き忘れてしまったかのように、遥か格上であるはずのマンティコアに臆すことなく殺到した。
スタンピードとはそういうものだ。
このイベントは魔物を一度に大量に湧かせるだけではなく、それらの理性のタガを外し暴走状態にするのである。
マンティコアは攻撃力だけでなく、同時にタフさを持ち合わせている、いわゆる「タンク」に最適の化合獣だ。
だがしかし、いかに丈夫といえども、これだけの数の魔物の攻撃を全て受け切るのは、流石に無茶な命令といえる。
マンティコアのピエールは奮闘した。
その牙と爪を振り回し、数え切れないほどの敵を引き裂いた。
しかし、それでもダメージは確実に彼の体をむしばんでいった。やがて『オォォォォォン!』という人間の声のような悲鳴を上げながら、その身は床に崩れ落ちる。
「くっ! ピエールっ……戻りなさいっ!」
キティは即座に指示を出し、傷付いた化合獣を瓶の中に回収する。
攻撃力を持つしもべは、後はユニコーンのクリスティのみだ。カーバンクルのセリムはサポート特化。ここでは無用の長物である。
「クリスティ! 【電撃乱放射】っ!」
キティの指示を受けた一角獣は、その長い角に電流をバチバチと纏い、周囲に一気に放射する。
ゴブリン、オーク、コボルト等、弱い魔物は一瞬にして黒煙に変わり、彼女の前から消え失せた。
だがピエールの時と同じで、倒しても、倒しても、倒しても、次の魔物がやって来る。
ユニコーンは人間の冒険者でいう魔導士の役割を担う化合獣である。よって、その職業と同じ弱点を抱えることとなっていた。
それは体内に溜めておける魔力が無限ではないということだ。
キティもそれはわかっていた。
ゆえに魔力を節約し、雑魚の魔物を仕留めるのにちょうどいい威力の魔法を優先的に使わせていたが、ユニコーンのような上級化合獣は、どちらかというと雑魚の一掃よりも、強力な敵を一撃で倒すような運用方を得意としている。
つまり、このような状況に本来適した化合物ではないのだ。
「クリスティ! もう一度【電撃乱放射】よ!」
キティは叫び、指示を出した。
しかし魔法は発動しない。
「――ッ! クリスティ!」
魔力切れ……ただ、それだけのこと。
だが、この状況での魔力の枯渇は彼の終わりを示していた。
『ヒヒィィィィィィィィン!』
コボルトの群れとライカンの群れが、クリスティの身にかぶり付き、その美しい毛並みに覆われた肉をずたずたなものに変えてゆく。
しもべの危機を察したキティは慌てて彼を瓶へと戻した。
残る化合獣はセリムだけ。
彼女は撤退を考えたが、なんと広場の入り口にまで魔物はギチギチに押し寄せていた。
この状況でできることといえば、セリムにドーム状の結界を張らせ、僅かな時間を稼ぐことぐらい……
キティはそれを実行した。
すると魔物が殺到し、彼女の最後の生命線をバンバンと叩き、乱暴に破壊せんとする。
キティは絶望にさいなまれた。
一応、全くの丸腰ではなく、護身用として短いナイフを帯刀してはいたものの、もはや「波」とすら表現できる圧倒的な数の敵に対し、こんなものがなんの役に立つだろう?
いいや、違う……役には立つ。
敵を倒すことはできないが、もっとマシな使い方があるではないか。
キティの頬を汗が伝う。
彼女が考えた利用法。
それは今すぐこのナイフを自分に心臓に突き刺すというものだった。




